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(2008年8月…483-491) 中段は20字紹介。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2008年8月の総評
今月の読了冊数は9です。
内訳は長編3、短編2、一般書2、ライトノベル2。
菜の花としては、結構良いバランス。
コンプ計画中の著者の読了数は森博嗣2、
有栖川有栖1、椹野道流2、高里椎奈1です。

2008年8月の菜の花的ベストは…

 「銀河不動産の超越」            森 博嗣 (評定4.5)
 「亡羊の嘆 鬼籍通覧」           椹野道流 (評定4.5)

「銀河不動産の超越」は森博嗣のシリーズ外作品。
長編なような、連作短編なような、微妙なところ。
とにかく元気の足りない主人公が、気付いたらどんどんと
見知らぬ方向へ転がっていくような「きっかけ」の妙を描く、奇妙な物語。
最後まで読むと「思えば遠くまできたものだ…」という気持ちに、きっと浸れます。

「亡羊の嘆」は、椹野道流の鬼籍通覧シリーズ第6作。
法医学教室を舞台にしたミステリ風長編。
ミステリというより「解剖話」がメインになっている、
一風変わった作品ですが、深い言葉も多くて
思わず読みふけってしまいます。


以下、高評価順(同評価の場合は読了日順)に簡単に作品紹介します。

 「中華思想と現代中国」           横山宏章 (評点3.0)
 「工学部・水柿助教授の解脱」        森 博嗣 (評点3.0)
 「天上の羊 砂糖菓子の迷児」        高里椎奈 (評点3.0)
 「デュアン・サークII 9, 10」        深沢美潮 (評点3.0)
 「貴族探偵エドワード 濃藍の空に踊るもの」 椹野道流 (評点3.0)

「中華思想と現代中国」は研究者による、
中国の伝統思想と近代化を解説本。
様々な視点がとても真に迫っているというか、
その立場から語っているとしか思えない凄さがあります。
中国の立場、日本の立場、少数民族の立場、台湾の立場…、
様々な立ち位置があり、それを頭から拒絶せず、
理解しあおうとする努力が必要であることを教えてくれる本です。

「工学部・水柿助教授の解脱」はシリーズ第3作、完結編。
自伝的だけど「あくまで小説」。
第1作では小説家になる前の研究者としての姿、
第2作では小説家となったきっかけ、
そして第3作では小説家としてお金を稼げてしまい、
金銭的に余裕が出たお陰でそれで制限されていたことはなくなり、
自由に趣味をたのしむ姿と、パスカルがやってきた!が中心。
完結のオチつき。

「天上の羊 砂糖菓子の迷児」は高里椎奈の
薬屋探偵怪奇譚シリーズ第2作。
秋の物語「薬屋探偵妖綺談」から、リベザルの物語「薬屋探偵怪奇譚」へ
移行してから2作目ですが、新しい「深山木薬店 改」は確かに、
リベザルのお店であり、この物語はリベザルの新しい物語なのだ、
ということが徐々に明らかになっていきます。頑張れ、リベザル。

「デュアン・サークII 9, 10」は、深沢美潮のライトノベルシリーズ。
副題は、「堕ちた勇者(上)(下)」。
RPG的異世界冒険ファンタジーですね。
今回の中心は、ファイター・デュアンの内面の戦い。
闇魔にとりつかれてしまったデュアンの苦しい戦いを描きます。
まだまだ冒険は終わらない、ですね。

「濃藍の空に踊るもの」は椹野道流のオカルト系ライトノベルシリーズ
「貴族探偵エドワード」の第7巻。
英国風の異世界を舞台に、三拍子揃った貴族のお坊ちゃまで
私立探偵のエドワードとその仲間達が織り成すミステリアスストーリー。
今作は、新キャラ続々登場で、シリーズ中の閑話休題的位置づけ。


 「ブラジル蝶の謎」             有栖川有栖(評点2.5)
 「警視庁刑事の事件簿」           杢尾 堯 (評点2.5)

