よみもののきろく

(2005年12月…208-219) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2005年12月の総評

今月の読了冊数は12。
長編7冊、その他5冊。
小説をよく読んだかな。
でも短編・中編はなしで、全部長編でしたね。

コンプ計画中の著者の読了数は
椹野道流2冊、森博嗣2冊、高里椎奈2冊でした。
丁度読了数の半分くらい。まあいいところですね。


さて内容。
今月は比較的どんぐりの背比べな月でした。
菜の花的2005年12月のベストは

ニュースをにぎわす 化学物質の大疑問」 斉藤 勝裕  (評点 4.0)
「テロリストのパラソル」 藤原 伊織     (評点 4.0)

「化学物質の大疑問」はその名の通り、最近のニュースに登場する
化学物質をトピックとして取り上げ「疑問にお答えします」と銘打った作品。
著者は国立大学教授。…と言っても、難しいことは一切、抜き!
専門的な小難しいお話をそれと感じさせることなく、さらりと解説します。
ちょっと横道にそれてみたり、楽しい講義中の雑談みたいなノリです。

「テロリストのパラソル」は江戸川乱歩賞と直木賞のダブル受賞作。
社会派な印象のミステリ風ハードボイルド。
軽妙な会話文を重ねる部分など、独特の文体で、
重いテーマの割に読みやすい作品に仕上がっています。



以下、高評価順に簡単に紹介していきます。
(同評価の場合は読了日順)

「禅定の弓 鬼籍通覧」 椹野 道流    (評点3.5)
「アンチハウス」    森博嗣+阿竹克人(評点3.5)
「古書修復の愉しみ」  ウィルコックス,A(評点3.5)

「禅定の弓」は、椹野道流の「鬼籍通覧」シリーズの第5作。
本作は連続動物惨殺事件を、法医学教室の視点から描きます。
ちょっとマニアックに、法医学教室を描くオカルト風ミステリです。

「アンチハウス」は森博嗣ファンならおなじみだった、
著者の長年の夢であったガレージの製作日記のようなものです。
ガレージ設計依頼から、竣工までをレポートしています。
設計者の阿竹氏と施工主の森氏の往復書簡ならぬ往復メールのやりとりが
中心になっており、「ものづくり」の過程の面白さを伝える1冊。

「古書修復の愉しみ」は米国の女性書籍修復家が、亡き師に捧げた自伝。
書籍修復という職業を紹介しつつ師との絆を感動的に描いています。
どこか静かな宗教家を思わせる古書修復家の世界を垣間見られる作品。


「メビウスの殺人」   我孫子武丸    (評点3.0)
「図書館が危ない! 運営編」鑓水三千男他(評点3.0)
「にゃんこ亭のレシピ」 椹野 道流    (評点3.0)
「本当は知らない」   高里 椎奈    (評点3.0)
「ミニチュア庭園鉄道」 森 博嗣     (評点3.0)
「4000年のアリバイ回廊」 柄刀 一  (評点3.0)

「白兎の歌った蜃気楼」 高里 椎奈       (評点2.5)

「メビウスの殺人」は「0の殺人」「8の殺人」に続く
「速水兄弟シリーズ」の第3作。
著者曰く「ふざけている」のにシリアスなこの作品、
冒頭で倒叙物かと思わせつつも、基本は速水兄弟の活躍に焦点。
「著者らしい」結末に落ち着くこの展開、あなたは先が読めますか?

「図書館が危ない!」は運営が危ない、という意味ではなく、
「不審な行動をとりながら館内を徘徊する利用者」だとか
もしかしたらいるかもしれない、でもそこにいても
迷惑ではあるけれど実際、法律的には排除できるの?というもの。
大きな事件を未然に防ぐためには、日常的に起こるトラブルから
順に対応していくべきだ、というのが本書のコンセプトです。

「にゃんこ亭のレシピ」は、椹野道流の少女向けの新シリーズ。
主人公は都会から、妖しと共生する田舎の村に縁があって移り住み、
そこでレストランを開きます。連作短編のような形式になっていて、
各章のラストに、その章で登場した代表的なメニューの
「簡単レシピ」が載っている楽しい本です。

「本当は知らない」は高里椎奈の「薬屋さんシリーズ」第7作。
妖怪である薬屋さん3人組の他に、本作ではシャドウも活躍。
シャドウはシリーズの他の作品でも登場している、
ネット上の超優秀な情報屋でありハッカーでもある電脳ユニット。
彼らが事件を追う、ミステリ風オカルトファンタジーです。

「ミニチュア庭園鉄道」は、サイト公開されていた
森博嗣宅庭園鉄道レポートの書籍版です。
小さくて可愛い写真満載、HPそのもののような、現代的なレイアウト。
純粋に「自分が楽しんでいる」のが清々しい1冊です。

「4000年のアリバイ回廊」は、著者のデビュー作
「3000年の密室」のパワーアップヴァージョンという感じ。
世紀の大発見であった奇跡的な縄文遺跡の復元と、
この遺跡を巡る現代の確執。4000年のときを超えて、
現代と古代の謎が交錯する壮大な物語です。

「白兎の歌った蜃気楼」は「薬屋さん」シリーズの第6作。
四国のとある屋敷「雪浜家」に行った薬屋さんたちは、
そこで連続殺人事件に出会います。
そして座敷童子伝説に連続放火事件。
謎満載、ミステリ色満載のオカルトファンタジーです。


以上、今月の読書の俯瞰でした。








208. 「ニュースをにぎわす 化学物質の大疑問」     斉藤 勝裕
2005.12.01 科学 190P 1600円 2003年4月発行 講談社 ★★★★
よく見る化学物質の名前から広がる科学の話

<100字紹介>
 ニュースをにぎわす「あの化学物質」から、
  愉快な科学の雑談をしよう。
  「フグとトリカブトの毒を同時に飲むとどうなるの?」
  楽しく読めて楽々分かる、分かればニュースに強くなる。
  ユーモアたっぷりエピソード満載! (100字)


化学物質に関するトピックをとりあげて、「疑問にお答えします」と銘打った本書。
と言っても、難しいことは一切、抜き!
専門的な小難しいお話を感じさせることなく、さらりと解説。
その上で、事件や著者自身の体験などのエピソードを織り込んで
そこから話をふくらませていきます。
何だか、講義で「せんせー、しつもーん!」というのをやったら、
話がどんどん逸れていってしまったみたいなノリ。
でも、終わってみると実は決して、テーマから外れてなかったりするんです。
そういうときって、やっぱりせんせーはせんせーなんだなー、
なんて思ってしまう菜の花です。

