よみもののきろく

(2006年7月…280-288) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2006年7月の総評
今月の読了冊数は9。
長中編5冊、短編2冊、その他2冊でした。
コンプ計画中の著者の読了数は
森博嗣1冊、高里椎奈2冊。
また森博嗣が少ない!

2006年7月の菜の花的ベストは…★4つですね。2タイトルです。

 「催眠」              松岡 圭祐 (評点4.0)
 「返事はいらない」         宮部みゆき (評点4.0)

「催眠」は複雑な精神病理と医療カウンセリングの世界を描く、
映画にもなったベストセラー小説。
メインに直接からまないサブ・ストーリーが散りばめられた、
なかなか複雑で様々な色合いをもち、ボリューム感があります。
読めば、「さすがベストセラー」と納得できることでしょう。

「返事はいらない」は宮部みゆきの初期短編集。
日々の生活と幻想が交錯する東京、
そこに生きる人の姿と日常を描きます。
心理描写に優れた秀作揃いです。


以下、評価順に簡単に紹介します。
(同評価の場合は読了日順)

 「風牙天明 フェンネル大陸偽王伝」 高里 椎奈 (評点3.5)
 「人間そっくり」          安部 公房 (評点3.5)
 「人形はこたつで推理する」     我孫子 武丸(評点3.5)

「風牙天明」は、高里椎奈の「偽王伝」シリーズ第5作。
ようやく5作目にしてシリーズ名の意味がはっきりするという、
ちょっとのんびり屋さんな異世界ファンタジーです。
が!中身はとってもハード&シリアス。多分に叙情的で、
やや設定の甘さは気になりますが、そこは小説ですからね、な作品。

「人間そっくり」は、日本の誇る作家・安部公房の中編です。
主人公である「ぼく」が、火星人を自称する男に訪問されるサスペンス。
火星人男の言葉は二転三転し、僕の気持ちも振り回され…、
一体何が本当で、何が嘘だったのか?
「火星人だなんて何を馬鹿な」と思っていた読者も、
気付くと足元がゆらいでいるかもしれません、よ?

「人形はこたつで推理する」 は、我孫子武丸の「人形シリーズ」第1弾。
主人公である幼稚園の先生・妹尾睦月が、
内気な腹話術師と、陽気な人形のコンビに出会うところから始まります。
愉しいユーモアミステリ、だけどちょっとひねったこの設定、
ラストには思わずもらい泣きしてしまうかも!?な作品。

 「Φは壊れたね」           森 博嗣   (評点3.0)
 「分数ができない大学生」       岡部恒治 他編(評点3.0)
 「海紡ぐ螺旋 空の回廊」       高里 椎奈  (評点3.0)
  
「Φは壊れたね」は、森博嗣の新シリーズ第1作。
S&M、Vに続くGシリーズです。S&Mシリーズから数年後。
密室状態のマンションの一室から、
芸大生の宙吊り死体が発見されるという、久々の密室ものです。

「分数ができない大学生」は大学生の学力低下に警鐘を鳴らす数学者の告発。
菜の花自身も耳の痛い話ですが、子供だってもっと考えるべき問題、
それが教育論。勿論、大人はもっと考えなくてはいけないでしょう。
色々と反省を促される1冊です。

「海紡ぐ螺旋 空の回廊」は、高里椎奈の「薬屋さん」シリーズ第13作。
そして、一段落するお話でもあります。3人の薬屋さんキャラに
それぞれ深く関わる3つの事件が語られます。
「キャラもの」度全開で、驚きの展開を見せてくれます。
ラストは…とても淋しい気持ちを残してくれました。次作に大いに期待。

 「「負けた」教の信者たち」     斉藤 環  (評点2.5)

「「負けた」教の信者たち」は、ニートを題材にした、精神科医が描く時評。
びしっとした研究書という感じがないために、
堅苦しさを感じずにさらりと読めるかもしれません。
ネット社会の話、外国の事情なども交えて、
大変にぎやかな「最近の社会問題」をてんこ盛りで語ります。
主張をはっきりさせるために、やや過激、大袈裟な言い方が多用されますが、
それを気にしない人なら、一度読んでみると興味深いかも?な一冊。


以上、今月の読書の俯瞰でした。








280. 「「負けた」教の信者たち ニート・ひきこもり社会論」     斉藤 環
2006.07.02 教養 254P 760円 2005年4月発行 中公新書ラクレ ★★+★★
ニートを題材にした、精神科医が描く時評


【100字紹介】
 増大するニート、高齢化するひきこもり…
  コミュニケーションの格差化傾向が進んでいる。
  ネット時代の少年犯罪など、メディアを騒がせた社会事象を、
  気鋭の精神科医が独自の理論や主張で読み解く。
  海外事情の紹介も。(100字)


「負けた」教の信者たち。
ちょっとショッキングというか、センセーショナルというか、
いまどきって感じぃ?みたいなタイトルですね。
菜の花自身もこのタイトルにひかれて、本書を読みました。
一体、どんなことが書いてあるんだろう、どきどき…。