「ブラジル蝶の謎」は有栖川有栖の国名シリーズ第3弾。
火村助教授&作家・有栖川有栖が活躍する連作短編ミステリ。
蝶に始まり、蝶に終わる6編を収録。

「警視庁刑事の事件簿」は、元刑事が後輩刑事達へ
自分の体験とそこから学んだことを記してエールを送る作品。
一般受けする内容というよりは、事件捜査の教訓と理想を語ります。


以上、今月の読書の俯瞰でした。







483. 「中華思想と現代中国」     横山 宏章
2008.08.02 一般書 190P 660円 2002年10月発行 集英社新書 ★★★★★
隣国の、底流にある伝統思想と近代化を解説


【100字紹介】
 世界的に巨大な存在になりつつある中華人民共和国だが、
 その具体的な国家の姿は表面だけ見ていても理解が困難だ。
 今なお生き続ける伝統思想に着目し、
 独自の近代化路線を分かりやすく解説しつつこれからを展望する。


本書読了の2008年8月は、北京五輪が開かれる直前ということで、
盛り上がりつつある中国ですが、この国を理解するのは本当に難しい…。
というよりも、我々庶民は、冷静になってこの国について、
いや、この国の歴史、思想、政治、経済について、
理解を深めようとしているのだろうか…、と言われると、
結構微妙なところかと思います。

中国というと、何故か感情論で語り出す人も多いのが実情かと。
それは何故?と言われるとなかなか難しいのですが…、
中国には自由がない、とか民主主義じゃないとか、
歴史が何だ、とか色々と人によっては色々言い出しそうではありますが、
じゃあ、それは全体としてどうなのよ?、
これまでずっと中国という国はそうであり続けたのか、
これからどこへ行こうとしているのか…、
そして、中国の人々自体はそれをどう思っているのか、
さらに、中国から見て日本はどうなのか?
これらについて、色々発言する人々の中に、
一言二言ではなく、感情論でもなく、
思想史と政治史などの歴史と国民性を踏まえた上で、
きっちりと語れる人は果たして、いるのでありましょうか。
結構難しいのではないでしょうか。

菜の花はそもそも、人間社会というものに対する興味が希薄で、
今までそういう知識を殆ど蓄えてこなかったので、
ここはひとつ、真面目に本の1冊も読んでみようか、ということで、
本書を書棚から引っ張り出してきた次第です。
タイトルが面白そうでしょう?
ただただ、近代中国を事実だけを語ろうとはしていないし、
空想の翼を広げて、好き勝手に中国論をぶとうとしてもいない。
「中華思想」という、これまで連綿とつながってきた中国の、
根底に流れている思想を理解したうえで、
近代中国を説明していこうではないか、
そして今後の展開まで考えてみようではないか、というわけです。

ちなみに著者は研究者。
古い中国と新しい中国の中間くらいを研究しているとのこと。
しかし歴史は分断されているわけではないから、
その前後についての理解を深めるために書き下ろされたのが本書。

全体に文章が、うまいのかうまくないのか…。
読みにくい箇所や分かりにくい箇所がずいぶんあります。
文系の学者っぽい。でも、見方が多面的かな。
完全に中国側の立場からの視点、日本側からの視点。
少数民族の視点、台湾の視点。
色々な視点があって、そのどれもが、あ、なるほど、と。
特に中国側の視点の部分では「うわ、中国の回し者ですか?」
くらいで…いや、本当にそういう感じで…。
公共図書館で借りてきた本書には、山ほど書き込みを消したあとがありまして、
それらの文章は、ネット上でよく見かけるような気楽な
(きっと中国側の事情なんて考えたこともないような)中国批判者っぽいもので。
あー、きっと「中国が勝手なことを…!」とか思って書き込んだのだろうな、と。
それくらい、迫真の演技…じゃない、迫真の視点なわけです。
でも、ここで我々は逆も考えなくてはいけないのですよね。
中国側の論理からいけば、日本や世界からの外力は、
「何を勝手なことを…!」なのかもしれないではないですか。
お互いがそう思って頑なになってしまっては、外交も何もなく、
いつかお互いに不幸である、だからお互いを理解しあい、
歩み寄り、お互いに幸せになれる道を模索しなければ、
その先に待っているのは悲劇だよ、ということを、
少し難しいことばや厳しいことばも使いながら、
本書は語っているのです。