著者は名工大の教授。
研究室での愉快なエピソードもいくつも飛び出します。
「うわー、こんな研究室ありそう」
「これ、よく聞くよく聞くー。災難だなー」
みたいに納得できる人もいれば、全く別世界の人もいるでしょう。
でも、「こんなのありえんなー」と思う人でも結構楽しく読めてしまうと思います。
とりあえず、著者自身が面白いです。
大学教授って、やっぱりこういう一風変わった面白い人が多いです。
うちのせんせー、しかり。大体、研究者というのは、
一般社会に適合できない人々の集合体と言っても過言ではないですから(失礼)。
一部で、大学院生や研究者崩れの人が一般企業に就職することを
「社会復帰」と呼ぶ人がいます。ははは…、確かに。
とりあえず、大学の先生というと怖そうなのをイメージする人が多いようですが、
怖い人よりも面白い人の方が圧倒的に多いです。
まあ、面白い人率は、吉本ほどじゃありませんけど。


個人的に一番「へー」度が高かったのは冒頭の「100字紹介」でも取り上げた
「フグとトリカブトの毒を同時に飲むとどうなるの?」でした。
これはびっくり。ちなみにどうなるかと言いますと、
亡くなるまでの時間が延長するのだそうです。
何でもどちらも神経毒で、ナトリウムチャネルの阻害剤ですが、
チャネルを一方は開けてしまい、他方は閉じてしまうタイプなのだとか。
うーん、中間部分に無害化できる濃度があるのか?(多分、ない)
しかも更にびっくりなのは「オキナワトリカブト事件」という
有名な事件でこれが実行された可能性がある、ということでした。
菜の花はミステリ好きな人間ですが、今までこんな小説は読んだことがありません。
事実は小説より奇なり、というやつでしょうか。
というか、こんなこと、何も知らずに小説家が書ける内容じゃありませんね。
この飲み合わせについてはこれまで特に報告がなく
(報告というのは雑誌論文投稿や学会発表がなされていない、という意味)
試してみないことには分からないことですからね。
文系の人にはやっぱりこういうのって壁がありそうですし。
それに何より、実際に自分で実験してる小説家とか嫌すぎるし。
1986年の事件ですが、当時は有名になったのかな、この飲み合わせ効果?
菜の花は当時…えーと小学生ですね。事件は何となく聞いたことはありますが、
詳細はまったく知りませんでした。


他に取り上げているトピックは
第T部では和歌山ヒ素カレー事件、東海村バケツ臨界事故などの有名事件。
第U部では環境問題として、二酸化炭素排出権、砂漠緑化大作戦、環境汚染物質。
第V部では食品関係で、お魚ブーム、ダイエット、微量元素サプリメント。
第W部ではファッション・美容で着物の染め、宝石、アロマテラピー。
第X部では注目の最新技術としてプラズマTV、リニア、燃料電池車。

などを取り上げています。
でも意外なところで意外なものが飛び出すのがこの本の面白いところ。
まさに、科学雑談という感じ。
砂漠の緑化で活躍する紙おむつ成分はなかなかびっくりかもしれないし、
微量元素サプリメントの話が気付くと、
ホヤのおいしさを熱く語る場になっているというのも面白いですね。


ちょっと楽しく科学な話に触れてみたい方にはおすすめの好著。
とぼけた絵も、何だかノートの端の落書きみたい。
実験系教授の専門科目の講義で、一服しながら雑談している雰囲気です。





しかし、閉じ込められた分子も大変だなー、などと考えないわけでもない。 エビの夫婦は好きで入ったんだろうけど、分子はどうなんかいなー。    本当は反応なんてしたくないんでないかなー、などと人?のことでも    気になるのは私の世話好きのせいであろうか。       (本文より)
テーマ : 化学物質
語り口 : 口語的
ジャンル : 科学
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ユーモアたっぷり
装丁 : 安田 あたる
イラスト : 濱野多紀子 (有限会社ジョッチャ)

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★★
よみもののきろくTOP
209. 「メビウスの殺人」     我孫子 武丸
2005.12.03 長編 284P 440円 1990年2月講談社ノベルス
1993年5月発行
講談社文庫 ★★★★★
速水警部補と推理マニアの弟妹の活躍第3弾


<100字紹介>
 大東京を恐怖のどん底に突き落とす連続殺人発生。
  犯行は金槌によるめった打ちと絞殺が交互する。
  犯人は1人か、あるいは別人か?
  現場には常に謎の数字を記したメモが…。
  速水三兄弟が被害者の「失われた環」を探す! (100字)

「0の殺人」「8の殺人」に続く「速水兄弟シリーズ」の第3作。

前作「8の殺人」では「作者から注意」に容疑者を4人に絞り、
その名を列記する、という素敵な趣向を見せてくれた著者ですが、
本作冒頭の「おことわり」は一転してごく普通。
よくある「これはフィクションです」な内容…、
ただひとつ、最後2行で制作側のスタンスが垣間見えます。
曰く

「中身の方は例によってふざけたものです。お安心下さい。」

くすくすくす。面白い作者です。
さすがに「ユーモアミステリ」という珍しい分野開拓中の著者だけあります。

内容を読んでみれば、確かにこのことが正しいことは分かります。
文体や、展開、描写に限って言えば、「おことわり」内の言葉で言えば
「捜査小説風のタッチを採用」されていて、いかにもなミステリです。
しかし実際、この事件はふざけたもので、
ある種の「著者らしさ」が根底に流れ続けているのに気付かされるのです。

展開は非常に凝っていた前作「8の殺人」からは想像できないくらい、
一見、ごく一般的なものです。犯人の章が入っているのも前回と同じ。
でも、もう少し具体的です。それによーく見ると、実は一般的ではないのです。
とにかく、プロローグはいきなり、氏名も明らかな人物が、
「人を殺しに」出掛けていくところから始まりますからね。
こういう場合は、「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」などの展開が予想されますが、
素直にそういう展開になるわけでもない。不思議な語り方です。


いつもは経営する喫茶店から出ずに、兄の持ってくる話を聞いて答えを推理・
ディスカッションする安楽椅子探偵的描かれ方をされることの多い速水慎二が、
今回はかなりアクティブに外界に出て行っている場面があり、
一応、生きてるんだな、この人、と思った菜の花。友人も出てくるし。

著者曰く「ふざけている」のにシリアスなこの作品、
展開もユーモアな部分も悪くはないのですが、
菜の花お勧め度が★3つなのは、被害者の不幸を思ってのこと。
まあ、小説だからこそ許される理不尽なのですが、
それも悲しく思ってしまう菜の花はミステリに不向きな読者なのかしら…。
…などと言いつつ、今日もせっせとミステリを読む菜の花なのでした。




菜の花の一押しキャラ…速水 慎二 「カルボナーラをメニューに入れたのはね、僕が好きだからだよ」(速水 慎二)
主人公 : 速水 恭三
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ギャグ

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★+★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
210. 「禅定の弓 鬼籍通覧」     椹野 道流
2005.12.04 長編 238P 780円 2004年7月発行 講談社ノベルス ★★★+
法医学教室オカルト・ファイル、第5弾!


