よみもののきろく

(2007年5月…352-358) 中段は20字紹介。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2007年5月の総評
今月の読了冊数は7です。
長中編4、連作短編1、絵本1、ライトノベル1。
コンプ計画中の著者の読了数は森博嗣2、椹野道流1、宮部みゆき1、
高里椎奈1、有栖川有栖1です。基本的に殆どコンプのものばかり。
バラエティーが足りないかなー。

そんな2007年5月の菜の花的ベストは…。

 「STAR SALAD 星の玉子さま2」       森  博嗣(評点4.0)

「STAR SALAD 星の玉子さま2」は、作画も森博嗣自身が手がける絵本第2弾。
今回はテーマに沿った不思議な星のお話。
テーマも面白いですが、とにかく可愛い!
そして絵本とたかを括ってはいけない、興味深い展開にきっと驚く1作。


以下、高評価順(同評価の場合は読了日順)に簡単に作品紹介します。

 「模倣犯(上)(下)」           宮部みゆき(評点3.5)

「模倣犯」は、言わずと知れた宮部みゆきのベストセラー。
公園での右腕発見で幕開ける、大量殺人事件です。
鋭い視点、細かな観察眼、事実と感情の語り方のバランスよさ。
妥協を許さない描写に単なるミステリ以上のものを感じられる作品です。
ただし…原稿用紙3551枚という、徹底した長さでもあるのですけれど(笑)。


 「水車館の殺人」              綾辻 行人(評点3.0)
 「少し変わった子あります」         森  博嗣(評点3.0)
 「終焉の詩 フェンネル大陸偽王伝」     高里 椎奈(評点3.0)
 「貴族探偵エドワード 赤き月夜に浮かぶもの」椹野 道流(評点3.0)
  

「水車館の殺人」は綾辻行人の館シリーズ第2作。
過去の事故で負った傷を隠すために常に仮面をかぶる主人と、
その妻で幽閉同然の美少女が住む「水車館」での事件です。
1年の時を隔てた2つの事件が交互に現れて同時進行します。
技巧的で、よく作りこまれているな、という印象の作品。

「少し変わった子あります」は森博嗣の連作短編。
主人公である大学の先生が、奇妙な料理店に訪問します。
その料理店では店の用意した女性と食事が出来るという奇妙なメニューがあり…。
非常にミステリアスで、どこか哲学的な雰囲気のあるお話。

「終焉の詩(うた)」は高里椎奈のフェンネル大陸偽王伝の第7巻、完結編。
ついにシスタスの中枢に入り込み、最後の決戦!というところ。
思った以上に綺麗にまとまってしまって少し物足りないくらい。
どうやらこの話は、新シリーズに続くようです。

「貴族探偵エドワード 赤き月夜に浮かぶもの」は、
椹野道流の英国風ミステリアス・ストーリー第3幕。
新しいレギュラーメンバーの登場で益々盛り上がります。
展開もキャラも何というかお約束な感じが素敵なライトノベル。


 「まほろ市の殺人 冬 蜃気楼に手を振る」  有栖川有栖(評点2.5)


「まほろ市の殺人 冬 蜃気楼に手を振る」は、有栖川有栖の中編。
企画もので、「まほろ市の殺人」の春、夏、秋、冬があり、
それぞれを別の作家さんが担当しています。
(順に、倉知淳、我孫子武丸、麻耶雄嵩、有栖川有栖。)
本作は典型的な倒叙式。悪人じゃないけどほんの出来心でやったことが
いつの間にか引き返せなくなっていた主人公の心情を描きます。
まほろ市の設定などが、ミステリマニアに大ウケに違いない作品。


以上、今月の読書の俯瞰でした。








352. 「STAR SALAD 星の玉子さま2」     森 博嗣[作・画]
2007.5.3 絵本 60P 1429円 2006年10月発行 文藝春秋 ★★★★
不思議な宇宙の世界を文字と絵で描く第2弾