しかし慣れない本を読むのは疲れるー。


テーマ : 中華思想と近代中国
語り口 : エッセイ的
ジャンル : 一般書
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 学術的な部分もあり

文章・展開 : ★★★★★
学 術 性 : ★★★+
簡 潔 性 : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
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484. 「工学部・水柿助教授の解脱」     森 博嗣
2008.08.05 連作短編 288P 1600円 2008年4月発行 幻冬舎 ★★★★★
水柿君が、ついに引退!?自伝的小説第3作


【100字紹介】
 N大学工学部助教授・水柿君と、奥さんの須磨子さんの物語第3弾。
 犬を飼い始めた水柿君夫妻の日々を描く。
 小振りなシェルティになるはずが、
 小太りなシェルティになったパスカルの運命やいかに…。
 完結のオチつき。


水柿君シリーズ第3弾。これで完結。
著者は「あくまで小説」とずっと明言を続けてきましたが、
最後はもはや、明言どころか言いまくり、って感じです(笑)。
きっと、誤解されまくりなのですね。
まあ、菜の花も「誤解」しているひとりではあります。
でも、実際には日記本の内容と食い違うところもあり、
全部が全部、自伝ではなく、あくまで「自伝的」であり、小説なのでしょう。

たとえば、「パスカル」は水柿君夫妻にとって
初めての犬を飼うという経験だったように描かれますが、
実際の森氏はパスカルの前にもトーマと暮らしていますしね。
あと、そういえば水柿君には子供がいませんね。
いるのかもしれませんが、一度も登場したことはないですし、
存在の示唆をしたこともないですね。(森夫妻には息子と娘がいる。)
まあ、そういうこと。

第1作では小説家になる前の姿、第2作では小説を書くきっかけから、
実際に小説家として活躍を始めた初期が描かれていました。
今回は小説家としてお金を稼げてしまい、
金銭的に余裕が出たお陰でそれで制限されていたことはなくなり、
自由に趣味をたのしむ姿と、パスカルがやってきた!が中心。
…中心?あれ?
本題は、本題の方だっけ。
もしかしたら、本題は脱線の方、かも?
全体の一体何割が脱線か?という。
多分、それが主題ってことで。あれ?

最後は終焉に向かって…えっと…、
終わったのやら終わっていないのやら。

でもシリーズはこれで完結かと思われます。
おめでとう!ということで。


主人公 : 水柿 小次郎
語り口 : 3人称
ジャンル : 連作短編
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 森博嗣的ポップ
結 末 : 完結?
挿画 : 大竹茂夫「赤の王様」
ブックデザイン : 鈴木成一デザイン室

文章・描写 : ★★+★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★+
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
485. 「ブラジル蝶の謎」     有栖川 有栖
2008.08.07 連作短編 333P 552円 1996年5月、講談社ノベルス
1999年5月発行
講談社文庫 ★★+★★
火村&作家・アリスの、国名シリーズ短編集


【100字紹介】
 火村&作家アリスの国名シリーズ第3弾。
 美しい異国の蝶が天井を埋めた部屋で殺害されていた男。
 何のために蝶の標本が天井に移されたのか。
 鮮烈なイメージの表題作、
 変則的な語り口の「彼女か彼か」ほか全6編の短編


国名シリーズの連作短編。
いつも通りの火村&作家・アリスの絶妙(微妙!?)コンビ登場です。


●「ブラジル蝶の謎」
 美しい異国の蝶のコレクションのある家で起きた殺人事件。
 被害者の倒れていた部屋の天井にはわざわざ、
 コレクションの蝶が移動させられていた。