<100字紹介>
 火災現場からO医科大学法医学教室に運ばれた老人の遺体は
  解剖の結果、火事の前に死んでいたことが分かった…。
  同時期、同地域で連続動物殺害事件が発生。
  法医学者の伊月とミチル、新米刑事の筧の3人が真相に迫る! (100字)

鬼籍通覧シリーズ第5作です。

本シリーズの簡単な説明を。

「暁天の星」に始まり「無明の闇」「壷中の天」「隻手の声」と続く
鬼籍通覧シリーズは、現職の女性監察医でもあった椹野道流にとって、
唯一の講談社ノベルスでのシリーズもの(現在は元・監察医)。
主人公・伊月が他大学医学部から、O医科大学法医学教室に
大学院生としてやってきた春から、話は始まります。
法医学教室には、人当たりのよい教授・都筑壮一、
勤続30年、解剖補助の仕事をこよなく愛する技師長・清田松司、
教授に「教室唯一の癒し系」と言わしめる技術員・森陽一郎、
通称「ネコちゃん」の教室秘書・住岡峯子、
それに伊月のよき上司であり、先輩であり、
イベントの際の相方(?)である助手・伏野ミチルがいます。
他にも、教室に出入りする所轄の新米刑事・筧が第1作で、
伊月の小学生時代の同級生であることが判明、
数年ぶりの再会を果たし、その後親友としての交流が復活して
レギュラーメンバーとなっています。

このシリーズで珍しいのはその作風。
勿論、現職の監察医が、監察医の視点で小説を書く、というのも珍しいですが、
さらにそれにオカルト色が入る、というのは他に類例がないのではないかと思います。
ただしシリーズが進むにつれて、オカルト色は減っているかもしれません。

特に、本作は純粋なミステリとしてカテゴライズすべきでしょう。
全編を流れるテーマは「動物」。

連続動物惨殺事件が続き、愛猫ししゃも(でも飼い主は友人の筧)が
可愛くて仕方のない、動物好きな主人公・伊月は心を痛めています。
ヒトの事件でいっぱいいっぱいな所轄署のこと、動物の事件まで手が回らず、
新米刑事の筧がその事件の担当に。
深夜の現場に伊月が無理矢理同行したことで、事件が動き出します。
辿り着いた先は、確かにありがちで哀しいところでした。
ちょっとばかり、最近世間を騒がせている事件を思い出しました。


最近、他の作家さんの作品と読み比べていて、
この著者の心理描写の滑らかさに気付きました。
椹野道流は文章が巧いし、流れが綺麗ですね。
まあ、内容はとってもマニアックで、ごつーい感じですが。
どれくらいマニアックかと言いますと、

伊月は、カッターで1ミリに刻んだ試料の爪をエッペンドルフ
チューブに放り込んでから、ミチルに昨夜仕入れた情報を教えた。

ミチルはチップをつけていないピペットマンを手に持ち、
カチカチと動かしながら視線を泳がせた。

                     (本文より)

…ね?
これは中盤に伊月とミチルが話している場面からの抜粋。
なかなかマニアックでしょ?いやあ、これがいいんです(違?)。
解剖の場面はもっとマニアックですしね。
そちらはミステリマニアは是非、一読しておきたい内容です。
特にシリーズ初期が非常に丁寧に解剖場面が描かれていたように思います。
本作くらいになると、すっかり慣れてきたので、シリーズ全体を通したときに
冗長にならないようにという配慮でしょうか、ややあっさりめになっています。
実際、それでミステリ的ストーリーが重視されるように、
方向性が変わってきたように思います。
菜の花としては、シリーズ初期も、今も、どちらも好きです。




菜の花の一押しキャラ…森 陽一郎 「あ、そんな怖がるなって。俺、ただの通りすがり。         家に帰るとこで、ほら、弁当も持ってるだろ。全然怪しくない!」 (伊月 崇)
主人公 : 伊月 崇
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ちょっとまにあっく。

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★+

総合評価 : ★★★+
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
211. 「アンチハウス」     森 博嗣+阿竹克人
2005.12.09 エッセイ 310P 2800円 2003年6月発行 中央公論新社 ★★★+
ガレージ設計依頼から、竣工までをレポート


<100字紹介>
 長年の夢「ガレージ建設」に向けて動き始めた作家・森博嗣。
  設計を大学の先輩・阿竹氏に依頼した。
  2人のメール交換を軸に、サイト公開された
  写真豊富なレポートを交えつつ、
  工作室兼ガレージ建設を物語風構成で描く (100字)


ガレージ建設の夢、というのは、森博嗣氏の日記本
(およびサイト公開されている日記)を読まれた方なら周知の事実でしょうか。
ただし、森博嗣氏のガレージとは、単なる車庫にはとどまりません。
工作が出来て、鉄道模型が走らせられて、コレクションを飾ることも出来る、
趣味の空間であります。この場合の工作は勿論、
フライス盤(大きな刃が回って固定されたものを切る)だの
旋盤(物が回って固定された刃に切られる)だの
ボール盤(ドリルが上下してものに穴をあける)だのの
大きな工作機械を使う金工ですよ!(木工もするかもしれませんが)


本作は時系列に沿って話が進み、エッセイというよりは
「物語」という体裁に近くなっています。
始まりは森博嗣氏から阿竹氏への1通の依頼メールから。
仕事を引き受けた阿竹氏とのメールのやり取りが続きます。
ときどき、場面場面の解説や今、振り返って、という文章が挿入され、
それぞれの補足説明になっています。
加えて、サイトに公開されていた「ガレージ製作部レポート」が間に挟まります。
フルカラーで、写真が沢山載っていて、目にも楽しいレポートです。
メールは裏舞台、そしてネットで衆目の目にさらされる表舞台が
「ガレージ製作部レポート」というわけですね。