タイトルってとっても重要ですね。
著者は精神科医。まさに上のような効果を狙って、
このタイトルをつけたことが「はじめに」で明かされます。
うむむ、まんまとはまったというわけか!
そして俄然、期待が高まるわけです。
何しろ、菜の花の気持ちを思い通りにして本を手にとらせた
この精神科医の書く「社会問題」は一体、どんな切り口なんだろう、と。

本書は「中央公論」という月刊雑誌に連載されたものを再構成したもの。
元は「時評」だったようです。そのためか、まとまっているようで、
内容的には結構ばらばら。重複も多いですね。
思いつくままに書いているな、というのもよく分かります。
びしっとした研究書という感じがないために、
堅苦しさを感じずにさらりと読めるかもしれません。
一歩一歩を論理的に、理詰めな感じで語らなくてはいけない!
というタイプの人には向かないかも。
副題に「社会論」なんて難しそうな言葉を入れていますが、
あくまで一般向けですので恐れをなすことはありません。


ニートやひきこもりというのは、現代社会の抱える大きな問題のひとつですが、
この問題、どこかどういう風に問題になっていて、
放置するとこれからどうなっていくのか、
これに更にネット社会の話、外国の事情なども交えて、
大変にぎやかな「最近の社会問題」をてんこ盛りで語ります。
菜の花のような、世間から隔絶された生活を送っていた人には
「あ、こんなのことあったんだー、でそれはこういうことだったのかー」
と、色々と吸収どころは多いかもしれません。

主張をはっきりさせるために、やや過激、大袈裟な言い方が多用されますが、
それを気にしない人なら、一度読んでみると興味深いかも?な一冊。




テーマ : ニート・ひきこもり
語り口 : エッセイ
ジャンル : 雑学
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 時評
結 末 : -

文章・描写 : ★+★★★
展開・結末 : ★+★★★
キャラクタ : ★★★★★
独自性 : ★★★+
読後感 : ★★+★★

総合評価 : ★★+★★
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281. 「Φは壊れたね」     森 博嗣
2006.07.08 長編 288P 820円 2004年9月発行 講談社ノベルス ★★★★★
森ミステリ・新シリーズ第1作。密室の謎!


【100字紹介】
 密室状態のマンションの一室に芸大生の宙吊り死体が!
  死体発見の一部始終は室内に仕掛けられたビデオ
  「Φは壊れたね」に録画されていた…。
  D2大学院生・西之園萌絵が
  学生たちと事件の謎を追及する新シリーズ第1作 (100字)


久し振りのミステリ・シリーズものです。
森博嗣のミステリ系の大きなシリーズものは、
S&Mシリーズ(犀川&萌絵、全10作)、
Vシリーズ(瀬在丸紅子他、全10作)に続く3つめでしょうか。
その他にも細かいシリーズや、ミステリ以外のシリーズもありますけど。

キャラとしては再び、西之園萌絵登場。
でも「すべてがFになる」で始まる最初のシリーズ(S&M)と違い、
メインキャラの1人ではあるかもしれませんが、主人公ではありません。
ちょっと安心。菜の花、この子が苦手で。
でも本作を読んでみると、彼女の印象が少し変わりました。
彼女が成長したのか、著者が成長したのか、菜の花が慣れたのか。

基本的にはS&Mシリーズの後継という感じですね。
時間としては、「すべてがFになる」ではまだ学部生だった
西之園萌絵が、D2、つまり博士課程2年になっていますから、
数年の月日が流れたことになります。
大学卒業して、修士2年が終わって、更に博士2年目ということで、
大分時間はたちました。すっかり研究者風になってしまいましたね、萌絵も。

中身の事件としても、S&Mシリーズと殆ど差異はありません。
中心キャラを変えただけで、基本的には、あの感じをそのまま。
何というか、久々〜、というか懐かしいくらいで。
基本的には変形密室ものばかりなんですよね、あのシリーズ。
本作では作中に「西之園さんが興味を示したならきっと密室事件」
というような推測をするキャラがいますが、まさに。

今回の事件は、おもちゃ箱をひっくり返したかのような
「芸大生らしい」装飾過多なお部屋での宙吊り死体発見。
これが両手が縛られての宙吊りで、そう簡単には自分1人では出来なそうな上、
更に刺されていたりするので、こりゃ自分で刺せないでしょ!
じゃあ、刺した人はどこに行ったの?ということに。

とても動きの少ない物語かも。事件が起こっていく経緯が、
一番よく人が動いている気がします。
あとはディスカッションしたり、現場を確認したり。
あちこちアクティブに動き回る、ということはないですね。
ゲームには出来ない!?
でも、普通の大学生たちですから、そりゃそうでしょう。
とにかく行動はとても大学生らしい。
さらりと書かれるこの背景が、元々キャラたちと同様に
理系の大学生・大学院生をしてきた菜の花には、
とても分かりやすく、すとんと納得できる「日常」だったりします。
何だか、彼らを見ていると不思議に落ち着くんですよねー。