 <感想>
 まあ、順当なトリック。
 容疑者全員が動機を持っていそうな、とても不穏なお膳立て。
 パズル的ミステリですね。

 評定:★★★★★


●「妄想日記」
 夜、隣家の庭で燃え上がっていたのは人間だった…。
 あやしい言動についての証言も出てきた頃、
 更にあやしい「日記」が出てきた。
 精神障害を負っていた故人の創作言語だということだが、
 故人はその精神障害が高じて自殺したのか、それとも…。

 <感想>
 故人がどのような人だったのかが重要なポイント。
 その奇行にどのような説明をつけるか?
 ところでこの創作言語って解けるのでしょうか。
 著者は「たのしかった」と仰っていますから、
 きっと裏設定がありそうな予感。

  評定:★★+★★


●「彼か彼女か」
 女性よりも女性らしい、「絶世の美女」の男が殺された。
 被害者と金銭トラブルを抱えていた3人の容疑者と、
 証言者の話を聞き、火村があっさりとその嘘を見破る!

 <感想>
 ちょっと変わった形式。
 冒頭に証言者の声のみを書いたものが2人分、
 それから容疑者3名の話。それらを聞いたところで、
 火村が嘘を指摘して犯人が分かりますが…、
 あなたは分かりました?菜の花はうっかり…。
 それにしても蘭ちゃん、タダモノじゃありません。

  評定:★★★★


●「鍵」
 作家アリスがホテルに缶詰になっているところへ火村が陣中見舞いに来た。
 そこで何か面白い話を、ということで3年前の別荘地での事件を話し始める。
 殺されたのは社長秘書の男で、近くには謎の鍵が落ちていた。
 これは一体、何の鍵なのか?

 <感想>
 恐ろしいのは人の嫉妬でありましょうか。
 しかしアリス、いつも妙な推理ばかりしていて、
 大丈夫なのか!?と時々心配になりますが、
 ちゃんと作家してますね。よかったよかった。

  評定:★★+★★


●「人喰いの滝」
 岩手の山の中にあるその滝は、落ちたら最後、
 死体もあがらないという「人喰いの滝」の近くで、
 前夜、映画の撮影隊と飲み交わしていた地元の老人が、
 雪の早朝に、崖から落ちて死んでいるのが見つかった。
 その足跡は何のためらいもなく、まっすぐと崖に落ちる、
 一方向のものと、発見者の往復の足跡しかなかった…。

 <感想>
 アンソロジー参加作品とのこと。
 足跡トリックって色々ありますが、
 果敢にチャレンジ、という感じです。

  評定:★★★★★


●「蝶々がはばたく」
 旅行へ出掛けることにした火村とアリス。
 遅刻寸前で飛び乗った特急で出会った老人は、
 ホームを見てひどく驚いていた。
 そして、35年前の「蒸発」話を聞かせてくれた。

 <感想>
 全体に蝶々です。
 とても大きなトリック(?)、
 そして最終の追悼と希望への祈り。
 蝶をトリックに取り込んだ殺人事件に始まり、
 蝶に希望を託した、ひとつの幸せの物語に終わるという配列は
 なかなか絶妙でありました。

  評定:★★★★★


菜の花の一押しキャラ…博物館の学芸員・田中さん 「彼は彼で、悩みが多かったようですね」(川端 研)
主人公 : 有栖川 有栖
語り口 : 1人称
ジャンル : 本格ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 関西系本格ミステリ
デザイン : 菊池 信義
カバーデザイン : 辰巳 四郎

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★+★★
よみもののきろくTOP 有栖川有栖の著作リスト
486. 「天上の羊 砂糖菓子の迷児 薬屋探偵怪奇譚」     高里 椎奈
2008.08.14 長編 234P 840円 2008年6月発行 講談社ノベルス ★★★★★
オカルトファンタジー薬屋探偵怪奇譚第2作