淡々と進むかと思いきや、色々とトラブルが発生して、
計画が頓挫しかけたり、工事が遅れたり。
基本的には本作は、ガレージ建設がテーマなわけですが
まえがきで著者自身が述べているように「一般的なことなど、
何も書かれていない」のです。以下、同じくまえがきからの抜粋。

----------------
はっきりいって、他人が読んで、具体的に役に立つ話は
ないだろう、と思う。今からガレージや工作室を作ろうと
している人が本書を読んでも、参考になる点は少ない。
データ的な数字はないし、プランがいろいろ出てくるわけでもない。
                           …(本文より)
----------------

まったくその通りであって、建築レポートと言っても、
ここから建築のノウハウを読み取るべき「参考書」ではなく
よみものとして楽しむための本です。
ノリとしては日記本、かも。
ちょっとばかりテーマが絞られている、というだけの。

エンターテイメントとして供されている、という解釈が正しいかと思います。

本当にものを作る過程の面白さを伝える1冊です。




テーマ : ガレージ設計・建築
語り口 : メール中心
ジャンル : エッセイ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 参考書ではなく、よみもの
カバー写真 : 田中 昌彦
装丁・本文デザイン : 松田 行正+中村 晋平
DTP : ハンズ・ミケ

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
212. 「白兎が歌った蜃気楼 薬屋探偵妖綺談」     高里 椎奈
2005.12.10 長編 354P 940円 2001年2月発行 講談社ノベルス ★★+★★
座敷童子伝説は連続放火の手掛かりなのか?

<100字紹介>
 依頼を受け、真冬の雪浜家にやって来た深山木秋、
  座木、リベザル。涸井戸の出火が口火となり、
  雪浜家の人間に次々と襲い掛かる殺意。
  付近では連続放火が続き、
  座敷童子伝説が流布されている…。
  それらの繋がりとは? (100字)

高里椎奈の「薬屋探偵」シリーズの第6作です。


シリーズの簡単な説明を。
とある街の一角、まるでそこだけ時にとり残されたかのような「深山木薬店」。
澄んだ美貌の少年(深山木 秋)、優しげな青年(座木)、
2人を師と兄と仰ぐ男の子(リベザル)の3人が営む薬店、実は探偵事務所!?
「何でも調合する」あやしげな薬屋さん。
裏家業は妖怪専門のごたごた片付け屋さん。
何故彼らはそんなことをするのか?
妖怪が人間と平和裏に共生していくのに必要だから。
実際のところ、そんな彼ら自身が妖怪なのです。

彼ら薬屋3人組とほぼ同格扱いでレギュラーになっているのが
刑事の二人の刑事。頭の回転が速いが少しとっつきにくい高遠、
天真爛漫で深山木秋の大ファンの御(おき)葉山。
そして前作より登場している葉山の兄・御真鶴(まつる)。

作品によって、どのキャラが活躍するかが異なっているのが
このシリーズの面白いところ。
つまり、シリーズにはひとりの主人公がいるわけではなく、
「主人公グループ」の中からメインが選ばれている、という感じです。

本作のメインは、薬屋3人組。特に挙げるならリベザル。
それにサブメインとして高遠です。
御兄弟は出てきますが、ちょっと影が薄いかも。


今回は、ミステリ色が強いです。
事件自体は、本格系ですよね。
それはこのシリーズの初期からの一貫した特徴ですが。
ただし、証拠を集めて読者に推理して欲しい、
というタイプではないように思います。
ミステリなんですけど、パズルではなく、よみものなのです。

今回は既作で色々と登場してくれている高橋総和が、
薬店に相談に訪れたのがきっかけとなっています。
総和のサークルの友人が、実家の様子がおかしいので
妖怪などの類について心配し、総和に相談してきたというのです。
その種の事件を解決してくれそうな秋に話を持ってきた総和。
サークルの合宿という名目で、早速その家…雪浜家にやってきた薬屋3人組。
そして連続殺人事件に遭遇、と。

更にご近所は連続放火が続いていて、その件に巻き込まれて
高遠と真鶴も近くまでやってきます。
物語は、3人組の視点で追う「雪浜家連続殺人事件」と
高遠+真鶴の「連続放火事件」の2本立てで並行して進んでいきます。
果たして、これら2つの事件は繋がるのでしょうか?
それとも、やはり別件なのでしょうか…。
連続放火に関しては、奇妙な「座敷童子伝説」が流布されていることも分かり、
オカルトミステリのノリも忘れません。


事件はなかなか面白いと思いますし、
周りで活躍するキャラたちも面白いと思います。
その分、描写をもう少し丁寧で滑らかにして頂けると、
もっと楽しめたのではないかと少しだけ残念。

事件の面白さと相反するかもしれませんが、
連続殺人ということで後味の悪さはやはりあります。
我孫子武丸氏の「メビウスの殺人」の読後感に似た、寂しさかも。
これを逆にミステリの醍醐味、ととる方もいらっしゃることでしょう。
こういう非日常こそがミステリに求められてきた魅力なのだ、とも
言えるかもしれません。



菜の花の一押しキャラ…涼代 硅(すずしろ けい) 座木とのやりとりが、なかなか…。 「と、キング。お早う、今朝も可愛くないね」 「ギャー」 (深山木秋+キング)
主人公 : 薬屋3人
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルトミステリ
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : ライトノベル、ミステリ色強し
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーイラスト : 斉藤 昭 (Veia)
図版 : 4REAL

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★+★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★+★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
213. 「図書館が危ない! 運営編」     鑓水 三千男 中沢 孝之 津森 康之助
2005.12.16 図書館 238P 2400円 2005年6月発行 LiU ★★★★★
トラブルとその対応を法的観点を交えて解説

<100字紹介>
 群馬県内54の公立図書館でのアンケート調査をベースに、
  日常的に起こる図書館にまつわるトラブルを、
  実際に起こった経緯と対応とともに
  筆者らがそれら事例を法的観点から解説。
  図書館の安全性を考えるための1冊。 (100字)


図書館が危ない!…なんてなかなか切迫したタイトルだな、
と思わず手にとってしまいました。

実際、ページを繰ってみると「危ない!」と言っても
それ単体で危ない、ミステリみたいな事件が満載、というわけではありません。
「不審な行動をとりながら館内を徘徊する利用者」だとか
「酩酊状態の利用者が来館、大声で騒ぎ立てた」だとか
もしかしたらいるかもしれない、でもそこにいても
迷惑ではあるけれど実際、法律的にはどうなっているの?というもの。