そういう意味で、森博嗣のこの手のシリーズは嫌いではありません。
たまに、ふっと読みたくなるかもしれない作品。




菜の花の一押しキャラ…国枝 桃子 「君は疲れている。難しい話はやめよう」 (海月 及介)
主人公 : 山吹 早月他
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 大学生ミステリ
結 末 : 一件落着
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーデザイン : 坂野 公一(welle disign)
フォントディレクション : 紺野 慎一(凸版印刷)

文章・描写 : ★★★+
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★+
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★+

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
282. 「風牙天明 フェンネル大陸偽王伝」     高里 椎奈
2006.07.12 長編 368P 1080円 2006年1月発行 講談社ノベルス ★★★+
ついに「偽王」立つ!シリーズ5作目

【100字紹介】
 他国を侵略・粛清する大国シスタスに対抗する、
  小国連合を作るべく大陸を駆けるフェン、ロカ、リノの物語。
 希望が失われゆく中、大国に弓引く「偽王」立つ!
  シリーズ名の真意が明らかになる、
  王道ファンタジー第5作 (100字)


フェンネル大陸シリーズの第5作。

以下、続きものなので、前作までのネタばれを僅かに含みます。
未読の方はご用心。

ついに、シリーズ名の意味が分かりましたよー。
2作目、3作目で何となーく分かった気がしていましたが、
全然、甘かったようです。でも、予想の範疇といえば範疇か…?

前作でシスタスに対抗すべく、小国連合を作ろう、
という話になっていたわけですが、これが実行に移されるのが本作。
早速、フェン&テオが小国連合の長を迎えるため、
西南の国コンフリーへと使者にたち、
隻腕になってもまだまだ気力十分のロカは、
何と軍務監査官のリー・レイと共に南の国サルトリィへ、
そしてラビッジ王自らリークの双翼の所へ旅立ちます。
三者三様のこの旅路、一体どうなりますことやら。

全体が三手に分かれるあたりが、高里流。
どうやらこの著者は、こういう形式が好きなようで、
代表作の「薬屋探偵奇談」でもよく使っていますね。
しかし、本作はその中でも少し特殊かも。
通常は、ばらばらでスタートしたものは、最後に収束するものですが、
この物語では特に収束せず。それぞれのラストを迎えるわけです。
合っているのは物語のフェイズ。3つのお話がばらばらに登場し、
同じように、でもまったく違う物語として進行し、
そして最後もやはりばらばら。
それなのに、全体としては1つの物語として読ませてしまう。
なかなか技巧的です。本来、これらの1つ1つの物語は、
長編と呼べるだけのボリュームがないはずなのに、
それを足し合わせるだけで、ただの和ではなく、積として、
読者に読ませてしまう感じです。
こういうところがこの著者の強みでしょうか。
思うに、この著者は贅沢な読者だったのでは。
もっともっと物語を、小さなエピソードを束ねた、
「お話」を読みたい、そう思う読者だったのではないでしょうか。
そういう性質が、作者としても現れているような気がします。

あとは、期待を裏切るかに見せかける展開で、
最終的にはちゃんと期待通りに落としてくれるところが
菜の花のお気に入りたるゆえんです。
読んでいる途中の菜の花の気分は…
「きっとこうなる…あれ、何かずれてきた、え…本気ですか!
 それやっちゃう?…、、、ん、あ、そうなのか。なるほど…」

きっといい意味で期待を裏切って、でも絶対期待を裏切らない。
もしかしたら単に波長が合うだけなのかもしれませんが、
菜の花にとって高里椎奈氏はそういう作家さんです。




菜の花の一押しキャラ…サチ 「おら、皆注目。レックス隊長が良い事言ったぞ」 「うっわあ、オレ聞き損ねた。次は何年後だ?」  「俺聞いたー。流石隊長ッスね」         (レックス隊の人々) いいのか、これで…
主人公 : フェンベルク
語り口 : 3人称
ジャンル : ファンタジー
対 象 : ヤングアダルト向け
雰囲気 : 王道ファンタジー
結 末 : これから始まる
イラスト : ミギー
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★+

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
283. 「分数ができない大学生」     岡部恒治、戸瀬信之、西村和雄編
2006.07.17 教養 302P 1600円 1999年6月発行 東洋経済新報社 ★★★★★
分数も出来ない今時の大学生!数学者の告発


【100字紹介】
 分数の計算など小学生レベルの計算もできない大学生が
  2割もいる!?日本人の学力低下は、
  大学入試の少数科目化にある!?
  諸外国の入試制度などと比較しつつ、
  日本数学会などのメンバーが
  「数学は何故必要か」を語る(100字)