【100字紹介】
 警察に失血死とされた姉。しかし体に傷がなかったため、
 妖に殺されたと考えた少女・未瑠が真相を求めて
 「深山木薬店改」にやってきた。依頼を受けたリベザルだが、
 捜査に立ちはだかったのは秋だった。シリーズ第2弾


「薬屋探偵妖綺談」から「薬屋探偵怪奇譚」へ移行しての2作目。
リベザル、頑張ります。


今回の依頼者は、たった一人の家族であった姉を失った高校生の未瑠。
親を失い、親代わりに苦労して自分を育ててくれた姉が、
富士の麓で奇妙な遺体となって発見されたというのです。
外傷はなく、状況としては「失血死が一番近い」と言われたため、
これは妖のしわざではないかと疑い、深山木薬店にやってきたというわけ。

深山木薬店は、妖と人間の共存のため、その軋轢を解消するのが
仕事であり、妖怪退治が主眼ではないのですが…、
彼女の悲しい思いを受けて、リベザルは調査を引き受けます。
しかし、師匠である秋は、それは元々の深山木薬店の方針ではない、
というわけで、協力してくれそうにもありません。
さて、リベザル、どうするのか…!?

本作では、秋の「深山木薬店」と
リベザルの「深山木薬店 改(あらため)」の
差異がはっきりと描かれます。
まだまだ頼りないリベザル。
でも新しい「深山木薬店 改」は確かに、リベザルのお店であり、
このお話はリベザルの物語なのです。
手探りしながら頑張り、進んでいくリベザル、
それを見守る他の人々にも、影響を与えている…のかもしれません。
さて…。


菜の花の一押しキャラ…リベザル 「一人で大丈夫というのは、勿論、立派だと思う。      リベザルがとても頑張った証だね。けれど、大丈夫は、   一人でなくてはならないという意味ではないと思うから」 (座木)
主人公 : リベザル
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルトファンタジー
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : やや理屈っぽい
結 末 : 解決
オブジェ製作・撮影 : たかせひとみ
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)
ブックデザイン : 熊谷 博人・釜津 典之

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
487. 「デュアン・サークII 9、10 堕ちた勇者(上)(下)」     深沢 美潮
2008.08.16 ライトノベル 277P
265P
550円
530円
2007年5月発行
2007年11月発行
メディアワークス
(電撃文庫)
★★★★★
闇魔に侵食され、自分を失ってゆく、恐怖…


【100字紹介】
 「顔のない者」を倒し、闇魔から火の天子も助け出したデュアンたち。
 しかし、闇魔の魔の手はデュアンの中へ迫ってきていた。
 徐々に侵食され、自分を失ってゆく恐怖。
 周りに言い出せないまま揺れるデュアンの心を描く


デュアン・サークの第2部であるデュアン・サークIIの
第9巻・第10巻です。いつも通りの上下巻。

主人公でファイターのデュアン・サークは、今回もLv.9でスタート。
今回は、8巻の続きです。
8巻でのクエストの終了地点から、じゃあ帰りましょうね、
というところから始まります。
いつの間にか大所帯ですが、最初に3手に分かれます。
ここから合流したり、また分かれてみたりと、
今回はなかなか、人の動きが複雑です。
RPGっぽい…。


今回の中心は、デュアンの内面の戦いかな。
闇魔にとりつかれてしまったデュアン。
自分の意に染まない行動を勝手に取らされていたり、
それを告げることも出来ずに飛び出してしまったり。

アニエス、今回かなりの活躍っぷりです。
物理的にも、ですけれども精神的に。
でも追い詰められてしまっているデュアンには…、
届ききっていないかも。えてしてそういうものですね。
本当に余裕のない人は、助けてくれるものに対して、
すがることもできないのであります。深いな。

結末は…、まだまだ続く、です。
上下巻ということになっていますが、解決しません。
どちらかというと、上中下巻の中巻に当たる、と言われる方が
すっきりくるくらい、途中な感じです。
どうなっちゃうの、デュアン!?といったところ。