【100字紹介】
 小さな星に愛犬・ジュペリと住む玉子さんは、
  ロケットに乗って近くに星に行くのが大好き。
  色も形も様々な沢山の星を訪れながら、
  玉子さんはとある仮説に辿り着きます。
  玉子さんと一緒に不思議な旅に出掛けましょう。


作画も森博嗣自身が手がける、玉子さんの絵本第2弾です。
前作は小さな星と、その星に住む人々、
またはその星にまつわる物語を連想させるようなお話でしたが、
今回はテーマに沿った不思議な星のお話。
STAR SALADか!うーん、やりますね。

テーマがまず面白いですよね。
そして、可愛い。
前作と同じような雰囲気で読んでいくと…、
最後に「あ…」と思うような展開に。
この展開は読めませんでした。うーん、そうくるか。
とても著者らしくて、他では見ない展開かも。
こういうのを、オリジナリティと言うのでしょうか。
でも、単なる個人のオリジナリティともいえない気もするのです。
何というか、種類が今までの絵本と違うぞ、みたいな。
そうですね、こういう展開が凄い、というより、
こういう展開を思いつくタイプの人材が、
絵本の世界に進出したというのが凄い、というか。

それにしても森博嗣氏は多彩な才能の持ち主ですよね。
絵が巧い…。前作「STAR EGG」でも思いましたけど。
学生時代に描かれていた漫画より、
こういう絵の方が菜の花には素敵に見えます。
まあ、描く方にしてみれば同じなのかもしれないし、
全然違うのかもしれませんけれど…。

個人的に、まあ素敵な絵!と思うのは「ミカンの星」と「レタスの星」かな。

さらっと読めますし、一読してもきっと損はないでしょう。
もしも「STAR EGG」が未読でも、無問題で読めますが、
前作をお気に召した方ならきっと気に入る1冊。



主人公 : 玉子さん(たまこさん)
語り口 : 3人称
ジャンル : 絵本
対 象 : 子供〜一般向け
雰囲気 : 不思議でポップ
作画協力 : yodaka
装 丁 : 斉藤 深雪

文章・描写 : ★★★+
展開・結末 : ★★★★+
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★+

総合評価 : ★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
353. 「まほろ市の殺人 冬 蜃気楼に手を振る」     有栖川 有栖
2007.5.4 中編 148P 381円 2002年6月発行 祥伝社文庫 ★★+★★
三千万円の現金が、兄弟の運命を翻弄する!


【100字紹介】
 冬になると海に謎の蜃気楼が現れる真幌市。
 蜃気楼に手を振ると幻の町に連れて行かれるという言い伝え通り、
 こっそり手を振った長兄は5歳で事故死した。
  25年後、残された兄弟たちは強奪金の三千万円に翻弄される…


中編です。
表紙に「幻想都市の四季」書き下ろしとなっています。
そして裏見返しには競作「幻想都市の四季」とも。
どうやらこれ、4人の作家によって書かれた、
春夏秋冬の名を冠せられた4作があるようです。

倉知  淳「まほろ市の殺人 春 無節操な死人」
我孫子武丸「まほろ市の殺人 夏 夏に散る花」
麻耶 雄嵩「まほろ市の殺人 秋 闇雲A子と憂鬱刑事」
有栖川有栖「まほろ市の殺人 冬 蜃気楼に手を振る」

以上、4作品ですね。
おお、なるほど、みんな同じ舞台を使って、
別々の季節に起こる殺人事件を描くのですね。
通りで…、本文中に何度も、
「小さな地方都市なのに、最近やたらと奇妙な事件が多い」
というような表現が出てくるわけです。本作はラストの冬だから、
他の3作の事件が現実として起こった後、という設定だからそうなるわけですね。

その他にも競作ならではのところは…そうですね、
細かい市内の設定があるところとか。
都市の沿革や歴史も最後に書いてありますし(何と先史時代から記述あり)、
冒頭に出てくる地図なんか、とっても笑えます。
ミステリマニアのお遊びみたいな地名なんですもの!
涙香町だの網州(もうす)だの舞乱島(ぶらんとう)だの、
銭形屋百貨店に江戸川スーパー…、
一番笑えたのは鮎川鉄道かな。
鮎鉄、というのがもうありそうでいいですね。
他にも色々ネタがあるようですが、残念ながら菜の花はあまり読み取れず。
あなたは幾つ、見つけられる!?状態ですね(笑)。やあ、愉しい。

