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(2006年6月…271-279) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2006年6月の総評
今月の読了冊数は9。
長中編4冊、短編2冊、その他3冊でした。
まあ、いいところでしょう。
コンプ計画中の著者の読了数は
森博嗣1冊、高里椎奈3冊。
森博嗣が少ない!珍しいです。
まだまだコンプには程遠いですけどね。

数字としては3.5が最高点でしたが、
最低も2.5でしかないということで比較的団子状態の月でした。
というわけで、2006年6月の菜の花的ベストは該当無し。

以下、評価順に簡単に紹介します。
(同評価の場合は読了日順)

 「ドキュメント精神鑑定」      林 幸司      (評点3.5)
 「人間は考えるFになる」      土屋 賢二×森 博嗣 (評点3.5)
 「雪下に咲いた日輪と」       高里 椎奈     (評点3.5)
 「探偵映画」            我孫子武丸     (評点3.5)

「ドキュメント精神鑑定」は、医療刑務所勤務歴のある鑑定人の著者が
豊富な実例をあげて描く精神鑑定入門書。精神鑑定って不審だなあとか、
思ったことありませんか?どうして病気だからって無罪になっちゃうの?とか。
でもプロの視点で見るとこんなに違う!ミステリの周辺知識として、
また一般教養の一部として是非、手に取ってみて下さい。きっと知らない世界がそこにあります。

「人間は考えるFになる」は、土屋賢二と森博嗣の対談集。
文系の奇人・哲学科教授 VS. 理系の変人・建築学科助教授。
結局大学のセンセなんて、文系だろうと理系だろうとやっぱり変!?
巻末書き下ろしの異色短編は見ものです。

「雪下に咲いた日輪と」 は、高里椎奈の「薬屋」シリーズ第12作。
オカルト・ミステリというか、一風変わったミステリ系シリーズですが、
本作はシリーズ中でも珍しく普通にミステリ。
読みどころは親子愛、かな。これは涙なくしては読めない!?
叙述トリック的な部分に関してはあまり意外性はありませんが、
感情の描写はなかなか…。特に、作中に登場する破滅へと向かう日記などは、
「狂気」の表現としてかなり魅力的でした。

「探偵映画」は「探偵映画」という映画を巡る異色ミステリ。
映画を題材にしたこの小説、異色ミステリばかり書き続ける(!?)
我孫子武丸の作品の中でも、やっぱり異色な存在です。
もう展開からして、巧い!という感じ。他に類を見ない筋を持っています。


 「亜愛一郎の逃亡」          泡坂 妻夫 (評点3.0)
 「パスファインダーを作ろう」     石狩管内高等学校図書館司書業務担当者研究会 (評点3.0)
 「幽霊船が消えるまで」        柄刀 一  (評点3.0)
 「闇と光の双翼 フェンネル大陸偽王伝」高里 椎奈 (評点3.0)

「亜愛一郎の逃亡」は、連作短編ミステリである亜愛一郎3部作の完結編。
手品師でもあるこの著者が繰り出す短編は、どれも人を「あっ」と驚かせ、
「はっ」とさせるような、小さな宝石みたいな輝きがあります。
とても20年以上前の作品とは思えない。必ずしも理詰めではなく、
詰めの甘さはありますが、それが主眼ではなく「そういう考え方もあったのか!」と
気付かせ、楽しませるような古典系ミステリ。最後に明かされる亜愛一郎の正体に注目!

「パスファインダーを作ろう」はパスファインダーの紹介書であり入門書でもあります。
このパスファインダーというのがそもそも聞き慣れないものですが、
これは情報探索の手順というか例を、A4紙1枚程度の紙にまとめたもの。
図書館などで作成され、徐々に広まりつつあります。
有効性はまだ何とも。それを知るためにも、まず相手を知るのもひとつです。

「幽霊船が消えるまで」は、「天才・龍之介がゆく!」のシリーズ作品。
本作は連作短編です。語り手の「私」はかなり今時でふつーの人ですが、
彼が連れている龍之介が、とんでもない変な人。IQ190、でも生活力ゼロ。
何もかもが作り話風の設定の中に、読者が重ね合わせられやすい
リアリティを持った「私」が入り込むことで、読者を物語に引き込みます。
柄刀一らしい、ミステリで遊ぶためのミステリ小説。