今回のゲストキャラで、女の子ばかりのパーティーというのが登場。
何となく、羨ましい感じ。こういうのに、昔憧れたなー、と。
女の子の友人ばかりで集まって、こんなの面白いよね、
と寄ってたかって書いたリレー小説、
まさにこのノリだったと思い出しました。
何となく、懐かしい。ノリだけじゃなく、
途中の小さな挿絵もみんな、まさにこういう雰囲気だったのであります。
もしかしたらみんな、これを読んでいたんじゃないの?というくらい。
(実際は、菜の花は読んでいない…他の人は知らないですが、
当時、まだ前シリーズの数冊しか出ていなかった気もします。)

でも本作ではちゃんと、冒険って、楽しいだけじゃなくて、
厳しいときもあるんだよ、というのも、きっちり描かれるというのが…
あー、そうだ、この著者はこういう人だった、と思い出させてくれました。
ちょっとしたリアリティ?


それにしても、続きが気になります。


菜の花の一押しキャラ…ズーニョ・ラフロフ 「ばかっ!おまえがおれを守ってどうするよ」(オルバ・オクトーバ)
主人公 : デュアン・サーク
語り口 : 3人称
ジャンル : ライトノベル
対 象 : ヤングアダルト向け
雰囲気 : RPG系ファンタジー
結 末 : めちゃくちゃ途中!
イラスト : 戸部 淑
デザイン : 鎌部 善彦

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
488. 「警視庁刑事の事件簿」     杢尾 堯
2008.08.22 一般書 209P 740円 2004年5月発行 中公新書ラクレ ★★+★★
元刑事、事件を通し刑事と捜査の理想を語る


【100字紹介】
 2割にまで低下している犯罪検挙率。
 元警視庁捜査一課長が、自ら担当・解決した事件を通じて、
 刑事と捜査のあるべき姿や心構え、理想について語り、
 今後の刑事、今後の捜査など、後輩たちへアドバイスとエールを送る


序章+4章構成ですが、メインになるのは第一章。
実に全体の7割弱が第一章です。
それが「事件簿」部分。内部を11に分け、
聞込捜査、取り調べ、動機なき犯罪、誘拐事件の捜査、
外国人犯罪の捜査、理想の捜査、企業恐喝事件の捜査について語ります。

内容は、事件の概要、捜査の概要などですが、
それぞれが現役の後輩たちへの、アドバイスとエールという感じ。
この事件から捜査のための何を学んだか、
この捜査のどこがよかったか、など。

裏表紙の案内では「どうすれば治安は再生するのか」
「市民と企業の心構えを訴える」とありましたが、
実際のところはそれらに関する記述はおまけで
あとから加筆した感じがします。(3章・4章など)

最後の「あとがき」で、本書のもとになったのは
月刊誌「捜査研究」に掲載されたもので、
それに加除訂正したのが「事件簿」部分ということなので、
それ以外がおまけ風になったのは当然かもしれません。

元刑事の書く「事件簿」ということで、
もう少し一般受けするようなものを想像していたのですが、
それ以上に、現実の恐ろしさのようなものを痛感。
やはり「事件」は作り話だからこそ読めるのであって、
実際に起こってしまったら、怖いですね。
犯罪捜査は重要ですが、やっぱり犯罪は起こる前に防止したいものです。


テーマ : 刑事と捜査
語り口 : 1人称
ジャンル : 一般書
対 象 : 警察関係者〜一般向け
雰囲気 : 後輩へエールを送る

文章・展開 : ★+★★★
学 術 性 : ★★+★★
簡 潔 性 : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★
読 後 感 : ★★+★★

総合評価 : ★★+★★
よみもののきろくTOP
489. 「貴族探偵エドワード 濃藍の空に踊るもの」     椹野 道流
2008.08.23 ライトノベル 220P 457円 2008年3月発行 角川ビーンズ文庫 ★★★★★
英国風ミステリアス・ストーリー第7幕

