よみもののきろく

(2005年10月…184-191) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2005年10月の総評

今月の読了冊数は8。今年の3月以降で一桁だったのは初かも。
やはり1冊紛れ込んでいた大作のせいでしょうか。
長編4冊、短・中編1冊、その他3冊。
小説の割合が低いかも。

しかも全部、別著者です。つまり8人の著者の8つの作品を読んだと。
これは初めてかもしれません。偏り読書な菜の花はいつも
あえて同じ著者の本を2冊続けないようにして読んではいますが、
最終的には同じような著者の本が並んでしまうのです。
今月は冊数が少ないせいもありますが、珍しいこと尽くしですね。

さて内容。
今月は殆ど評価に差のない作品ばかりでした。
なんと★4つをつけた作品もなければ、★2つの作品もなかったのです!
これはすごいかも。
さてその中で菜の花的2005年10月のベストは

「イエスを愛した女 聖書外典:マグダラのマリア」 トーマス,G (評点 3.5)
「DNA鑑定のはなし」                 福島 弘文  (評点 3.5)
「黄色い目をした猫の幸せ 薬屋探偵妖綺談」       高里 椎奈  (評点 3.5)


この3作をあげておきます。

「イエスを愛した女」は直前に旧約・新約聖書の小説版を読んだりして
やけに聖書づいていた菜の花がもっと聖書の世界観に浸りたくて読んだ作品。
小説風な名前がついていて、マリアを主軸に描いた恋愛小説っぽいタイトルですが、
中身は真面目で堅い「聖書とユダヤ民族の壮大な歴史書」です。

「DNA鑑定のはなし」は専門用語頻出ですが、基本的に平易な科学系よみもの。
実際の鑑定例がたっぷりと盛り込まれているので用語が分からなくても
十分楽しめます。特にミステリ大好きな人には、絶対おすすめ。

「黄色い目をした猫の幸せ」は高里椎奈の「薬屋シリーズ」第2作。
文章の技術的には発展途上の感が否めませんが、
方向性は前作よりもミステリの方向に傾いているようで、
それでいてヤングアダルトな雰囲気も手放さないぞ!という
若々しい気合いを感じられる1冊。


以下、評価順に…と思ったら全部同点でした。読了順に並べましょう。

「R.P.G」        宮部みゆき     (評点3.0)
「議論の余地しかない」    森 博嗣       (評点3.0)
「ネクロマンサーは修行中!」 椹野道流      (評点3.0)
「ロシア紅茶の謎」       有栖川有栖     (評点3.0)
「子ども図書館をつくる」    杉岡 和弘      (評点3.0)

「R.P.G」はネットを扱った、舞台劇風ミステリ。
ネット系の話としては比較的早い時期に出版されています。
構成が特殊で、この試みがいかにも宮部みゆきらしい1冊。

「議論の余地しかない」は森博嗣の写真&メッセージ集第2弾。
森博嗣自身が撮影した写真に、既刊の小説からの短い抜粋と
書き下ろしメッセージが入っています。
前作より、写真撮影の腕前が上がったなあ、という感じ。

「ネクロマンサーは修行中!」はネクロマンサーシリーズ第2作。
異世界のオカルトファンタジーです。
新しいキャラが顔見せしたりするとても平和な続巻。

「ロシア紅茶の謎」は有栖川有栖の「国名シリーズ」で
記念すべき第1作。ミステリ短編集です。
火村&アリスの絶妙コンビの活躍が楽しい作品。

「子ども図書館をつくる」は、兵庫県香寺町立図書館の建設前夜のエッセイ。
大阪府枚方市立図書館の児童担当職員だった著者が、
これから建てる町立図書館の館長に抜擢され、
その建設のために駆け回った記録。図書館関係者には大変為になる1冊。


以上、今月の読書の俯瞰でした。








184. 「ポピュラー・サイエンス DNA鑑定のはなし −犯罪捜査から親子鑑定まで−」     福島 弘文
2005.10.01 科学 130P 1500円 2003年3月発行 裳華房 ★★★+
DNA鑑定の基礎から鑑定例まで易しく解説

よみもののきろくでは初登場かも?な裳華房さんの本。
裳華房は、うちの学科の教科書なんかだとよく聞く出版社ですが、
そういう系統の本ばかり出しているのかしら?
どうでもいいですが、裳華房が「しょうかぼう」と読むことに、
今回初めて気付きました。「そうかぼう」だと思ってた!しまった!!