「闇と光の双翼」は異世界ものの王道ファンタジーである
「フェンネル大陸偽王伝」のシリーズ第4作。
このシリーズ、主人公と目される「フェン」は無敵じゃありません。
欠点もあるし、最強でもない。かと言って読者の等身大のキャラ、というわけでも全然ない。
お話も、主人公をみんなで盛り立てようとか、そういう雰囲気はない。
フェンはあくまで1人のキャラであって、特別扱いしない、
そういうところにとても好感がもてる作品です。


 「虚空の王者 フェンネル大陸偽王伝」 高里 椎奈 (評点2.5)

「虚空の王者」は上述の「闇と光の双翼」のひとつ前、
「フェンネル大陸偽王伝」のシリーズ第3作。
この作品で一応ひと段落、といった感じです。
それにしても全体にどこか陰を背負ったファンタジーですね。


以上、今月の読書の俯瞰でした。








271. 「亜愛一郎の逃亡」     泡坂 妻夫
2006.06.01 連作短編 352P 620円 1984年角川書店
1997年7月発行
創元推理文庫 ★★★★★
連作短編ミステリ・亜愛一郎3部作完結編


【100字紹介】
 長身で二枚目、行動は些か心許ないが、
  虫や雲を撮ることにかけては右に出る者ない
  実力派カメラマン・亜愛一郎。
  彼の行く所、必ず怪事件が勃発!?
  連作第3弾にして完結編。
  ついに解き明かされる某人物の正体とは!? (100字)


●収録作品一覧
-----------------------------
第1話 赤島砂上
第2話 球形の楽園
第3話 歯痛の思い出
第4話 双頭の蛸
第5話 飯鉢山山腹
第6話 赤の賛歌
第7話 火事酒屋
第8話 亜愛一郎の逃亡
-----------------------------


ついに「亜愛一郎」三部作の完結編です。
最後の事件簿!という煽り文句?だったので、
「続編とかってほんとにありえないのかな〜」
と思いつつ、ラストまで読んでみました。
なるほど!確かにこれは続編は考えにくい最後です。
別に命の危険があったわけではありません。
いや、ホームズさんみたいに滝つぼに落ちたー!
かと思いきや復活!というパターンもありますけど(笑)。

さあ皆様、亜愛一郎の正体に注目!
そして、お気づきの方はお気づきのはずの、
第1作目からちらちらと登場していたあの「謎の人物」!
あの人物の正体も明かされてしまいます。
え、あ、そうだったのか!と
思わず既作を読み返したくなること請け合いです。


全体として、3部作の評価が徐々に下がっているのは、
慣れてきてしまったために目新しさがなくなってしまったからかも。

本作では、事件と推理が1対1関係ではありません。
推理は相当憶測が多く、
すべてを尽くして他の可能性を否定するタイプではなく、
論理的に事件⊇推理、となっています。
必ずしも亜愛一郎の推理は正解とは思えないし、
正解とするという説得力にも欠けます。
ただ、こういう考え方や可能性もある、という提示に過ぎない、
というのは亜愛一郎自身も言及している通りです。

しかしだからと言って、これが本格ではない、
ミステリとしての魅力がない、とはなりません。
古典的ミステリではそういうことは多かったものです。
ホームズだって、そんなの論理的ではない、という人が
沢山いるはずです。
それでも先人たちはミステリを愛してきました。
それは、不可能かと思われる事実に関して
「こういう考え方もあり、これで説明がきれいにつく」
という、発想力を楽しんできたからだと菜の花は思います。
はっとさせられるのが面白い、それがミステリなのです。

短編集であるがゆえに、事件はそれほど大きく、
派手なものではないのですが、
ひとつひとつが小さくまとまっていて読みやすく、
ちょっとした空き時間に楽しめるようになっています。

著者は手品師でもあるということですが、
確かに、とても手品師らしい作品かもしれません。
亜愛一郎のシリーズはこれで終わりですが、
これからも頑張れ、亜愛一郎!と思わずにはいられない、
素敵なキャラでありました。