「割れ窓理論」は、割れた窓をそのままにしておくとその周りの窓も壊され、
建物が荒らされ、地域全体が荒廃していく、という理論。
つまり、小さなトラブルでも放置しておけばやがて、
積もり積もってどうしようもない事件に発展してしまうかもしれない、
それを未然に防ぐためには、日常的に起こるトラブルから
順に対応していくべきだ、というのが本書のコンセプト。


「館内での迷惑行為」「不審な人物の来館」「盗難事件」
「コピーサービスのトラブル」など全12章でそれぞれの事例を紹介。
事例自体は「経緯と対応」「法制的観点」からなっています。
「経緯と対応」では、実際にその事例に接した人々からの報告に、
事例によっては著者の私見が示されています。
「法制的観点」では、淡々と法律的にはどうなるのかが書かれ、
関連法令がそれぞれの最後に付記されています。

メインは「法制的観点」であって、どのような罪になるのか、
また排除することが出来るのか?などを述べています。
これは大変充実しており、図書館利用者にも面白い知識になると思います。
一方、対応については1問1答が用意されているわけではなく、
実際に図書館員としてそれに接した場合、
どうすべきかのマニュアルではないことが分かります。
しかも「マニュアル作成のヒント」という項目が
付録として巻末に収録されています。
つまりマニュアルはそれぞれの館の実情に照らし合わせて作るべきもので、
本書はその作成のための一助となる事例集兼、法的根拠集であり、
図書館の危機管理について考えるきっかけを与えるもの、
という位置づけとなっています。


「え、こんな人、いるの!」と思わず言ってしまいそうな事例も多々あり、
図書館にやってくる人々の多様性について考えさせられてしまいました。
確かに、世の中は広いですから、色々な考えを持つ人がいるはずです。
みながみな、自分と同じ常識の枠を持っているとは限らず、
ある人にとっての常識は、ある人にとっての非常識であることも
ままあることだと気付きました。
それに、法令というのは面白いものですね。
これはこういう罪になってしまうのか!と、うーんと唸ってみたり。
色々と勉強になる1冊です。





テーマ : 図書館
語り口 : 解説
ジャンル : 図書館
対 象 : 一般〜図書館関係者向け
雰囲気 : 堅い感じ
カット・表紙 : 皆川 幸輝

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
214. 「テロリストのパラソル」     藤原 伊織
第41回江戸川乱歩賞&第114回直木賞受賞
2005.12.18 長編 388P 619円 1995年9月講談社
1998年7月発行
講談社文庫 ★★★★
爆弾テロに遭遇したアル中男が、事件を探る

<100字紹介>
 20年以上過去を隠してきたアル中バーテンの島村は、
  新宿中央公園の爆弾テロに遭遇してから生活が急転。
  ヤクザの浅井、爆発で死んだ昔の恋人の娘・塔子らが現れて…。
  全共闘時代の残り火煙る、長編ハードボイルド。 (100字)


研究室の同期(結構、読書家)お勧めの1冊。
江戸川乱歩賞と直木賞のダブル受賞作とか、ものものしい宣伝文句。
というか、それってめちゃくちゃ凄いじゃないですか…。
なのに、この作家さんを知らなかった菜の花です。
読書家の名が泣きますね。やっぱり偏り読書家ですから。

江戸川乱歩賞受賞ということで、ミステリかな?
とも思ったのですが、菜の花の独断と偏見の分類からすれば
これはミステリには入れられないな、と。
ハードボイルドです。きっと。
でも内容はそんなにハードではなくソフトだけど…ソフトボイルド?
いやいやいや、勝手に変な分類を作ってはいけない。
でもこれは意見が分かれるところでしょう。
というか、誰かこういうノベルスの分類方法の正統とかの本、
知りませんかね?いつもここで苦労をします。


時代は、はっきりと年代が書いていなかった気がしますが、
携帯電話はちゃんとあって、パソコン通信もあって、
でも窓とかマックとかの親切インターフェイスなPCや
WWWのネットは普及してなさげな、90年代前半ですね。

そして、一部キャラたち(…どのキャラかは読み進めていって
見つけて下さい、それも楽しみの1つかも?)は
背景に東大全共闘を背負ってます。
歴史としてでも、この辺りの事件を知っている人の方が、
作品は楽しめるでしょう。
菜の花くらいの世代では、自分から余程調べていたりしないと
あまり詳しく知らなかったりします。
…正直、菜の花も未だによく分からないこと満載ですが。

主人公が中年のアル中、ということで華やかさは
あまり前面に出てきません。
他のキャラたちも男性陣は路上生活者や安崩れのヤクザと、
あまり華やか〜な感じは漂ってきませんね。
しかし、それぞれ得体の知れない過去を背負った男達こそ、
この手の小説のセオリーでしょう!(熱く語る)。
対して少ない女性陣はとっても華やか。
主要な人は…多分3人くらい、その誰もが明るく、積極的で、
後ろ盾もしっかりしている、という感じ。
そういうところがやっぱり、ハードボイルドのお約束
(それは一体…?)。


本作はかなり社会派な印象です。
路上生活者とか、麻薬とか、マスコミとか、ヤクザとか。
でも、それについて糾弾するわけじゃなくって、
主人公は正義を振りかざすわけでもなくって、
淡々と、現実を受け入れて、冷静に描いている感じ。


文章はやや独特。
軽妙で、連続する会話文が多いですね。
いや、会話文自体が多いのか…。
「」にくくられない会話文も多いです。
会話文後に改行しない場合もあり。
…こうやって文章の特徴を考えていくと、
全部会話文のところにいってしまう…、ということは、
著者の文章のポイントは会話文にあり、というところでしょうか。
比較的似ている、と思ったのは石田衣良氏。
重さが全然違うのですが。あちらはとてもライトですから。
でも種類というか、方向性としてはよく似ている気がします。
作風も文章も、どちらももっと軽くすると石田衣良氏になるかな、と。

新しい事実を知る機会があっても、
話を聞いた、という表現で一旦とどめておいて、
後から「こういうことだろう、何故ならこう聞いたからだ」と
推理の論拠として、ぽんと飛び出すことが多く、
まとまりよく仕上がっています。
主人公はなかなか賢い人なので、殆ど迷いなく
綺麗に物語を引っ張っていってくれるのです。
物語はミステリ的な謎を抱えており、
主人公は「証拠」を集めて「推理」してそれを打ち払っていくのですが
「情報を読者と共有」せずに点で、ミステリには分類できないと思います。