【100字紹介】
 三拍子揃った私立探偵エドワードは、守り役シーヴァ、
 霊感少年トーヤとともに「暇が取り柄」ながら、
 平和に暮らしている。謎の異国人ウノスケや
 義賊の怪盗ヴィオレに、強烈な脚本家…
  新キャラ登場の、シリーズ第7巻


シリーズ第7巻です。
主人公は貴族のお坊ちゃんでありながら
大学にもいかずに趣味に走って私立探偵になったエドワード。
容姿端麗、頭脳明晰、家柄最高で三拍子揃っているけど、
結構ワガママお坊ちゃん。
そんなエドワードを支える守り役の青年シーヴァ。
助手見習いの霊感をもつ少年トーヤ。
エドワードの学生時代からの友人で発明家のアルヴィン。
アルヴィン宅に同居することになったクレメンス先輩。
それに彼らの住むロンドラ市警のプライス警部補と、
彼に命を救われた天涯孤独の少年マイカ。
…とここまでがメインキャラ、ますます増えましたね。

本巻も前作の続きです。
というか、後日談、からスタートというべきでしょうか。
いや、でもこれが前ふりであり、
新しい生活のスタートでもあるので…、前日談?
この辺りの事情は、著者自身のあとがき参照のこと。
シリーズ全体の中の位置づけとしては、閑話休題、かな。
新しいキャラも沢山登場して、伏線も張りまくりで、
次作の準備、と言ってもいいかもしれませんが。

新しいキャラは、サムライ風のウノスケ。
強烈な個性を放つ脚本家ユージィン。
そして巷を騒がす怪盗ヴィオレ。
など。

ちなみに怪盗の登場理由は
「やはり探偵には怪盗というライバルがいなくては!」
(あとがきより)ということです。わ、分かります!
分かりますが…単純明快すぎ(笑)。

構成や展開は月並みかもしれませんが、
そういうノリのようなものがまさに、
作中登場劇の評価に似ているかも…と思いました、ええ。
それにしても分かりやすい悪者だなあ…。


菜の花の一押しキャラ…アルヴィン・ブルック 「あーはいはい。ああ、頭が暖かくて嬉しいなあぁ」 (アルヴィン・ブルック)
主人公 : エドワード・H・グラッドストーン
語り口 : 3人称
ジャンル : ライトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : オカルト・ミステリ
結 末 : ハッピーエンド
イラストレーション : ひだかなみ
デザイン : Bell’s

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★+★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
490. 「銀河不動産の超越」     森 博嗣
2008.08.26 長編 279P 1381円 2008年5月発行 文藝春秋 ★★★★+
ひょんなことから、人生の方向性が一変する


【100字紹介】
 危険を避け、そんなに頑張らずに済む道を
 吟味して歩んできた青年は、
 母校から誰も行ったことのない
 「銀河不動産」に就職した。
 そこで、人生の方向性を変えてしまう館に出会う。
 「きっかけ」の妙を描く、奇妙な物語。


森博嗣氏のシリーズ外の小説。
連作短編というべきか、長編というべきかは、少々迷いますが、
やっぱり長編、でしょうか。
別冊文藝春秋に連載されていたもの。

一言で表せば、「面白い」です。
ええ、面白かったー。
そんな馬鹿な!というようなこともありつつ、
至極もっともなこともありつつ。
くすりと笑える場面もありつつ、
なるほど、確かに、と深く頷ける場面もありつつ。

主人公の青年は、とにかく元気がない、覇気がない人。
元気が足りないから、自分なりの一生懸命が客観的に見て
「怠けている」状態だったりしてしまうほど。
そんな彼でも、大学を出て就職せざるを得ず、
就職したら毎日出勤しなくてはならないのです。
そして「最悪の事態に陥ったら、受けることを考える」ような
「銀河不動産」に就職してしまった主人公。
そこで、人生が変わってしまうものに出会うわけですが…、
それすら流されている途中という感じ。