菜の花の一押しキャラ…亜 愛一郎 「終いには顎まで腐ってしまいますよ 。  顎がなくなったら、どうなさるんです。 首も吊れなくなってしまいますわよ」  (井伊 輝里子) 虫歯を我慢する夫への台詞。
主人公 : 亜 愛一郎
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : のんびり、非現実的
結 末 : 1話1事件
解 説 : 我孫子 武丸
カバーイラスト : 松尾 かおる
カバーデザイン : 小倉 敏夫

文章・描写 : ★★+★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★

総合評価 : ★★★★★
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272. 「パスファインダーを作ろう 情報を探す道しるべ」     石狩管内高等学校図書館司書業務担当者研究会(司担研)
2006.06.06 図書館 56P 800円 2005年3月発行 全国学校図書館協議会 ★★★★★
「パスファインダー」を初歩から紹介・解説


【100字紹介】
 初級者の情報探索を支援する「パスファインダー」は、
  情報リテラシー教育が叫ばれる中、最近関心が高まってきている。
  パスファインダーの意義や役割についてだけでなく、
  作成や実際に授業に導入した例も挙げる実践書(100字)


パスファインダー。
この言葉を知っている人は、
一般的にどれくらいいらっしゃるでしょうか?
恐らく、殆ど知られていないかと思います。
かくいう菜の花も、この春に図書館に就職するまでは
まったく聞いたこともなかったのでした。
…実はうちの図書館のサイトに行くと、トップページにちゃーんと、
リンクが置いてあったのにも関わらず、です。
どうも自分の使わないものは見えないのが
よく使うサイトというものかもしれません。


パスファインダーとは、情報探索の手順というか例を、
A41枚程度の紙にまとめたもの、というのが定義のようです。
主に大学などで導入されており、それを高校・中学、
さらには小学校にまで拡大しようという動きがある模様。

パスファインダーには必ずテーマが掲げられており、
例えば「イラク戦争」とか書いてあるわけです。
で、それについて調べるための「キーワード」、
「参考書」「図書」「新聞記事」「雑誌記事」、
「インターネット」「その他の情報機関」などが記されています。
「イラク戦争」の例としては

キーワード:戦争、平和、フセイン、ブッシュ、自衛隊派遣、
      ストリートチルドレン、テロ、アメリカ…

なんて感じです。「イラク戦争」を調べたいからと言って、
「イラク戦争」だけをキーワードにしてはいけないわけです。
関係するキーワードを沢山切り出してきて、より広く探索しましょう、
そういう提案をするのがパスファインダーの役割であり、
それが唯一の仕事と言っても過言ではありません。

また「参考書」というのはもちろん、あの受験勉強などに使う
「学習参考書」ではありません。
百科事典や、統計・年鑑・辞典など。
これらを使いこなすのはなかなかに難しいのです。
もう多種多様の事典が出ていますからね。
新米司書にだって、咄嗟に何を使っていいかは分からないくらい。
パスファインダーでは「こんな参考書を引いてみてはいかが?」
という提案をします。初級者にありがたいご提案であります。

そして、図書。図書館の図書は大体、NDCという順に並んでいます。
日本十進分類法というもので、大体似た分野が似た位置に並ぶように、
工夫された分類法なのですが、
情報探索の際に一番気をつけなくてはならないのは、
情報探索に学問分類は無関係だ!ということです。
関係分野はきっと沢山あり、視点を広くして色々な棚に行ってみよう、
というのがパスファインダーの主張であります。

さて、うまく使えば大変役に立ちそうなパスファインダーですが、
実際の有効性はどうなのでしょうか?
本書では高校生や中学生の実践例が記されています。
ああ、なるほど、中・高校生ならうまくいくだろうな、と納得。
しかし、パスファインダーは元々大学で普及してきたものらしい…。
そして菜の花の就職先の大学でも、パスファインダーの充実を、
上の方たちが主張しておられます。
というか、菜の花はその担当者になってしまうわけなのですが…
(そのために本書で勉強したわけです)。
でも、どうなのでしょうね?菜の花自身、少なくとも理系学生にとっては
パスファインダーの有効性を大変疑問視しています。
文系学生にとっては、もしかしたら有効かもしれませんが…。