さすがに名だたる賞をダブル受賞するだけはあるな、という
人を惹きつける謎の多い事件を、巧い文章でつづる1冊です。





菜の花の一押しキャラ…宮坂 まゆ 「きのう、不審な人間見なかったかって、まったくワンパターン。  おれ以外、不審なのはだれもいないって答えたら、        怒りやがったよ、あいつら。ジョークが通じないんだね。」   (辰村 豊)
主人公 : 島村 圭介(菊池 俊彦)
語り口 : 1人称
ジャンル : ハードボイルド
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ミステリ風、社会派
解 説 : 関口 苑生
カバーデザイン : 辰巳 四郎
ブックデザイン : 菊池 信義

文 章 : ★★★★+
描 写 : ★★★★+
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★
よみもののきろくTOP
215. 「にゃんこ亭のレシピ」     椹野 道流
2005.12.18 長編 252P 630円 2004年9月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★★★★
妖しと共生する田舎の村で始めるレストラン

<100字紹介>
 妖しが、いたる所に当たり前に生きている銀杏村。
  東京に住むゴータの元にある日、祖母の訃報と
  銀杏村に遺された彼女の家の鍵が届いた。
  銀杏村に移り住み、レストランを開いたゴータの
  穏やかであたたかな日々を描く。 (100字)


椹野道流の新しいシリーズです。

椹野道流の作品といえば、やたら食事シーンが多いのですが
本作はその趣味が高じてついに!料理系に走ったか…!と
読者に思わせるに十分なタイトル。
どんな料理が飛び出すんだ!
…というか小説じゃなくってもしかして料理本なのか!?
とすら思ったのですが、実際に手にとってみればホワイトハート。
これは小説なのか、やっぱり…。

物語の始まりは主人公・ゴータ(漢字も分からないし苗字も
作品内で出てくることはありません。どういう意図なのかな…)
の元に、1通の手紙がやってくるところから。
ゴータは調理師学校を出て以来、6年間東京都内の地中海料理店で働く料理人。
彼の元に転がり込んだのは祖母の訃報なのです。
しかも、四十九日の法要のお知らせ。
ゴータの両親は離婚しており、母に引き取られた彼は、
父方の祖母には幼い頃に会ったきり、しかも両親はすでにない、
という状況であって、四十九日のお知らせも親類からではなく、
祖母の隣人が何とか探し当てて送ってくれたものだったのです。
休暇をとり、特に悲壮感もなく、
祖母の住んでいた村へ出掛けたゴータでしたが、
幼い頃の記憶が少しずつ蘇っていく姿はなかなか感動的でした。


全体は3章からなっていて、それぞれの章末に
1ページの簡単レシピが入っています。
メニューは「南瓜の煮つけ」「ローストチキン」「パンナコッタ」。
読んでみるとよく分かるのは、これはシリーズなんだな、ということ。
つまり、いかにも次に繋がるぞ、というラストということです。
という訳で、まんまと策略にはまって次の巻が読みたい菜の花なのです。


相変わらず椹野氏の作品は、描き方の滑らかさがよい感じです。
展開が単調でべたな気もしますが、いわゆるお約束ってのも
やっぱり大事ですから。読者の望む方向へ大体収まっていく、
というのもエンターテイメントでは一種の美徳だと思います。
その意味でも安心感のある作家さんですね。
というわけで次も読みたい!のです。




菜の花の一押しキャラ…朗唱 (祖母ちゃん。確かに俺、いい人とばかり出会っているけど、  これはちょっと出会いすぎだ)              (ゴータの心の声)
主人公 : ゴータ
語り口 : 3人称
ジャンル : ライトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : ほのぼの
イラストレーション : 山田ユギ
デザイン : しば牧子
料理イラスト : ひろいれいこ

文 章 : ★★★+
描 写 : ★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
216. 「古書修復の愉しみ」     アニー・トレメル・ウィルコックス 市川恵里訳
2005.12.23 エッセイ 230P 2400円 2004年8月発行 白水社 ★★★+
女性書籍修復家が、今は亡き師に捧げた自伝

<100字紹介>
 一流の製本家・書籍修復家であった故・
  ウィリアム・アンソニーに女性として初めて弟子入りした著者が、
  書籍修復職人として成長していく過程を丁寧に綴る自伝。
  書籍修復という職業を紹介しつつ師との絆を感動的に描く (100字)


 --オリジナル・データ-------------------
  A DEGREE OF MASTERY
  A Journey Through Book Arts Apprenticeship
  by Annie Tremmel Wilcox
  ©1999 Annie Tremmel Wilcox
 ---------------------------------------


古書修復。
うーん、魅力的な言葉です…と思う菜の花は変ですか?
いやいや、本が好きな人にならきっとこの気持ちは分かって貰えるはず。
書籍の修復なんて、菜の花にとっては小学生の頃に図書委員会で
破れた本を修復テープで補修したくらいなんですが、
資料保存とかそういう言葉には憧れを感じます。
読めなくなって失われていこうとしている本が、
もう一度蘇り、人の利用に供されていく姿というのは
感動的なものがあるように思います。


本書はアメリカの女性書籍修復家の、
弟子入り、修業を経てひとり立ちしていく様を描いた自伝。
第1章「始まりと終わり」はまさに始まりと終わり、
つまり弟子入りするまでの経緯と、
修業を終えた著者が1人前の修復家として書籍修復をしていく過程を
交互に描いた章となっています。

書籍修復というものの実態というのは、一般には知られていないもの。
興味があったはずの菜の花でも、殆ど知識はありませんでした。
書籍修復は基本的には手仕事、職人芸ですから
幾ら知識を蓄えても実際に手を動かして練習していかなくては
実際のところは分からないものかもしれませんが、
それでも読み進むにつれて目の前に次々と現れる作業を
読者は著者の視点、著者の手さばきで見つめていくことができます。
元の状態を観察し、修復の計画をたて、ばらし、
ページを洗浄するためにバッドの中の脱イオン水に浸し…。
紙を水に浸してしまうという洗浄方法は、
慣れない人間の目には驚き以外のなにものでもありませんでしたが、
著者の手は気にせずに次のステップに進んでいきます。
困難に直面する困惑や恐れ、自分の技術への信頼と誇り、
巧く修復が完了したときの喜びがダイレクトに伝わってくる文章です。


そしてもうひとつの本書の大きなテーマは、師・アンソニーです。
アイオワ大学大学院に在籍しながら、大学付属印刷所で働いていた著者が、
一流の製本家であり書籍修復家であるアンソニーの製本講座を受講し、
その楽しさにのめりこんでいくところから話は始まり、
やがてアンソニーに弟子入りすることに。
昔ながらの徒弟制度で育った職人アンソニーとしては初めての女弟子だった著者は、
大学図書館の保存修復部の職員として、アンソニーの指導を受けていたのですが、
僅か1年でアンソニーは帰らぬ人となってしまうのです。
このアンソニーの人柄や教えを丁寧に描いた前半を読んでいると、
これが作り物のお話で、アンソニーは本当は亡くなってなどいなければいいのにと
彼の死に無念さに胸が痛みます。全編を通して著者の、師への敬慕の念と
その意思を受け継いでいく決意が強く感じられました。