着地点については「あっちか、こっちか…」と
ふらふらして最終的に「あ、そっちだったか!」という風でした。
最後まで読むと「思えば遠くまできたものだ…」という気持ちに、
きっと浸れる作品。


主人公 : 高橋
語り口 : 1人称
ジャンル : 長編(連作短編)
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 森博嗣的ポップ
結 末 : ハッピーエンド
写 真 : 高橋 和海
撮影協力 : パンゲアソラリアム
ブックデザイン : 鈴木成一デザイン室

文章・描写 : ★★★★+
展開・結末 : ★★★★+
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★
読 後 感 : ★★★★+

総合評価 : ★★★★+
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491. 「亡羊の嘆 鬼籍通覧」     椹野 道流
2008.08.28 長編 252P 860円 2008年6月発行 講談社ノベルス ★★★★+
料理研究家刺殺事件。刃物の装飾の意味は…


【100字紹介】
 「料理に必要なのは、夢と愛!」
 大人気の料理研究家・夢崎愛美が、
 法医学者たちすら驚きを隠せない異様な刺殺体で発見された。
 解剖を担当した伊月崇と伏野ミチルが事件の真相に迫る、
 法医学教室事件ファイル第6作。

鬼籍通覧シリーズ第6作です。

久し振りなので、本シリーズの登場人物紹介から。

他大学医学部からO医科大学法医学教室に
大学院生としてやってきた主人公・伊月崇。
法医学教室には、人当たりのよい教授・都筑壮一、
勤続30年、解剖補助の仕事をこよなく愛する技師長・清田松司、
教授に「教室唯一の癒し系」と言わしめる技術員・森陽一郎、
通称「ネコちゃん」の教室秘書・住岡峯子、
それに伊月のよき上司であり、先輩であり、
イベントの際の相方(?)である助手・伏野ミチル。
他にも、教室に出入りする所轄の新米刑事・筧が第1作で、
伊月の小学生時代の同級生であることが判明、
数年ぶりの再会を果たし、その後親友としての交流が復活して
現在では同居中(両方男性なので、念のため)。
また週に一度、伊月が手伝いに行っている兵庫県常勤監察医の龍村泰彦。
今回もずいぶん、たっぷり出演です。

本シリーズ、当初はオカルトものでしたが、
前作に引き続き、本作はオカルト色はありません。
純粋にミステリ風、ですね。

今回の被害者は、TVで大人気の料理研究家・夢崎愛美。
アシスタントとして20代の娘・歌花がいる、
元主婦であり、飾らない性格かつ家庭的で人気がある人。
彼女が年の瀬に刺殺されるわけですが、
その遺体は異様な「装飾」が施されていて…。

そのために解剖で年越しなO医科大法医学教室の面々。
前半は久々に、この解剖話がメイン。
事件よりも解剖が目立っているー。
いや、そこがもう、このシリーズの売りですから。
臨場感と言いますか、何というか、もっともらしさといいますか…、
よく分かりませんけれども、生々しい体験談みたいな雰囲気があります。
勿論、著者の経験が存分に生かされているのでしょうね。
読み応え、たっぷり。

また、事件から離れた部分、章と章の間にある間奏、
「飯食う人々」も面白いです。
そうだよね、深いなあ、とうなずくセリフもありますし。
何というか、このシリーズは著者・椹野道流にとって、
代表作として真っ先に挙げるべき作品ですよね。

やや、流れが王道過ぎて読めてしまうので展開に関しては
少し残念なのですけれども、全体の面白さが十分なので、
魅力的な作品です。次回作はそれほど間をおかない、
とのことなので、とても楽しみ。


菜の花の一押しキャラ…龍村 泰彦 「…たぶん大切なのは、自分の中に己の価値観があるのと同じように、  他人には他人の価値観があると肝に銘じることだ」 (龍村 泰彦)
主人公 : 伊月 崇
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ちょっとまにあっく。
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)
ブックデザイン : 熊谷 博人・釜津 典之

文章・描写 : ★★★★+
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★+
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★+
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