ただ、パスファインダーの一番の弱点は、
提案をスマートにA41枚でまとめるためゆえに、
個々の細かい探索法や目的について説明不足であることと、
具体的なテーマを掲げてしまうために、初級者にとって
それ以外のテーマへの応用が難しいことが挙げられると思います。
だからと言って、すべてのテーマについて
パスファインダーを作成することは不可能ですし、
ある程度の充実をみるために費やされる労力は、
パスファインダーから利用者が得られる利益に
十分見合うだけのものであるかどうか?は不明です。

しかし、中・高生時代に、情報探索自身を目的として、
具体的テーマを設定した上でパスファインダーを使って学習することは、
大変有効かつ、意義が高いと考えます。
これからはパスファインダーをどんどん、
中学・高校で導入していって欲しい、いやむしろ、
しなくてはならないのでは?と思いました。

というわけで、中学・高校の先生方と学校司書の皆様、
何をおいてもとにかくこの本を読んで下さい!
大学図書館職員からのお願いでございます。
どうぞ宜しくお願いいたします!



テーマ : パスファインダー
語り口 : 解説書
ジャンル : 図書館
対 象 : 学校関係者〜司書向け
雰囲気 : 実例多し
結 末 : -

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★+
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
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273. 「ドキュメント精神鑑定」     林 幸司
2006.06.10 雑学 286P 840円 2006年3月発行 洋泉社 ★★★+
豊富なケーススタディで学ぶ精神鑑定入門書


【100字紹介】
 どのような手続きで精神鑑定が始まり、
  何がどのように「鑑定」される?
  裁判ではどのようなやりとりがなされる?
  鑑定と法廷証言の実際を、医療刑務所勤務歴のある
  鑑定人の著者が豊富な実例をあげて描く精神鑑定入門。(100字)


ミステリ大好きな菜の花ですが、
ミステリを読むのにも周辺知識は欠かせません。
それに精神医学関係の話というのも大変興味深い分野。
これはまさにその双方を1冊で考えられてしまう、
絶好のタイトルではありませんか!

「ドキュメント」と題するだけあって、実例が多くなっています。
かと言って、実例だけが並べられているのではなく、
勿論それらの解釈・見解などもありますし、
「入門書」と題するにふさわしい基礎知識の章もあります。

第一章で「精神鑑定とは?」と題して概要や法律的な説明があり、
第二章はその名もずばり、「メイキングオブ精神鑑定」として
精神鑑定の流れを確認します。これで大体、精神鑑定について
どういうものかなー、という知識は得られます。
続く第三章がついに実例集「精神鑑定ケーススタディ」。
最後の第四章はこれからについて静かに考える「精神鑑定のたどる道」。
これはエピローグですね。

やはり一番のよみどころは二章、三章でしょう。
事例を読むと、第一章での説明にも関わらず
「これは駄目でしょ、責任能力全然なさそう〜」と、
思わず素人判断してしまうこと多数。
でも、解説されると「あ、そっか、そう読むのか!」
と納得してしまいます。やはりプロは視点が違いますね。
だてに専門家を名乗っていないな、という感じ。

それにしても世の中にはこんなにも、
やばい人が沢山いるのか!と思ってしまう…。
しかも、それらの多くが責任能力あり、
つまり精神病のせいではなく、
本人のせいだ、とされていきます。

考えてみるとそれはむしろとても怖いことなのかも。
だって病気のせいで犯罪を犯すなら、病気を治せばいいのです。
でもこらえ性のない性格のせいだとか、
病気のせいで…と他責的な傾向が強いとか、
そういうことで犯罪を犯す人は、感嘆には治りませんよ。
だって、それが「その人らしさ」なんですから。
しかも、犯罪をまだ犯していない時点では、
彼らは病気でもないし「正常」なのですから、
隔離して治療するとかそんなことも出来ません。

人間って難しいなあ、こういう性格の人が
周りにいたらどうしたらいいのだろう。
色々と考え込まされた菜の花なのでした。

比較的悲観的な気持ちになりやすいので、
精神的に不安定な時期には読まない方がよいかもしれません。
安定状態であって、人の精神に興味がある方、
または犯罪が大好きな方、お勧めです!
(そういう人の方が、絶対やばそうな人っぽい!)