さて、中身ですけど。典型的な倒叙式。
えっと、犯人視点ってやつですね。
菜の花、こういうの苦手なんですよねー。
だから評点が低い。ごめんなさい、完全な趣味の問題です。

幻想都市というだけあって、心情的な部分が焦点かも。
主人公は別に元々悪人ではなく、どこにでもいそうな人なので、
最初はもしかしたらほんの出来心、
でも気付いたら引き返しようのない道へ…、
というタイプですので、入念に完全犯罪を目論んだわけでは全然ない。
だからトリックなども出てこないわけです。
心理戦というか、正攻法での戦いというか。
有栖川有栖にしては比較的珍しい形式かも。
ああ、でも全然ないわけじゃないですよね。
そういう方向性の作品も。色々書ける作家さんですね。
ミステリ基本ですけど。

唯一、トリックというか「実はね」な部分が
非常に特殊な状況だったもので、それはそれで笑えますけど、
笑えただけ、という気も、しなくはないですね。
いや、いいんですけど!それはちょっと反則では!(笑)、
って感じです。そんなわけで、好みからも外れているのもあいまって、
ちょっと低めの評点になっています。




主人公 : 山岡 満彦
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : やや暗い、スリル
結 末 : 解決
カバーデザイン : 金台 康春(ランドリーグラフィックス)

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★+★★
キャラクタ : ★★+★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★+★★

総合評価 : ★★+★★
よみもののきろくTOP 有栖川有栖の著作リスト
354. 「水車館の殺人」     綾辻 行人
2007.05.10 長編 358P 540円 1988年2月講談社ノベルス
1992年3月発行
講談社文庫 ★★★★★
「館」第2作!時を隔てた2つの事件が交錯

【100字紹介】
 過去の事故で顔面を傷つけ常に仮面をかぶる主人と、
 その妻で幽閉同然の美少女が住むのは、
  古城のようなたたずまいの「水車館」。
  年に1度、客達が集まる日に惨劇は起きる…。
  1年の時を隔てて2つの事件が交錯する!


さて、新本格派ミステリの綾辻行人氏の第2作。
そしてシリーズとしても第2作です。

ある意味、前作「十角館の殺人」と同じ趣向ですね。
前作では、「2つの地理的に隔てられた場所」が舞台で、
「島」パートと「本土」パートで物語が同時進行していました。
本作は「2つの時間的に隔てられた同じ場所」が舞台で、
「過去」パートと「現在」パートが交互に現れ、
同時進行して行くつくりになっています。

どうやら綾辻氏は、サンドウィッチが大好きらしい。

全体がリッチに膨らみますね、この形式。
そして、地理的に隔てられた場所の同時進行させるより、
技術的にもはるかに難しいかと思います。
だって、同じ場所で、同じメンバーの1年前のことを描きつつ、
現在のことを描かなくてはいけませんから。
登場人物にとっては1年前の出来事はすでに終わっていて、
暗黙の了解事項なのに、読者にとっては今まさに
提示されていく過程にある物語です。
うまく進行させてしかも「読ませる物語」にするのは
かなり難しいのではないかと想像します。
その辺り、非常にうまく作りこまれているなと感じました。