最近読んだ「「負けた」教」以上にショッキングなタイトルですね。
今度は分数が出来ないんですって!しかも大学生が!
最初、タイトルを見たとき「それは流石にありえないのでは…」
と思ったのですが、実際に読んでみると「ああ、そういえば…」と
思い当たる節もいくつか。
特に私立文系へ行く人は、「数学なんていらない」の一言で
片付けられていた気もしますね。
先輩の中には、高校時代に定期試験の数学で0点をとる人が、
難関と言われる有名私立大学の経済学部に合格した、
と聞いたときには呆れました。
経済学部でも数学が必ずしも入試科目ではないのですね、推薦などだと。
みんなが凄い!と喜んでいましたが、よくよく考えてみると、
大学に行ってから苦労したんじゃないかと思います。
本人もそうですが、何よりきっと教官が…。
何しろ経済ですから、数学が出来ないのでは話にならないのでは、と思うのですが。

進学校の高校生にとっては、大学に入ることがゴールであって、
そのあとどうなろうと、そんなことは考えの外なのです。
だから、ここを受ける、と決めたからには入試科目でないものは
どんどん「切り捨てて」しまうわけです。
本来は、小学校、中学校、高校で、基礎的な教養を身につけ、
大学ではそれを基礎として専門分野を学んでいくはずなのですが…。


近年の「ゆとり教育」により、学生の学力低下が叫ばれて久しいですが、
本書のテーマはまさにそれ。1999年の発行ですから、
7年ほど前の本ですね。7年前にすでに、大学生の学力が低下している、
日本の教育に異変が起こっている、と警鐘を鳴らしているのです。

「でも、数学なんて世の中に出てしまってから使わないよ」
と言う大人が沢山います。
それに呼応してか、算数・数学嫌いの学生が
「何のために数学なんかやらなきゃいけないの?
 こんなの生活の役になんか立たない」
と言ったりします。菜の花の中学時代は、数学の先生は必ず、
その質問をぶつけられて困惑していました。
計算が出来なくては困るでしょ、くらいのレベルならいいのですが、
確かに因数分解が出来なくても、二次関数が解けなくても、
あんまり日常生活には支障がないような気がしませんか?

しかし、それは大きな間違いだ、と本書は指摘します。
数学は論理的な思考法の訓練であるという主張です。
また、中学生・高校生時代という早い段階で、
将来の選択肢をせばめるのは不幸なことだ、と言います。
それは確かに。中学生くらいでは、これから先のことなんて分かりませんし、
何か特定の職業に就こうと決心していても、その職業の訓練に
本当にまったく数学がいらないか?なんて判断できるはずがありません。
実際に、意外なところで意外な学問が使われているものなのです。
菜の花も大学に入って初めて、
この分野にこんな学問が…!と、驚いたものでした。
それに、こんなご時世ですから、望みどおりの就職がかなうとは限りませんし、
折角就職しても、何らかの理由で解雇されることだってありうるわけです。
そんなとき、数学がまったく出来ない、または苦手意識があって、
仕事で数学的なことを求められても出来ない、ということだって
ありえなくはないわけで。数学を学習することにより、
将来得られる所得の期待値が上がるとか。

そして、これは数学だけの問題ではない、とも主張します。
学習の基本は「読み、書き、そろばん」。
すなわち、国語力の低下も思考力の低下に大変深く関わっていると言います。
うーん、なるほど、そうですか。
理系の院生は数学力はまあまあですが、
国語力がまったくない人がちらほら見受けられます。
大学院生にもなって、誤字脱字が多いどころか、
「てにをは」もあやしい人も。
本書では「数学を捨ててきた私立文系」を主に問題視しますが
(しかし理系ですら、数学力が落ちてきているという指摘も本文内にある)、
「国語を捨ててきた理系」も大いに問題だなあと思う今日この頃。

とにかく、問題は「とにかく大学に入れればいい」という風潮と、
それに迎合するかのような政府の教育方針と入試制度、
「とにかく卒業できればそれでいい」という、
教養獲得への意思の薄い今時の大学生の考え方、でしょうか。
うーん、菜の花もなかなかに耳の痛い話で。
なるべく幅広く学ぶ、というのは心がけてきたつもりですが、
それでも全然一般教養のない人になってしまいました。
(一応、自覚はあるのです)。
こんな非社会的な学生を作り出してしまう今の教育制度、どうなのでしょう…。
とか言ってみる。でも、まず変わるべきは学生本人の気持ちかも。
教育制度は確かに悪いかもしれませんが、
それに完全にもたれかかって、自ら考え、自ら知識の吸収にいかないのは、
学生の側の問題であるはずです。
まあ、小中学生の場合は、きっと教育制度と親の問題でしょうけど。

もっと頑張りましょう、大学生、社会人。
…なんて、ちょっと反省させられた一冊でした。
僅かでも興味を持ったら、是非手にとってみて下さい。
特に第1章や第5章を読むと、本書のイメージが掴めるでしょう。