テーマ : 精神鑑定
語り口 : 解説書
ジャンル : 雑学
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 実例多し
結 末 : -
装 丁 : 菊池 信義

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
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274. 「虚空の王者 フェンネル大陸偽王伝」     高里 椎奈
2006.06.11 中編 226P 840円 2005年6月発行 講談社ノベルス ★★+★★
王を探す旅の末に思いもよらぬ真実が・・・

【100字紹介】
 衝撃のソルド八世王誘拐から一月。
  王を捜すため入国したパラクレスで、
  フェンベルクは恐ろしいほどに王に似た男に遭遇する。
  しかし、彼女は命を狙われて・・・?
  本当に彼は八世王なのか?
  謎が渦巻くシリーズ第3弾! (100字)


フェンネル大陸シリーズの第3作。
シリーズが巻を重ねてきて、
ようやくキャラも落ち着いてきたでしょうか?

以下、続きものなので、2作までのネタばれを僅かに含みます。
未読の方はご用心。

時間は、前作のソルド八世王誘拐からひとつき後です。
もちろん、お話の舞台はソルド王を誘拐したと思われる
パラクレスという、新登場の国です。
鎖国中であり、他国と国交のないこの謎に包まれた国で、
一体、何が起こっていて、そしてフェンの身には何が起こるでしょうか。

他の高里椎奈作品ではおなじみですが、
主人公以外にも「悟る」ことになる主要キャラがいます。
主に心情が描かれる中心人物ですね。
前作でいうところのシルフィード兄弟のようなものです。
今回は、本編のあとにおまけつき!?の状態。
そのあたりは目次を見れば一目瞭然なのですが、
エピローグのあとに、某人物の名前の章が…。
本作を読まないと「誰、これ?」かもしれませんが、
きっと最後まで辿り着くと、もうひとつのストーリーを垣間見て、
物語の余韻に浸れること請け合いです。

前作では設定の甘さがやや気になりましたが、
今回は…、もういいや、って(苦笑)。
エンターテイメントですから、細かいことは言いっこなし。
と言っても、ほんとにエンターテイメントか?
…という疑惑が起こる程度にシリアスです。
全体にどこか陰を背負ったファンタジーですね。

前作の事件はほぼ、片付いた感があります。
しかしその行方は…。
次作以降の展開が微妙に読めないところに
期待がかかります。



菜の花の一押しキャラ…サチ 「ただいまっ」  「・・・遅かったな」 (フェンベルク&テオ)
主人公 : フェンベルク
語り口 : 3人称
ジャンル : ファンタジー
対 象 : ヤングアダルト向け
雰囲気 : やや暗めの王道
結 末 : 一件落着
イラスト : ミギー
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)

文章・描写 : ★★★+
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★+★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
275. 「人間は考えるFになる」     土屋 賢二×森 博嗣
2006.06.15 対談集 230P 1400円 2004年9月発行 講談社 ★★★+
文系の奇人×理系の変人の夢の競演!?対談


【100字紹介】
 文系の奇人・エッセイストの土屋賢二哲学科教授と、
  理系の変人・小説家の森博嗣建築学科助教授の対談集。
  巻末書き下ろし、土屋賢二の小説処女作+森博嗣の異色短編つき。
  文系も理系も、大学の先生ってやっぱり変!? (100字)


土屋賢二×森博嗣の6回の対談と、
それぞれの書き下ろし短編からなる対談集。
イラストレーションは森博嗣の読者なら
「浮遊研究室」や「奥様はネットワーカ」などで
すっかりお馴染みのコジマケン氏。
土屋氏+森氏に関しては上の100字紹介参照。

対談の中身は、大学のことを中心に、人間関係や趣味、
それに(売れる)ミステリが書き方など。
そしてこの「(売れる)ミステリ」のあとに、
実際に土屋氏がミステリ初挑戦!
というわけで、競演の締めくくりは、短編競演。