本書の内容は1980年代のもので、現在の技術とは少し
事情が変わっているということはあるようですが、
概略は変わっていないと思います。現代との時間差は
直す対象の作られた時代との隔たりの中では小さなものですから。
人間1人が生きられる時代を何人分も乗り越えてきて
昔に確かに生きた人間が作り遺していった古書。
これを次の世代へ、昔の形のままに受け継いでいこうという、
どこか静かな宗教家を思わせる古書修復家の世界を垣間見られる1冊です。




「湯船の中でも、スパゲッティを食べながらでも読めて、  しかもページを傷めないんだ。」           そして私をじっと見つめ、にやりとした。       「でもそんなことはしないね!」            (ウィリアム・アンソニー) 貴重本に新しい製本法を試みて。
テーマ : 古書修復
語り口 : 1人称
ジャンル : エッセイ
対 象 : 一般〜書籍関係者向け
雰囲気 : 感動系、専門的
扉写真 : John Van Allen
装丁 : 東 幸央

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★+
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP
217. 「本当は知らない 薬屋探偵妖綺談」     高里 椎奈
2005.12.24 長編 290P 820円 2001年8月発行 講談社ノベルス ★★★★★
薬屋3人組とシャドウが大量失踪事件を追う

<100字紹介>
 「退屈凌ぎではない、映画の様な人生を」。
  このメールを受け取りネット上から消えた8人の謎を追うシャドウ。
  病院から失踪した11人を調査する座木とリベザル。
  4人の惨殺事件を捜査する高遠と葉山。事件の行方は… (100字)


高里椎奈の「薬屋探偵」シリーズの第7作です。

シリーズの簡単な説明を。
とある街の一角、まるでそこだけ時にとり残されたかのような「深山木薬店」。
そこには澄んだ美貌の少年・深山木秋(しかし性格は小悪魔!?)、
優しげな青年・座木(イギリス紳士なやわらかい性格のおにーさん)、
2人を師と兄と仰ぐ男の子・リベザル(元気いっぱいだけど傷つきやすい)
…の3人が営む「何でも調合する」あやしげな薬屋さん。
でも裏家業は妖怪専門のごたごた片付け屋さん。
何故彼らはそんなことをするのか?
妖怪が人間と平和裏に共生していくのに必要だから。
実際のところ、そんな彼ら自身が妖怪なのです。

この3人が物語の中心ですが、このシリーズでは視点移動が多く、
そのためにいわゆる「主人公」が明瞭でないこともよくあります。
作品によって、どのキャラが活躍するかが異なっているのが
このシリーズの面白いところ。
つまり、シリーズにひとりの主人公がいるわけではなく、
「主人公グループ」の中からメインが選ばれている、という感じです。

薬屋3人組以外に本作でメインキャラとして登場するのは以下の2組。

頭の回転が速いが少しとっつきにくい刑事の高遠、
前作で刑事を退職した天真爛漫の深山木秋ファンの御葉山。

ネット上の超優秀な情報屋でありハッカーでもある
電脳ユニット・シャドウの車谷エリカと道長円。


本作のメインは、特に挙げるなら座木かな…?
100字紹介で掲げた通り、3つの事件が交錯しています。
ネット上からの失踪事件はシャドウの2人+座木、
病院からの失踪事件はリベザルと座木、
惨殺事件は高遠と葉山、それに巻き込まれた友人を見守る秋。
それぞれ絡み合いながら進行していきます。


今回も、ミステリ色は強め。
でもそれ以上にオカルト色が強いかも。
シャドウが活躍するお陰からか、ネット絡みの話が多く、
こういうところがとても現代的で、
しかもそれがとてもナチュラルに描かれています。
コンピュータが得意とかそういう風ではなく、
すでに慣れきってそれが日常である若い作者が書いたことがよく分かるのです。
各章のタイトルも
「第1章 邂逅(ダウンロード)」
「第2章 変事(エラー)」
「第3章 侵食(ウイルス)」
「第4章 動揺(フリーズ)」
「第5章 具現(ラン)」
「第6章 真偽(インスペクション)」
ですからね。
その分、チャットなんてしたことないな、という人にも敷居が高いのかも。
何しろ、そういうことに対してまったく説明がありませんから。
でも今時は、それくらい当然の常識なのでしょうか。
時代は変わったなあ。(ちょっと年寄りな発言?)


シリーズ全体を通して言えることでありますが、
基本的にはストーリーテリングを主眼にしているのではなく
キャラクタ書きな感じがします。
展開よりもキャラを描くことが中心になっているのです。
女性作家だとよくあるタイプだと感じるのですが。
ついでに言うと菜の花もそういうのは大好きなので
女性に好まれる形式なのかもしれません。

そのせいもあって既作登場のキャラがどんどん通り過ぎていきます。
あとがきで著者自身もそのことに言及しています。

本書は割合不親切です。この本から読んで頂く場合でも、
ストーリー上は不都合がない造りになっております。しかし顔だけ、
または名前だけ覗かせる既刊登場の人物たちに注釈が殆どありません。

事件に直接関係のない場面で、直接関係のないキャラたちが
突然登場して、また去っていきます。
一作で完結する作品では絶対にありえない構成ですね。
「作品に無駄が多い」と評論家に駄目だしされてしまう典型です。

しかし、そういうところこそ、読者の中のキャラの輪郭を
はっきりさせることが出来る楽しみもあります。
勿論、事件に関係あるシチュエーションで描きこめるなら
その方が「無駄のない物語」になるわけですが…。
まあ、これに反論できる方法を1つだけ菜の花は知っています。
いわゆる「ファンサービス」ってやつです(笑)。
だってー、シリーズ通しての読者だったら、
こういうときに思わずにやり、でしょ?でしょ?ねえ?
もしかしてこういうのを「きゃらもえ」ってゆーんだろーか。
寡聞にしてそういう言葉の正しい定義は知らないのですが。ほほほ。


ちなみに注意事項は純粋ミステリを期待して読んではいけませんってこと。
本作はオカルトファンタジーですからね!