<100字ブックトーク>
 DNA鑑定って何だろう?どうやってやるのかな?と思ったら読んでみよう。
  予備知識のある人は専門的な概要を、
  ない人も鑑定例を交えてDNA鑑定の雰囲気を味わえる。
  刑事事件に関する法医学者の視点が新鮮な1冊。 (100字)


というわけで、平易な科学系よみものです。
なかなか面白い構成でして結構、専門用語頻出です。
一方で実際の鑑定例がふんだんに盛り込まれており
(いやむしろそちらがメインくらいの勢いで)、
「よみもの」としてのウエイトも高くなっています。

つまり、専門用語がある程度分かって、ついていける人には
専門的な概要を知ることが出来るでしょう。
だからと言って、まったく予備知識がなく、言葉がわかんない!
という人でも、この本はよみものとして十分、興味深くなっています。
どんな読者を相手にしても、
その人のレベルに合わせた読み方が出来る構成になっているのですね。
面白い、面白い。
ちなみに菜の花は中級レベルってとこですね。
全部は分からないけど、まあまあ分かる、ってとこで。
一応、バイオ系もやってる研究室の子だしなー。

しかし、それにもましてお勧めしたい相手がいます。
それは…、推理小説まにあな方々へ!
この本には法医学者のネタがいっぱい詰まってます!
これからのハイテク捜査には欠かせないDNA鑑定も分かっちゃうし、
刑事事件に関する話題も、「お!そうなんだ!」みたいな
楽しげな発見をもたらす可能性もありです。

…まあ、本っ気で完っ全にマニアな人だったら、
これくらいは知ってるかもしれませんが…。
(菜の花は十分面白かったですけど。)
例えば?そうですね…、ああ、あれ!

日本では、頭部のある遺体じゃないとその個人の死として認められないらしいです。
つまりバラバラ死体が見つかったとき、頭部以外の一部が発見されて、
DNA鑑定で個人が特定できたとしても、それはその人の死亡にならない。
まあ、確かに腕1本くらい落ちてても、持ち主が死んでいるかどうかは
ちょっと分からないかもしれないですけどね。
でも、本作の中で出てきた実際の例はなかなか凄かったです。
背骨の白骨が見つかって、DNA鑑定で被害者が判明したんだとか。
それでもその人の死にはならないのですって。
えー!!!背骨なしで生きられる人間がいるかいな!
ったく、お役所仕事だねー、融通が利かない法律だ!…みたいな。


なかなか興味深い1冊でした。




主人公 : −
語り口 : −
ジャンル : 科学
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 専門用語も頻出だが易しい

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP
185. 「R.P.G ロール・プレーイング・ゲーム」     宮部みゆき
2005.10.02 長編 306P 476円 2001年8月発行 集英社文庫 ★★★★★
被害者はネット上の擬似家族!舞台劇風推理

R.P.Gですって。
そういえば、宮部氏は自称・ゲーマーなんだそうですよ。

<100字ブックトーク>
 ネット上の擬似家族の「お父さん」が刺殺された。
  家族の絆とは癒しなのか?呪縛なのか?
  舞台劇のように、時間と空間を限定した長編現代ミステリー。
  R.P.Gのタイトルの意味が解るとき、事件の真相が見えてくる… (100字)


RPG、つまりロールプレイングゲームについては冒頭に説明があります。
以下、抜書き。

ロール・プレーイング (Role-playing)
 実際の場面を想定し、さまざまな役割を演じさせて、
  問題の解決法を会得させる学習法。役割実習法。

…だそうです。
まあ一般に、RPGというのはゲームコーナーに行くと
必ずと言っていいほど置いてあるわけで、
ゲーム世代な我々にとってはなかなか馴染み深い言葉であります。