が…、うーん、気に入らないところもなきにしもあらず。
細かな点は幾つか。ちょっと俗物キャラとして定型過ぎる人とか…。
あまりに定型過ぎて、ちょっと鼻に付く感すらありますが、
それはそれで面白いと言えば面白いのかも。
最大の点は、そうですね、「中村青司」かな。
キーワードなんですが、これがちょっと。
そこまでキーワードになるほどのものだったか?というのが、
読後に気になった点でした。強調されている割には、
かなり浮いた感があって、何となーく気持ち悪い感じ。
それに「中村青司」は天才である、という表現が出てくる割に、
変人ではあるけれど、とりたてて大騒ぎするほどの
天才ぶりをまったく感じられないところが…。
難しいですね、この人は美人である、というのは幾らでも小説に書けます。
そして「何という美人だろう!」とキャラたちが言うだけで、
それでそのキャラは本当の美人に昇格できるのです。
が、この人は天才である、というのはなかなか書けないのですよね。
天才的に絵が巧い、なら出来るでしょうけど、
天才的な考え方などは、著者がそれ以上の天才じゃないと書けないわけで。
作中の「中村青司」は、ちょっと買いかぶられすぎではないか、
というのが最後に思った点でした。
そんなに凄いからくりではなかったと思うのですけれど。

と、文句も言いつつ。
次の「迷路館」も楽しみにしていますよ、はい。



菜の花の一押しキャラ…三田村 則之
主人公 : -
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : クローズド・サークル
解 説 : 有栖川 有栖
カバーデザイン : 辰巳 四郎
ブックデザイン : 菊池 信義

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★+
キャラクタ : ★★+★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
355. 「少し変わった子あります」     森 博嗣
2007.5.12 連作短編 248P 1381円 2006年8月発行 文藝春秋 ★★★★★
その料理店は、とても奇妙な料理店だった…


【100字紹介】
 私は奇妙な料理店の話を聞いた。
  この店には、店の用意した女性と
  食事が出来るという奇妙なメニューがある。
 二度と同じ人は来ないし、ただ静かに食事をするだけだ。
  あるときこの店の常連だった後輩が行方不明になり…


不思議な連作短編。
主人公は大学のせんせい。
後輩の研究者が行方不明になったあと、
彼から「こんな店があって…」と紹介されていたのを思い出し、
情報収集のつもりもあって何気なく訪れてみるところから話が始まります。

1話で1回の訪問。
この店では行く度に別の女性が現れて、一緒に食事をします。
話をしない者もいますし、よく話す者もいます。
皆に共通するのは、名前は明かさないこと、二度と会えないこと、
それから、非常に美しい所作で食事をすること。

そこから何を感じ取るかは、人それぞれの感性…、
なのでしょうが、この先生方はなかなか、
そういうことにのめりこんでしまうタイプのようで。
主人公がひとつひとつの事柄に、非常に強く反応し、
意味を見出すところが「読みどころ」でしょうか。
それをどう捉えていくかは…今度は読者の側の「読み方次第」です。

最後の方で少し「あ…」と思う仕掛けこそありますが、
ミステリアスですがミステリ的趣向はありません。
奇妙ではあるけれどある種、淡々とした事象を
捉え方だけでこんなに幻想的なものに出来るのか、ということに
気付かされる1冊。しかし、何がどうなったらこんな奇妙な場面設定を
思いついてしまうのでしょうね?この著者の不思議なところ。



菜の花の一押しキャラ…磯部先生 いや…、                 やはり、もうやめておいた方が良いだろう。 そう、どことなく、危険な感じがする。   まったく根拠はないが、そう思える。    
主人公 : -
語り口 : 1人称
ジャンル : 小説一般
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 奇妙な話
装画・挿画 : あずみ虫
装 丁 : 鈴木成一デザイン室

文章・描写 : ★★★+
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
356. 「終焉の詩 フェンネル大陸偽王伝」     高里 椎奈
2007.05.22 長編 326P 950円 2007年3月発行 講談社ノベルス ★★★★★
ついにシスタス中枢へ侵入!シリーズ完結編

【100字紹介】
 強国シスタスがソルド王国を再び侵略へ。
  小国連合を救うため、フェンベルクは
  シスタス皇王のいる地へ足を踏み入れる。
  だがたどり着いた敵の中枢部で思わぬ人物、
  そして真相を知ることに…。高里流ファンタジー完結編


フェンネル大陸シリーズの第7作。そして完結編です。
と言っても、どうやらまだ次のステージへ続くようなので
ご安心下さい(?)。最終ページちゃんと新シリーズ準備中の
広告が載っていますので。