テーマ : 数学教育、学力低下
語り口 : 複数人の独立章立て
ジャンル : 教養
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 数学は大事だ!
結 末 : -

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
284. 「人間そっくり」     安部 公房
2006.07.19 中編 184P 362円 1967年1月早川書房
1976年4月発行
新潮文庫 ★★★+
火星人を自称する男に訪問されるサスペンス

【100字紹介】
 《こんにちは火星人》というラジオ番組の脚本家のもとに、
  火星人を自称する男がやってくる。
  単なる気違いなのか、火星人そっくりの人間なのか、
  それとも人間そっくりの火星人なのか…?
  会話中心の異色SFサスペンス (100字)


阿部公房、初読みです。
しかしこれが氏のスタンダードがどうか分からないですね。
菜の花の感覚から言いますと、異色すぎです。

全体の雰囲気が少し古い感じを受けますがそれもそのはず、
本作は菜の花が生まれる10年以上も前の作品なのですね。
それでも「少し古い気がする」程度で、
そのまま読めてしまうのですから、凄いと言わざるを得ないでしょう。

火星人を題材にしたラジオ番組を持っていた「ぼく」は、
火星探索機が火星に着陸する!というニュースによって、
職を失いかけるという「何だそりゃ」みたいな設定。
これはがまったく理解できないのですけれど、そういう時代だったのでしょうか?
それもおかしい気がするのですが、とにかくこれによって「ぼく」は
切迫感を感じているということになっています。
そんなところにやってきた「先生のファン」を名乗り、
「自分は火星人」と自称する謎の男。
物語の大半は脚本家である「ぼく」と火星人男のやりとりで進みます。
途中、それなりに動きはありますが、立ち上がるとか、
奥さんがお茶をもってやってくるとか、それくらいで、
基本的には言葉で相手の出方をうかがうような展開。
火星人男の言葉は二転三転し、僕の気持ちも振り回され、
そして最後の結末へ…。
一体何が本当で、何が嘘だったのか?
「火星人だなんて何を馬鹿な」と思っていた読者も、
気付くと何が何だか分からなくなっているかもしれません。

「振り回されてなるものか」という「ぼく」と読者を
あの手この手で陥れようとしているかのような「火星男」ですが、
気付くとあなたの足元がゆらいでいるかもしれません、よ?

基本的に動きが少ない「頭脳戦」なので、読書好きでないと
途中で飽きてしまうかもしれません。
が、それだけで読ませられるだけの技術ある作品ですので、
好きな人は相当気に入られるのではないかと思う1作です。
不思議のスパイラルに落ち込みたい人にお勧め。



菜の花の一押しキャラ…特になし
主人公 : ぼく(ラジオ番組脚本家)
語り口 : 1人称
ジャンル : サスペンス?
対 象 : 一般向け
雰囲気 : SF系、心理系
結 末 : 合わせ鏡のような…
カバー : 安部 真知
解 説 : 福島 正実

文章・描写 : ★★★+
展開・結末 : ★★★+
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP
285. 「催眠」     松岡 圭祐
2006.07.20 長編 510P 619円 1997年10月小学館
1999年5月発行
小学館文庫 ★★★★
複雑な精神病理と医療カウンセリングの世界

【100字紹介】
 女は嵐の中、自分は宇宙人だと叫び始めた。
  その異常な能力を知った偽催眠術師は、彼女を働かせ始める。
  彼らの前に現れた催眠療法科長・嵯峨敏也は彼女の真実を見抜き…。
  ベストセラーになった長編・精神医療ミステリ (100字)


1999年に映画化されたベストセラーです。
ちなみ主演が稲垣五郎、出演者は菅野美穂や宇津井健、
監督が「パラサイト・イヴ」「世にも奇妙な物語」の落合正幸とのこと。
えーと、誰? 何となく、聞いたことはありますけど。
(あ、でも「パラサイト・イヴ」「世にも奇妙な物語」は知ってるー)。


ミステリですが、心理学系の専門的な言葉や概念も飛び出します。
でもちゃんと一般向けですので大丈夫。
そう、これだけのことを言っているのに、
完全なエンターテイメント性を保っているところが凄い。
著者は元カウンセラー。ああ、なるほど。さすがですね。
本当の専門家というものは、難しいことを言える人ではなく、
難しいことも一般人にも分かるように言える人だと菜の花は思います。
その意味で、専門家による専門世界の小説化と言ってもよいでしょう。

主人公としては嵯峨敏也を挙げましたが、
彼は東京カウンセリング心理センターの催眠療法科長。
彼を取り巻く人物として、同じセンター内の部下に当たる朝比奈宏美、
上司に当たる倉石勝正が登場します。彼らは第2、第3の主人公です。

つまり、メイン・ストーリーとは直接絡まないサブ・ストーリーが、
この世界を描くための補強として存在しています。
いや、直接絡まないどころか、全然絡んでいないような。
「幾つかのサブ・ストーリーが最終的にひとつに収束するタイプ」が
世間では比較的多く見られますが、本作は「まったくの独立ストーリーが
ある程度の起承転結のフェイズだけ合わせて林立するタイプ」です。
ごく最近読んだ中では高里椎奈の作品でそういうものがありましたね。