事件は、ネット上で擬似家族ごっこをしていた
「お父さん」役の中年男性が殺されることで始まります。
ところどころに挿入される、彼ら擬似家族
「お父さん」「お母さん」「カズミ」「ミノル」の
メールや掲示板の書き込み内容。
微笑ましいようなそのやり取りはやがて、
実際に彼らが目の前に登場したとき、
また別の感慨をもって読者に迎えられることでしょう。

ネットの世界を扱った、この手のお話は最近、
よく見かけるようになってきました。
しかし4年前の発行である本書は、
比較的早い時期での登場ということになるでしょうか。
ネット+RPGというこの組み合わせ。
宮部みゆきらしい感じはします。

宮部らしいといえば、全体の構成も宮部みゆきらしさが漂っています。
どのように「らしい」のかと言いますと、この奇妙な構成自体が、です。
事件は時間的な広がりを持っているはずですが、
リアルタイムで語られていく物語は大変、短い時間で、
空間的にも非常に狭い領域であります。
また、刑事たちには事件の真相が物語の最初から
殆ど見えていると言ってもよいような雰囲気があります。
分かっていないのは犯人と、読者だけ。
やや特殊な構成、またきめ細かい描写や設定で直接事件と関係ない周辺を
丁寧に描く(人によっては冗長とも受け取られるようですが…)
というこの特徴、他に似た作品をあげるとすれば
直木賞を受賞した、同じく宮部みゆきの「理由」が近いかと思います。
まあこれらの特徴は、多かれ少なかれ宮部作品に見られる傾向だとは思いますが。


しかしこのタイトル、絶妙ですね。
事件も構成もRPGですよ?
このあたりの意味、お読み頂ければ分かると思いますが、
ここでばらしちゃおしまいだね!ってところです。
是非、この言葉の意味を知りたい!という方は、
読んで下さい、作品を。





菜の花の一押しキャラ…淵上 美紀恵 しゃんとした、美人なイメージ。 「(中本さん)(お見事でした)」(石津 ちか子)
主人公 : 武上 悦郎
語り口 : 3人称
ジャンル : 現代ミステリ
対 象 : 一般
雰囲気 : 現代もの、舞台劇風

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★+

総合評価 : ★★★★★
付録・宮部みゆき著作リスト よみもののきろくTOPへ
186. 「議論の余地しかない」     森 博嗣
2005.10.07 写真集 114P 1100円 2002年12月発行 PHP研究所 ★★★★★
森博嗣の写真&小説&メッセージ集第2弾!

「君の夢僕の思考」に続く、写真集第2弾です。

<100字ブックトーク>
 もっとも難しいことは、何事に対しても、幾つになっても、
  素直でいつづけることではないだろうか?
  忘れた「時間」と「気持ち」を思い出す、
  60点の写真作品と著者の小説からの抜粋文に、
  書き下ろしメッセージつき。 (100字)

前作と写真の方向性が少し違うかな、という感じです。
人工物が多いのかな?アイテムアップとか。
「写真が物を言い出す」感は前作を上回ってます。
煽り文句にもある通り確かに、どことなく懐かしさを感じる、かな。
明るいんだけど、暗い、というか。ああ、翳があるのかな。
というか影をつけてるのかな。うん、そうです。
写真の素人の菜の花が言うのも僭越ですが(でも言う)、
陰影の付け方が巧い!ってところでしょう、きっと。

写真がレベルアップしてその分、
デザインとか文章が少し影が薄くなったかも?
変わってないんですけどね、デザイン。
前作を見たときの「うわっ、いいね!」って感動が少し割り引き中。
単に見慣れちゃったせいかもしれないですが…。
いわゆる、2番煎じな気分…ってやつなのでしょうか。

そして文章。
うーん、文章は前作の方がインパクトがあったかな。
すごくいい文章が抜き書きされていたんですよ!
本作も別に悪いとは言いませんけど、ね。

全体として、どことなく「げーじゅつ目指した感じ」な前作とは違い、
「懐かしさ」とか、何と言うかね、そうですね、
「親しみやすさ」に方向転換しているように感じました。
写真のバラエティも増えた気がします。
幅が広がったのに、見据える方向性は絞られて見やすくなった、というかね。
そんなところでしょうか。