さて、シリーズもついに佳境だな、と思っていたら
もう完結編なのですね。
うーん、思ったより綺麗にまとまってしまったというか、
そういう結末に落ち着いちゃったかーというか。
比較的、平和裏に終わったかなと。
終わったーというのは嬉しいですが、
ちょっと物足りないと言うか。綺麗すぎるところが。
ああ、でもそういうところが著者らしいなあと。
優しい作家さんだと思うのですよ。
ちょっと内向的過ぎる気もしますけど。
描き方が女性作家らしく、好もしく思います。
菜の花は、こういうのが好き。

色々な人が出てきて、色々なことをして
駆け抜けて行きましたが、どこもまあ、きちんと着地出来ました。
フェンだけが気になるところですけどね。
これからどうするんでしょう、彼女は。
その辺り、新シリーズに期待ですね。



菜の花の一押しキャラ…サチ 「普段よりは長く喋った方じゃないかな。何しろ主語がある」(サチ)
主人公 : フェンベルク
語り口 : 3人称
ジャンル : ファンタジー
対 象 : ヤングアダルト向け
雰囲気 : 王道ファンタジー
結 末 : まあハッピーエンド
イラスト : ミギー
ブックデザイン : 熊谷 博人・釜津 典之
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)
地図製作 : 白髭 徹

文章・描写 : ★★+★★
展開・結末 : ★★+★★
キャラクタ : ★★+★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
357. 「模倣犯(上)(下)」     宮部みゆき
2007.5.25 長編 721P
702P
各1900円 2001年3月発行
2001年4月発行
小学館 ★★★+
公園での右腕発見で幕開ける、大量殺人事件

【100字紹介】
 公園のゴミ箱から人間の右腕が発見された。
  恐るべき大量虐殺事件の幕開けだった。
  被害者遺族を巻き込み、マスコミを使って
  世間を震撼させる犯人の正体は?
  被害者、犯人、刑事、マスコミと彼らを取り巻く世界を描く。


長い!長いです。もうこの一言に尽きますよね、感想…。
原稿用紙3551枚らしいですよ。あー、これは凄い。
菜の花が今まで書いてきたこのよみもののきろくが
束になってかかっても、きっとかないませんね。

全部で3部構成。
まずは犯罪の概要と、経過が提出されます。
この時点では殆どが被害者の遺族視点。
その後、犯人視点になります。
でも、単に犯罪の経過を描くのではなく、
犯人と、彼を取り巻く世界の描写が中心になるだけのこと。
冤罪の可哀想な高井君の世界も一緒に。
最後の3部は、遺された人々の世界。

どの部分も、とにかく視点の入れ替わりが激しい。
パラグラフが変わると、どんどん場面転換していき、
それらがよじり合わせられたり、また離れたり。
臨場感はありますけれど、目まぐるしいですね。
特に長期連載ものによく見られる構成です。
案の定、この作品は「週刊ポスト」で
95年11月から99年10月までの4年弱の長期連載したものを
加筆・修正した作品。うーん、それらしい感じはします。
勿論、綺麗に最後にまとめられていますが、
ちょっと途中が長すぎる気もしますね。
かと言ってどこが削れるか?と言われると少しも思いつかないから、
これで完成された作品なのだ、というのは分かりますけれど。
ただ、長すぎて本来のこの著者の持ち味である
序盤から中盤での広がりの素晴らしさが薄まってしまったような。
もう少し短めにまとめた方が、彼女のよさがより強調される、
と感じるのは菜の花だけでしょうか。
まあ、ストーリーテリングの巧さにより、
これだけ長くても一気に読ませてしまうというのは、
著者ならではなのかもしれませんけれど。

それにしても、よくぞここまで徹底して残虐な部分を描き出せますよね。
凄すぎます。妥協しないところが、真似できない、といつも思います。
鋭い視点、細かな観察眼、事実と感情の語り方のバランスよさ。
現実への厳しさも…。そう、この作品は、色々なところで
「徹底している」という感じ。最後の有馬義男氏の場面は、
人間って何なんだろうなあと、考えさせられてしまいます。