帯のあおり文句(?)は
「哲学・超文系 建築・超理系 絶妙「文理」対談」」
などとなっていますがさて、どうなんでしょう。
まあ、哲学は文系だし、建築は理系ですが。超って…。
しかし少なくとも読み進めればきっと分かるのは、
文系だろうと理系だろうと、とにかく大学の先生はみんな変だ!
…ってことでしょう。理屈をつけてもやっぱり妙。
内容は比較的真面目だったりすることが多いのですが、
何故かどこかずれていたり、変だったり。
しかし、代表として取った点が悪すぎる気もしますけど!
わざわざ奇人変人をサンプリングしてますからねー(こらこら)。
特に後半になるほどにそのイメージは膨らんでいくことでしょう。

面白いのは短編。2つの書き下ろし短編です。
土屋氏の方は、処女作ということですが、
きっと普段からこんな人なんだろう!と思わせる筆致で。
文章自体は書き慣れていらっしゃるので、
読みやすさはまあOKです。でもこんな先生、いたら嫌だなー。

森氏の方は、これは本当に「異色短編」の名にふさわしい…!
久々に大ヒットですよ。菜の花、騙されました。綺麗に。
途中で、変だな変だな、とは思っていましたけど。
またその騙し方、というか明かし方のさらり、とした感じが
「うわあ、やられたー!」感を増幅させるのでありました。
思わず最初から読み返しちゃいました、ええ。

この対談集の一番の見所は、この森氏の異色短編と、
あとはコジマ氏のイラストかもしれません。



テーマ : 大学とか、人間関係とか
語り口 : 対談
ジャンル : 対談集
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ほがらかにマニアック
イラストレーション : コジマケン
ブックデザイン : 坂野 公一(welle disign)

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★+

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
276. 「雪下に咲いた日輪と 薬屋探偵妖綺談」     高里 椎奈
2006.06.16 長編 302P 900円 2005年3月発行 講談社ノベルス ★★★+
ファンタジー・ミステリシリーズ第12作

【100字紹介】
 父が購入を決めた洋館には、
  悲鳴をあげながら橋のない海面を歩く妖怪がいる。
  少女から調査依頼をうけた薬屋探偵達は、
  かつて館主が自殺したこの館で、
  奇妙な殺人事件に巻き込まれる!
  ファンタジーシリーズ第12作。 (100字)


高里椎奈の「薬屋探偵」シリーズの第12作です。

今回は、久々の!ばりばりミステリ系ですよ。
しかももう、豪華に(?)人がばたばたと…。
途中で読むのをやめられずに、思わず読み通してしまうくらい、
「次はどうなるの、どきどき☆」な気分を久々に味わいました。
まあ、それほど重々しいわけでもないですし、
本格らしく理詰めというほどでもないのですが、
先へ先へ!と読ませてしまう何かがありました。

基本的に高里椎奈は、「キャラもの」書きさんだと思うのですが、
この手の小説で、これだけ読ませれば、素晴らしいと思いますね。
途中の展開の意外性も十分でした。本気で心配しちゃいましたよ。
何がとは申し上げませんけど。それはありえない、でも
高里椎奈なら何をやってもおかしくない、
そう思わせられちゃったのが敗因ですね。
トリック(?)などは、ちょっと甘めで、いかにも小説かなあ、
という気がしなくもないですが、描きたいのはそこじゃないのだろうなと。

本作も、高里椎奈らしい心情描写の物語あり。
前作に引き続き、親子愛という感じでしょうか。

叙述トリック的な部分に関してはあまり意外性はなし。
ですが、これも「そこが描きたいんじゃない」というところかも。
ここでしっかり書き込んだことにより、
ひとつの「狂気」を浮かび上がらせることに成功している、
とも思えるので。特に、破滅へと向かう日記などは、
この「狂気」の表現としてかなり魅力的だったと思います。
こういうのが描けるところが高里椎奈か…。

久々にミステリ読んだなー、という気持ちに浸れた1冊。



菜の花の一押しキャラ…深山木 秋 「君には恩がある。利用すればいい」    「そんな不審物、貸した覚えはありません」 (高遠 三次&深山木 秋)
主人公 : 深山木 秋
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルトファンタジー
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : ミステリ
結 末 : 一件落着
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーイラスト : 斉藤 昭 (Veia)

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★+
キャラクタ : ★★★+
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
277. 「幽霊船が消えるまで 天才・龍之介がゆく!」     柄刀 一
2006.06.17 連作短編 398P 619円 2005年1月発行 祥伝社文庫 ★★★★★
IQ190、でも生活力ゼロの名探偵第2弾