主人公 : −
語り口 : −
ジャンル : 写真集
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 懐かしい感じ

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
187. 「黄色い目をした猫の幸せ 薬屋探偵妖綺談」     高里 椎奈
2005.10.12 長編 316P 840円 1999年7月発行 講談社ノベルス ★★★+
深山木薬店の3人がバラバラ事件に挑む第2弾

さてさて、高里椎奈、2作目です。
これでこの作家の方向性が見えてくるでしょうか?

<100字ブックトーク>
 ゴミ集積場で見付かった大き目の段ボール箱の中から、
  首も手足も切り落とされた、血塗れの子どもの遺体が発見された。
  恐怖の事件に挑むお馴染み「深山木薬店」の3人と、
  彼らに目をつけた刑事たちの視点で謎に迫る! (100字)

前が雪の密室殺人(超ベタやー)で、今回はバラバラ殺人事件。
前作同様、ミステリ路線目指し中、って感じです。
だけど、雰囲気はやっぱりライトノベル!
読みやすいよ!でも、前作よりミステリ度アップですよ!

語り口は3人称で、視点はぽんぽんと飛びます。
下のデータ集では場所の都合上、3人+刑事としか書いてませんが…、
実際は、深山木秋、座木、リベザル、御葉山、高遠三次が主で、
更に他のキャラたちも次々に視点中心として登場。
どのキャラも、独立してこの世界で生きているんだ、ということを
感じさせてくれる語り方です。世界が立体的になりますね。
しかも、「だーっ!それは違うでしょー!!」とか思わず叫びたくなるような
勘違いとか、行き違いとか、たっくさんありますしね。面白いね。

しかしまだ、リベザル辺りの描き方にぎこちなさを感じます。
前作ほどではないかな。もう一歩、といったところでしょうか。

深山木秋と刑事のやりとりがなかなか面白く描かれています。
これで、ミステリ色が濃くなったように思いますね。
刑事たちのキャラもいい。

勿論、主人公格の3人、深山木秋、座木、リベザルもいい味出してます。
彼らが、ヤングアダルト色を出しまくってくれていますね。
少し、魔術師風の掟破りっぽい感じが本作では出ていますけど、
まあミステリとしての雰囲気を壊すほどのものではないので
ヤングアダルト小説として容認しましょう、ね、ね。


何となく方向性がミステリの方向に傾いているようで、
それでいてヤングアダルトな雰囲気も手放さないぞ!という気合いを感じられ
なかなか菜の花の好みっぽい感じでありますよ?
これは是非、コンプしなくては!…って思う菜の花なのでありました。




菜の花の一押しキャラ…高遠 三次 秋に実力を認められる人間キャラ。 「だから明るくポップに話しただろ?」 「明るくてポップな殺人事件って…」  (深山木 秋、リベザル)
主人公 : 3人+刑事
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルト風ミステリ
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : ライトノベル

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
188. 「イエスを愛した女 聖書外典:マグダラのマリア」     ゴードン・トーマス / 柴田都志子・田辺希久子:訳
2005.10.15 長編 378P 1900円 1999年4月発行 光文社 ★★★+
聖書とユダヤ民族の壮大な歴史書!

「小説「聖書」」を読んでから、ちょっと聖書づいてる菜の花です。
しかし、この手の本って本当に読みづらい!
これも読了にめちゃくちゃ時間かけてます。
お陰様で今月もやたら読了数が少ない…。
まあ、それだけ濃い内容だ、ってことでしょう。

<100字ブックトーク>
 娼婦から聖女へ、劇的な変貌を遂げたマグダラのマリアを中心に、
  イスラエルの風土を知り尽くした著者が、
  正典福音書と古代教会が排除した文書、
  ユダヤ教文献を参考に集大成した、聖書とユダヤ民族の壮大な歴史書。 (99字)