この作品には建前だけではない、もっと厳しい世界が描かれていて、
誰もがこんな犯罪に巻き込まれたことがあるわけではないのだから、
これにリアリティを感じられるか?というとそんなはずはないのに、
何故か巻き込まれてしまう、確かに一歩間違えたらこんなことも
実際に起こりえてしまうかも、と思わせる、一種のリアリティがあります。
こうして彼女は、世間を巻き込んでしまうのですね。
凄いなあ。こういう作品に触れるとき、自分との才能の違いを
見せ付けられた気がしてしまうのです。

ところでその割に評価が高くないのは。
いや、凄いんですけどね。
悲しくなっちゃうので、楽しいもの好きで、
楽しいものを人にお勧めしたい菜の花としては低め評定で。
この評定は、別に作品の素晴らしさを評価しているわけではなく
(菜の花はそんなに大それた「評論家」ではないですし)、
自分がどれくらい人に勧めたいか、というランクなのです。

それから。この作品の印象に残ったことば(下記参照)は、
塚田真一君の言葉としていますが、確かこれ、作中で他の誰かが
先に言っていたような気がするんですよね。有馬さんだったでしょうか。
塚田君はそれを受けて、ラストにこう言ったのだったかと思います。
でも、それは見つけられなかったので、
確認できた塚田君のことばとさせて頂きました。



菜の花の一押しキャラ…有馬 義男 「本当のことは、どんなに遠くへ捨てられても、       いつかは必ず帰り道を見つけて帰ってくるものだから。」 (塚田 真一)
主人公 : -
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : リアリティ高し
結 末 : 一件落着
装 丁 : 川上 成夫
装 画 : 大橋 歩

文章・描写 : ★★★★+
展開・結末 : ★★+★★
キャラクタ : ★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
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358. 「貴族探偵エドワード 赤き月夜に浮かぶもの」     椹野 道流
2007.05.28 中編 218P 457円 2006年8月発行 角川ビーンズ文庫 ★★★★★
英国風ミステリアス・ストーリー第3幕

【100字紹介】
 大国アングレの首都・ロンドラ。
 三拍子揃ったお坊ちゃんのエドワードと、お世話係のシーヴァ、
 それに居候で霊能者のトーヤの私立探偵事務所に
  「見境のない吸血鬼」による連続殺人事件が持ち込まれた。
 シリーズ第3作


「銀の瞳が映すもの」「白き古城に眠るもの」に続く、シリーズ第3弾。
主人公は貴族のお坊ちゃんでありながら
趣味に走っていきなり私立探偵になったエドワード。
容姿端麗、頭脳明晰、家柄最高で三拍子揃っているけど、
結構ワガママお坊ちゃんのエドワードを支えるお世話係の青年シーヴァ。
押しかけ助手になった霊感をもつ少年トーヤ。
この3人がメインキャラ。

本作の舞台は初めて彼らの本拠地たるロンドラ。
大都市につきもののスラム街が現場です。
しかも今回の事件は異例も異例なことに、
前作で大活躍!?のプライス刑事が持ち込んできたお仕事。
プライス刑事とその恵まれない部下達の心根、とくと拝見。
意外なプライス刑事の過去も明らかに!?です。

更に新しいレギュラーメンバーの登場。
ああ、やっぱりこういうキャラは必要ですよね!

展開もキャラも何というかお約束な感じ。
そう、このお約束なところがいいのです。
安心して読めるから…。
ところどころに滅茶苦茶「らしい」場面がありますが
(解剖話を書かせたら、プロですものねー)、
基本的には王道系。
さくっと読める手軽なシリーズですね。



菜の花の一押しキャラ…シーヴァ・アトウッド 「その人の人生が正しいかどうかなんてことは、          生きている間は、本人にも、誰にもわからないの」(ジェイド)
主人公 : エドワード・H・グラッドストーン
語り口 : 3人称
ジャンル : ライトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : オカルト・ミステリ
イラストレーション : ひだかなみ

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
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