【100字紹介】
 後見人を探して、旅を続ける天地龍之介と、
  私こと従兄弟の光章。旅費を浮かせて乗った
  貨物船での盗難騒ぎに巻き込まれ、
  休憩したホテルでは殺人事件に遭遇!?
  …絶体絶命の危機にIQ190の天才天地龍之介が挑む! (100字)


天地龍之介シリーズの第3弾。
第1作目は中篇でしたが、第3作は連作短編集です。
(第2作は間違えて抜かしました。)
前回と同じ祥伝社刊で、イラストも同じく緒方剛志氏。
またまたポップな表紙に、ポップなミステリです。

「身近に絶対いないぞ!」なIQ190という売り込みの天才・天地龍之介は、
設定の隅から隅まで非現実的。物語のためのキャラという感があふれ、
遭遇する事件も「そんなの絶対ないぞ!」という、いかにもお話な感じ。
でも、何もかもが荒唐無稽か?というと、そうでもないのです。
語り手である「私」は、かなり普通の人。
今時風の人物で、結構リアリティもあり、なのです。
何もかもが作り話風の設定の中に、読者が重ね合わせられやすい
リアリティを持った「私」が入り込むことで、読者を物語に引き込みます。

この小説を手短に評すると、ミステリで遊ぶためのミステリ小説といったところ。

もちろん、事件の構築なども、「そりゃないだろ!」と思いつつ、
子供だましというよりも「笑顔で見守れる」楽しげなもの。
しかし、これがあの「3000年の密室」を書いた著者とは
なかなかぴんときませんね。「アリア系銀河鉄道」でも驚きましたが…。
「火の神の熱い夏」では、中篇で怜悧な論理ミステリを見せてくれましたしね。
様々なカラーが出せるあたりが、この著者の深さでしょうか。

連作短編なので、適当に読み休めるし、気楽に楽しめる1冊。




菜の花の一押しキャラ…中嶋 千小夜 「あの時は、高所恐怖症と雷のせいで、           龍之介さんはいつも以上にフニャッとしていたものね。」 「たれぱんだ並みだったな。」              (長代 一美&天地 光章)
主人公 : 天地 光章
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : ヤングアダルト〜一般
雰囲気 : 軽い
結 末 : 一件落着
カバーデザイン : 中原 達治
カバーイラスト : 緒方 剛志

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★+
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
278. 「探偵映画」     我孫子 武丸
2006.06.26 長編 332P 524円 1990年12月講談社ノベルス
1994年7月発行
講談社文庫 ★★★+
「探偵映画」という映画を巡る異色ミステリ

【100字紹介】
 映画界の鬼才監督が、撮影中に謎の失踪をとげた。
  すでにラッシュも完成し、予告編も流れている。
  しかし結末は監督自身しか知らないのだ。
  残されたスタッフは撮影済みのシーンから
  スクリーン上の犯人を推理していく… (100字)


我孫子武丸の長編です。我孫子氏と言えば、あまりミステリを読まない人にとっては、
むしろゲーム「かまいたちの夜」の原案者と言う方が通りがよいようですね。
デビュー作は「8の殺人」。これはギャグ満載のユーモアミステリ。
この後、「0の殺人」「メビウスの殺人」と同じ「速水3兄妹」を主人公とした
ユーモア&シリアスを兼ね備えた面白みのある作品を出してきた著者の、
初めてのシリーズ外作品です。本作はユーモア系からも少し離れているでしょうか。
でも、本格からは離れていません。異色っぷりもいつもの通り。
そう、この著者の作品はいつも「異色」なのです。
しかも全部、方向性の違う異色。これって凄いですよね。
本当にこの人はミステリが好きなんだなあと思ってしまいます。
ただしミステリを読むのが好きでたまらない、という意味ではなくて、
きっとこの人はミステリで遊ぶのが好きな人なんだろうなあと。

新本格の書き手は、時にやたらと古典ミステリについて
キャラに語りまくらせたりします。
また読者もそれを期待していたりする(人もいるはず)ですが、
本作では語られるのは「映画」。映画の名前が次々に登場し、
更に俳優の名前が飛び交います。えええ〜、全然分かんなーい。
菜の花、困ってしまいます。でも読んでいるだけで楽しい。気もします。
映画か…。たまには見てみたいな、と、思わず思ってしまうかも!?