朝比奈宏美のストーリーは友情と信頼と、親子愛の若々しい物語で、
倉石勝正のストーリーは、誇りと信頼と、恋愛の成熟した大人の物語で、
嵯峨敏也の追いかけるメイン・ストーリーは、ミステリ色に富んだ物語。
三者には互いにリンクはないのですが、それらが様々に織り交ぜられた
章立てになっていて、色々なお話が平行して進んでいるために、
大変ボリュームが豊かになっているように読者には感じられるでしょう。

倉石勝正のストーリーに関しては、このキャラ自身がメイン・ストーリーに
かんでくるせいで、彼の精神的なステータスが変わることで、
微妙にリンクしている、とも言えますが、
朝比奈宏美のストーリーは実はそのまま抜け落ちてもお話は成立します。
ただ、何となくこれが入っていた方が読後感が爽やかですね。
そういうバランス感覚がいいのかもしれません。

ただ、ばらばらのストーリーを混在させるのは大変難しいこと。
弊害として、全体にテンポ感の悪さを感じました。
小説技巧として「巧い」感を読んでいる間に感じることはなかったのですが、
読みやめることは出来ませんでした。思わず先を読んでいってしまうという。
そう、巧くなくとも、とにかく「面白い」のです。
思わず一度に読みきってしまい、やられた!という感じ。
終盤に、思わず涙のにじむような場面もありましたし、
何というか、読者の心をつかむのが巧い作品です。
しかも文章の巧さで惹きこむのではなく、文章の中身で惹きこむのです。
読書家さんにとって、こんなに愉しいことが他にあるでしょうか?

きっと「さすがベストセラー」と納得できる1作です。




菜の花の一押しキャラ…嵯峨 敏也 「私は真剣に知可子のことを考えている!仕事のことも、部下のことも考えているんだ!   いつでも全力をつくそうと努力している!私は逃げていなんかいない!卑怯者じゃない!」 (倉石 勝正)
主人公 : 嵯峨 敏也
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 精神医療系、サスペンス要素
結 末 : ハッピーエンド
タイトル文字 : 川上 成夫
カバーデザイン : 三沢 哲夫

文章・描写 : ★★★★
展開・結末 : ★★★+
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★+
読 後 感 : ★★★★+

総合評価 : ★★★★
よみもののきろくTOP
286. 「人形はこたつで推理する」     我孫子 武丸
2006.07.22 連作短編 306P 520円 1990年角川書店
1995年6月発行
講談社文庫 ★★★+
人形と内気な腹話術師のユーモア・ミステリ

【100字紹介】
 鞠小路鞠夫は、私、妹尾睦月が思いを寄せる
  腹話術師・朝永嘉夫が操る人形の名前。
  内気な腹話術師と、陽気な人形のコンビが繰り広げる
  鮮やかな推理劇!異色の人形探偵コンビが活躍する、
  ユーモアミステリの連作短編集 (100字)


●収録作品●
-------------------------------
第一話 人形はこたつで推理する
第二話 人形はテントで推理する
第三話 人形は劇場で推理する
第四話 人形をなくした腹話術師
-------------------------------


我孫子武丸の「人形シリーズ」第1弾にあたる連作短編集です。
このシリーズはこの後、同じく連作短編集と、長編も出ている模様。

我孫子武丸と言えば、新本格に位置する作家の中では
非常に珍しいユーモア・ミステリの書き手。
本作も「らしさ」を十分にかもし出した作品になっています。

まず、探偵役からして人形ですからね。
内気にすぎる腹話術師・朝永の操る人形・鞠夫。
はしゃぎまくる子供のようなこのキャラが
実は頭脳明晰な名探偵だなんて、
いきなりギャグの入った設定なわけです。
腹話術師の人形が活躍するお話といえば、
そういえば昔「少年ジャンプ」で連載していた
「あやつり左近」なんて漫画を思い出す菜の花ですが、
ほぼあんな感じです。

でも、もう少し深い。
単なる面白おかしさだけで、人形を探偵にしていないのです。
実は鞠夫は…、いえ、これは本作を読んでからのお楽しみ。

この一捻りした(しかもちゃんと筋の通った)設定のお陰で、
特に最終話のストーリーが生きてきます。
ちょっともらい泣きしちゃいそうなくらいに。
そう、ユーモア・ミステリのはずが、気付くといきなり、
感動的なお話になってしまっていたりするんですねー。
やられた!という感じです。

読後は、巻末の自作解説も是非チェック。
この人、面白いなあ、と思うことでしょう。
折角なので本編を読んでから読みましょう。
それじゃ遅い!と作者さまには言われるかもしれませんが…、
それも読んでみれば分かること。