菜の花の一押しキャラ…座木 道長&エリカも捨てがたい名コンビだけど。 「ムカつく奴は、一番幸せな時に地獄の底まで叩き落す作戦ね。  犯人の方と気が合いそうだわ」               「エリカちゃん、鬼だね」                  (車谷エリカ、道長円)
主人公 : 薬屋3人
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルトファンタジー
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : ライトノベル、ミステリ色強し
ブックデザイン : 熊谷 博人
カバーイラスト : 斉藤 昭 (Veia)

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
218. 「ミニチュア庭園鉄道 欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線の昼下がり」     森 博嗣
2005.12.28 エッセイ 250P 1300円 2003年7月発行 中公新書ラクレ ★★★★★
サイト公開された森博嗣宅庭園鉄道レポート


<100字紹介>
 簡単でいい加減ででもちょっと可愛い庭園鉄道
  「欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線」。オーナの思い入れと
  地道な工作が、その発展を支えている。
  人生を楽しむ作家・森博嗣がHPで綴ったレポート。
  写真満載、オールカラー単行本 (100字)


前作「アンチハウス」から1ヶ月のスパンで
同じ出版社から発行されたエッセイ。
「アンチハウス」ではガレージ建設をテーマにしていましたが、
こちらは鉄道模型がテーマ。しかしどちらも「創作系」です。
作るものがちょっと変わっただけ。
時期的には重なるところもあります。
ガレージ建設は大きな工事なので、
計画・設計部分が著者の最も大きな「創作」
だったわけですが、こちらは完全に「自分の工作」。
実際に自分の手を動かすようなものづくりを大いに愉しみ、
存分に遊ぶ著者の姿が目に浮かぶようなエッセイです。

携帯電話のカメラで撮ったような小さくて可愛い写真が満載されており
ホームページをそのまま本にしたような、ちょっと現代的なレイアウト。
フルカラーで、このページ数で、この値段は安いかも。
大きな写真はサイトに掲載されているようです。
著者の既刊の日記本や「浮遊研究室」と同様、
本作の内容も多くが、森博嗣の公式サイトに公開されているからです。
基本的には「近況報告」のような形である程度まとまった現状が書かれ、
時々、2−3ページの短いエッセイが入ります。

比較的不親切だな、と思ったのは庭園鉄道を俯瞰できる全容の絵
(見取り図のようなもの)がないために、「松の木が」とか
「トラス鉄橋が」と言われてもその位置関係がぴんとこないこと。
後半の方で、1周したときの風景写真が出てきて、
ようやく納得しました。まあ、1冊のうちに納得できるならいいのかも。


菜の花には鉄道模型の趣味はありませんが、
これを読んでいるとちょっとだけやってみたいかも、
などと思ってしまいました。鉄道模型が可愛い、というのもあるけれど
作ることの愉しさを力いっぱい、見せ付けられたような気持ちになるのです。
著者に言わせれば「自慢」するためのHPですが
誰かに褒めてもらいたい、とか買ってもらいたいとか、
そういう押し付けがましい気持ちはなく、
純粋に「自分が楽しんでいる」のが清々しい1冊です。



テーマ : 鉄道模型
語り口 : サイト公開のレポート形式
ジャンル : エッセイ
対 象 : 一般〜軽度マニア向け
雰囲気 : よみもの
装幀 : 中央公論新社デザイン室

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★+★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
219. 「4000年のアリバイ回廊」    柄刀 一
2005.12.29 長編 542P 781円 1999年7月光文社
2002年9月発行
光文社文庫 ★★★★★
注目の縄文遺跡発掘主任の遺体、深海で発見


<100字紹介>
 室戸沖千mの深海で発見された他殺体は、
  日本中が注目する縄文遺跡の発掘主任だった!
  産廃処理施設建設問題が殺人の動機と疑われるが…。
  一方、遺跡からも不可思議な発見が。
  現代と古代の謎が交錯する、壮大な物語! (100字)


タイトルからして、柄刀氏のデビュー作「3000年の密室」と
つながりがありそうですよね。実際に共通キャラがいます。
骨考古学教授の川久保せんせーです。
だからと言って、主人公というわけでもありません。
「3000年」では若手女性研究者が主人公でしたし、
本作には特定の主人公はいないように見えます。
しかし、続編的位置づけであるのは間違いないようで、
色々と類似点および対比点があります。

まず、タイトルは誰でも分かる類似です。
しかし1000年、遡っていますね?
更なる深遠に向かう著者の姿が垣間見えるようですね(笑)。
そしてどちらも考古学的な要素が大変強いミステリです。
過去と現在の謎が交錯しながら進んでいく、という点が
同様の構造になっています。
謎は、2作目になって更に深まり、複雑になりました。
「3000年」で発見されたのは「山奥」の縄文遺跡で、
1体のミイラが謎を投げかけていました。
「4000年」では火山噴火によって滅亡したムラが
約20人もの住民たちの姿とともに発見されました。
このムラは、「海」に強いつながりを持つと言われています。
さらにこの夥しい住民たちのDNAが復元され、
その上彼らの直系の子孫を、現在の日本人から探す、という
話題性抜群な試みまでやってみせていて、
思わず読者に「ええ!?」と体をのり出させてくれます。

現在の謎に関しては、前作では中盤以降で登場する、という遅さでしたが、
本作は冒頭にいきなり、遺体が発見されます。
しかも、深さ千メートルの深海から…。いや、よく見つけたものです。
というわけで、第1章からどんどん進出してくる刑事さん。
しかもちゃっかり時刻表まで掲載してくれて、
細かいアリバイ確認をしていきます。本当に細かいのですよ!
いや、性格なのかな、著者の。
過去の謎にも、本当に細かい描写が頻出ですから。

そんなわけで、本作はよく言えば大変緻密で知的。
悪く言うなら無駄に細かくて、理屈っぽい。
評価は分かれるところかも。
あまり文章を読み慣れない読者には絶対にお勧めできません。
ハードル、高すぎですね。
とにかく細かいの大好き、パズルも好き!という方、
そんなあなたは是非お試しあれ。
また、考古学好きもウエルカム!ですね。


ところで視点中心が変わると、突然がらりと
ジャンルが変わるように見えることがありました。
ラストとか…、うーん、びっくりしましたね。
柄刀氏はやっぱり、ロマンチストなのでしょう。ええ。



菜の花の一押しキャラ…川久保 成輔 こんなせんせー、いいな。 「素晴らしい…」(エイモス=ディッペンバウアー) 心からのことばは、美しい。
主人公 : 特になし
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 考古学分野にマニアック
解 説 : 鷹城 宏
カバーデザイン : 櫻舎

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録