映画の撮影現場でのストーリーも面白い。
へーと思うことも沢山。とにかく楽しそう。
著者は映画が好きなんですね。

この展開はかなりの「異色」。
まあ、この異色っぷりを詳しく解説しちゃうと
読んだときの面白さ半減ですから、語るのはやめておきましょう。

中盤でスタッフと役者さんが結末をどうするか?という会議を開くのですが、
そこで語り合われる推理合戦は、とても素人チックで素敵すぎ。
どこかの学校の、ミステリ研究会にまぎれこんだみたいです。
そして、明かされる真相…。
菜の花はあっさりと騙されましたね。
いや、最初から何も考えていなかったから騙されたというわけでもないか…。
さて、あなたはどう推理する?




菜の花の一押しキャラ…梅田 しず子 「はいはい。早く旦那様、見つけ出してくださいね」 (梅田 しず子)
主人公 : 立原
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般
雰囲気 : 異色本格ミステリ
結 末 : ハッピーエンド
カバーデザイン : 辰巳 四郎

文章・描写 : ★★★★★
展開・結末 : ★★★+
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★★

総合評価 : ★★★+★★
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279. 「闇と光の双翼 フェンネル大陸偽王伝」     高里 椎奈
2006.06.28 長編 334P 950円 2005年11月発行 講談社ノベルス ★★★★★
大国による侵略!風雲急を告げる第4作

【100字紹介】
 東の大国シスタス、ソルド王都を急襲。
  美しい都は火に包まれ、市民の多くが人質になった。
  衝撃的な知らせを聞いたフェンベルクは
  逃げ遅れた親友・ロカを救うため、戦場へ。
  風雲急を告げる、王道ファンタジー第4弾! (100字)


フェンネル大陸シリーズの第4作。

以下、続きものなので、前作までのネタばれを僅かに含みます。
未読の方はご用心。

本作は、前作で旅したパラクレスからの帰国からスタート。
北の国から帰ってきて、今度は南の国へ行きます。
旅路は詳しく描かれませんが、どこか少し、
「いいな、この世界」と思わせるようなイメージです。
しかしいまいち、広さが判然としない国ですね。
移動に関しては比較的描写が少ないので、
余計に距離感がつかめないのかもしれません。

また、やはりこのシリーズの最初から、どこか詰めが甘い感があります。
流れが不自然、ということなのでしょうか…。

展開としては、まあまあ予想の範囲。
微妙に変化球ですが、大局的に見るとまあいかにも普通の、
王道ファンタジーの「お約束」的展開かと思います。

本作で浮き彫りになったのはやはり、
元々少年誌的キャラだったフェンの「少年誌度」が、
ますますレベルアップしているということでしょうか…(笑)。
よく動くけど、騒動も巻き起こしまくりですしね!
でもこの「フェン」が、本作を子供だましへするのを防いでいる気もします。
フェンは無敵じゃありません。欠点もあるし、最強でもない。
かと言って読者の等身大のキャラ、というわけでも全然ない。
お話も、主人公をみんなで盛り立てようとか、そういう雰囲気はない。
フェンはあくまで1人のキャラであって、特別扱いしない、
そういうところにとても好感がもてると思いますね。

ついにシリーズの大きな流れがはっきりしてきました。
次はきっと…、なんて菜の花なりに想像していますが、さて。
これがはずれー!で、もっと楽しい方へ期待が裏切られるとよいのですが…。




菜の花の一押しキャラ…サチ 「待て。貴様ら何者だ」  「旅の途中の無礼者です」 (?&サチ)
主人公 : フェンベルク
語り口 : 3人称
ジャンル : ファンタジー
対 象 : ヤングアダルト向け
雰囲気 : 王道ファンタジー
結 末 : 一件落着
イラスト : ミギー
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーデザイン : 斉藤 昭 (Veia)

文章・描写 : ★★+★★
展開・結末 : ★★★★★
キャラクタ : ★★★★★
独 自 性 : ★★★★★
読 後 感 : ★★★+

総合評価 : ★★★+★★
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