トリックは、作者ご本人はかなりお気に入りのご様子ですが、
特に秀逸とまでは思わず。いや、悪くはないと思いますが。
菜の花としては本作は、
設定やお話としての面白さの方が際立っていると思います。

今後は、朝永さんと「わたし」の恋の行方が気になるところですね。
次作も勿論、絶対に読みますよー(すでに用意してありますし)。




菜の花の一押しキャラ…朝永 嘉夫 「そんなこと言ってないでしょ!―冷蔵庫にでも入れてやろうかしら」 「そんな!寒いのは弱いんだ。低血圧だから」            (妹尾 睦月、鞠小路鞠夫) 低血圧の人形か…
主人公 : 妹尾 睦月
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般
雰囲気 : ユーモアミステリ
結 末 : 1話完結
カバー装画 : 伊藤 正道
カバーデザイン : 蔵前 仁一
解 説 : 夏来 健次

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★
独 自 性 : ★★★★
読 後 感 : ★★★★

総合評価 : ★★★+★★
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287. 「海紡ぐ螺旋 空の回廊 薬屋探偵妖綺談」     高里 椎奈
2006.07.25 長編 302P 900円 2006年4月発行 講談社ノベルス ★★★★★
ファンタジー・ミステリシリーズ第13作

【100字紹介】
 リベザル誘拐、奇妙な加工が施された部屋の中で起きた
  座木の義父の怪死。薬屋3人組に起こった事件と
  60年前の女子高生失踪事件。3つの事件の謎が交錯するとき、
  深山木秋の過去が明らかに…?物語は意外な展開へ… (100字)


高里椎奈の「薬屋探偵」シリーズの第13作です。

いきなりで驚きの展開を見せました。
「キャラもの」度全開でしたし。

薬屋3人を巡る、3つの事件。
現在進行形のリベザル誘拐。
起こったばかりの座木の義父怪死事件。
そして60年前の女子高生失踪事件。

3つの事件は時間的には、ばらばら。
でもどうやらつながりがありそうで…?
謎に迫る、という感じはあまりありません。
何かを推理していく、という感じでも。
読者にすべてが提示されて、謎解きを楽しむという、
いわゆる「本格」的な要素も皆無ではありませんがそれほど。
自動的に話が進み、謎が明かされていきます。
とても読者に親切ですね。
でもあまりのスムーズさに、
ミステリ好きにはちょっと物足りないかも。

最も本格推理風なのが、2つ目の事件。
「謎解き」部が綺麗です。
きっと誰もが相当、頑張って作りこんでいるな、と感じるでしょう。
そのせいで「ちょっと作りこみすぎ」とか「理屈っぽい」という
印象を与えかねないですが。読者を選ぶかもしれません。
いわゆるミステリ、とはちょっと違うのですが、
面白い趣向だと思います。もしかして、これがアンチ・ミステリというもの?

文章はやや気に入りません。
前後関係のあいまいさや、唐突さがやはり出ています。
デビューから7年目で、長所は大分伸びましたが、
当初から気になっていたこういう短所が、まだ気になるところですね。
それでも読ませますからね。やはり長所の凄さがあるのかも。
いや、それよりも波長の合う人が多い、ということかも。
確かにこういう物語、読んでみたい、と思ったものを
いつも書いてくれる作家さんです。
本作の展開の関係上、一度まとめてみました。
どうしてまとめてるの?と思われる方は、
本作を読んでみるとご納得頂けるかと思います。




菜の花の一押しキャラ…深山木 秋 「君達がいなくても僕は一人で生きて行ける」 (シン・リー) その真の意味が明らかになったとき…
主人公 : 深山木 秋
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルトファンタジー
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : やや理屈っぽい
結 末 : 少々淋しい
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)
ブックデザイン : 熊谷 博人・釜津 典之

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★+★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
288. 「返事はいらない」     宮部みゆき
2006.07.27 短編集 284P 440円 1991年10月実業之日本社
1994年12月発行
新潮文庫 ★★★★
宮部みゆきワールドを確立した、初期短編集

【100字紹介】
 日々の生活と幻想が交錯する東京。
  街と人の姿を鮮やかに描き、
  爽やかでハートウォーミングな読後感を残す、
 「宮部みゆきワールド」を確立し、
 その魅力をいかんなく発揮した、
 山本周五郎賞受賞前夜の6編の短編作品集 (100字)


●「返事はいらない」
 真夏の昼、千賀子のもとを訪れたのは見覚えのある刑事。
  彼女は逃げも隠れもせず、半年前に失恋の痛手から
  手を貸すことになったある犯罪について回想する。
  
 <解説>
 犯罪の方は…、うーん、巧み。でしょう。多分。
  ちょっと難しい!技術的なお話で、
  宮部みゆきはこういうのも書けるのか!とちょっと驚きました。
  事件の中心としてはその「犯罪」が挙げられるわけですが、
  読みどころは千賀子の心の動きの方でしょう。
  失恋を書かせたらもしかして日本一だったりして…?
  
 評定:★★★★



●「ドルシネアにようこそ」
 ドルシネアは六本木通りに面したビルの地下にあるディスコ。
  若い女性に人気で、常連客が多く、服装チェックもあるという高級店。
  篠原伸治は毎週金曜日に、六本木駅の伝言板に書く。
  「ドルシネアで待つ 伸治」
  そして逆方向へ、速記のバイトのために歩いていくのだ。
  そんなある日、このメッセージに返事が書かれていて…。
  
 <解説>
  華やかな六本木の夢を象徴する「ドルシネア」。
  地方都市からやってきて、速記の資格をとるために
  日夜、速記専門学校の勉強と速記のバイトに明け暮れる伸治。
  地味な伸治は、自分はきっとドルシネアの入口の
  服装チェックではねられてしまうだろうな、と思っています。
  でも、誰に宛てるともなしに伝言板に書き込みをするのです。
  華やかな六本木で、耐えていくために。
  全体を通じて、沢山の対比が出てきます。
  特に「ドルシネア」に夢と幻想の街・東京を象徴させ、
  多くのものと比べていくのですが、ラストであっと驚く展開に。
  そう、ドルシネアへようこそ、なのです。
  それにしても、伝言板へのいたずら書きに、
  返信がきたらびっくりしちゃいますよね。
  何だろう、どうしてなんだろう、と惹きつけられますよね。
  「ありそうなこと」で人の気をひくのが巧い作家さんだなあと
  いつも思います。このお話に関する解説は、
  巻末の解説が大変適切なので、手に取る機会があれば、
  是非そちらをご参照下さい。

 評定:★★★★+



●「言わずにおいて」
 会社で思わず上司を罵倒してしまった長崎聡美。
  深夜にコンビニに行き、とらばーゆも買ってくればよかったと、
  とぼとぼ土手の上を歩いていた。そこへ通りかかった車が、
  聡美を指差し「あいつだ!」と叫んだ直後に衝突・炎上した…!
  
 <解説>
 短編なのに、読み応え十分のミステリに仕上がっていますね。
  巻末の解説に「ハードボイルド小説みたいな台詞を吐く
  清掃のおばさんも印象的」とありましたがまさに!
  課長や後輩など、こんなに短い中でちらりと出ただけの
  少人数のキャラたちが、どの人もとても魅力的なのです。
  事件はちょっとうますぎるか?という気もしないでもないですが、
  これに至る聡美とその周りの書き方がとにかく巧い!
  電話をかけるラストシーンもいいですね。

 評定:★★★★+



●「聞こえていますか」
 両親と共に引っ越してきた勉。
  その夜、新しい家の鏡に、白い人影が映っているのを見てしまう。
  翌日、前の住人が残していった電話機の中から盗聴器が…。
  一体、この家の前の持ち主って…?
  
 <解説>
 宮部みゆきと言えば少年、少年を描くと言えば宮部みゆき。
  それくらい定番と化した宮部みゆきの得意な主人公ですね。
  嫁姑の関係をよく分かっていたりとか、引越し業者のおにいさんと
  仲良しになっちゃったりとか、アクティヴで賢いお子様です。
  人の心の機微を描く1作。
  
 評定:★★★★★



●「裏切らないで」
 加賀美敦夫は刑事。殺人事件があると、毎朝東向きに
  お神酒を供える。そして今日も…。
  東京で若い娘が亡くなった。流行の髪形、流行の洋服。
  雑誌にあるような家具の並ぶ彼女の部屋には、
  借金の催促状の束が…。
  
 <解説>
 解説や、紹介などに「火車」の原型などと紹介される作品。
  菜の花としては、それはどうかなあと思いますが…。
  テーマは似ているかもしれませんけれど。
  それを言ったら「ドルシネアにようこそ」も同類かと思います。
  東京という幻想を描く作品。

 評定:★★★★★



●「私はついてない」
 生まれて初めて出来た彼女と喧嘩して意気消沈しているところへ
  従姉の逸美姉さんがやってきた。何だかひどく困っているようだ。
  
 <解説>
 高校1年生の「僕」は、宮部みゆきにしては珍しい年齢設定かも。
  でも初々しくて、初めての恋人と自分の関係を、
  婚約者のいる逸美姉さんの立場と重ねられる、ということで、
  選ばれた年齢なのでしょう。
  「僕」がちょっと無邪気すぎるようにも見えますが。
  うーん、女って怖いなあ、と思うかもしれません。

 評定:★★★★★




菜の花の一押しキャラ…森永 宗一 「あの人はわたしにさよならを言ったんです。さよならには、返事はいりませんよね」 (羽田 千賀子)
主人公 : -
語り口 : 3人称(一部、1人称)
ジャンル : 小説一般
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ありふれた
解 説 : 茶木 則雄

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★★+
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★
読 後 感 : ★★★+

総合評価 : ★★★★
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