タイトルからすると、ばりばり「マグダラのマリア」ばかり
描きまくってるのか、と思われるかもしれませんが、
そうでもありません。むしろ20字紹介の通り
「歴史書」感が強い感じです。

邦訳版なので実際の原作の「ノリ」はよく分かりませんが、
描き方としては、他の作家でいうと司馬遼太郎に近い雰囲気を感じます。
丹念に資料に当たり、単なる想像ではなく根拠ある「推測」によって、
人々をとりまく事物を描写し、
「役者」が演技をするための「舞台セット」を丁寧に並べていくような。


T部「背景」は、プロローグ。独自の「マグダラのマリア考」を展開し、
その信念に基づいてこの作品を編み上げたことを高らかに宣言します。

U部「宣教」より実際の物語の準備として、まず舞台に「洗礼者ヨハネ」
「マグダラのマリア」「大祭司カイアファ」そして「イエス」のための
過去、背景、現在の状況といった大道具をセッティング、
この部の最終章でようやく、マリアとイエスは出会います。

V部「多難」ではイエスが十字架へ向かっていく様を、
マリアの付き従うイエスの説教が通奏低音のように流れる中、
ガリラヤ領主ヘロデ・アンティパス、
ユダヤ大祭司ヨセフ・カイアファ、
ローマからやってきたユダヤ総督ポンティオ・ピラトなど
権力者たちが次々と舞台に立ち、
時に高く時に低く、個々の事情を明かしていくという構造です。

W部「審判」はその名の通り、ユダの裏切りやイエスの裁判と処刑の章。
ただでさえ高まる緊張感の中、ピラトの妻でありローマ皇帝の孫娘という
大変高い身分の女性・クラウディア・プロクラが何とイエスを擁護、
それによりますますピラト夫妻の溝が深まるとか、
最高法院の議員であるニコデモが単身、イエスの元を訪れ、
その教えに共感してカイアファの開いた会議でやはりイエスを擁護、
それにより神殿勢力の意見が割れる、といった、
V部で踊っていた人々の、それぞれの思惑に対立する勢力が出現して
緊張感をさらに高めていきます。そして、雪崩れ込む最後の審判。


それぞれの場面が本当に丁寧に描かれています。
まるでひとつひとつの小道具を、いとおしみながら磨き上げ、
他のスタッフの目の前に次々と置いていく小道具係のように、
著者は資料の中から拾い上げた古道具を並べ立てていくのです。


情緒に流されることなく、これだけの物語をきっちり描き上げているのは
なかなか素敵なことだなあと思いました。
きっと著者は敬虔なキリスト教徒で
強い信念の元、この物語を作り上げていったのでしょう。

しかし、キリスト教は、女性蔑視の風潮が強いのですね。
あまりよく知りませんでした。
それについて、T部、X部「伝承」で、強く訴えているのも本作の特徴。
元々歴史的なものも知らなければ、
キリスト教自体になじみの少ない菜の花のような者の目から見ると、
本作を読めば「何故?」と思ってしまいますが、
きっと幼い頃から「こうだよ」と教え込まれてきた敬虔なクリスチャンには
幾らこの本に叫ばれたって「これが常識」と一蹴されてしまうのかもしれません。
人間って、やっぱり頑なですから。
そういえば、前ローマ法王さまの女性観もそういうものだったと
亡くなったときのニュースで聞いたような気も致します。
とても偉大な方で、人々の尊敬を一身に集めた偉大な法王だったそうですが、
それが歴史の重みってものなのでしょうか。






「この子は、イスラエルの多くの人を            倒したり立ち上がらせたりするためにと定められています。」 (シメオン)
主人公 : マリア中心
語り口 : 3人称
ジャンル : 歴史書
対 象 : 一般
雰囲気 : 時代考証的

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★
展 開 : ★★★+
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOPへ
189. 「ネクロマンサー・ポルカ ネクロマンサーは修行中!」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.10.16 中編 212P 486円 2004年2月発行 小学館パレット文庫 ★★★★★
異界に転生した敬太が、ローグ家の新当主に

椹野道流のファンタジー第2弾です。

<100字ブックトーク>
 ごく普通の高校生・村上敬太はプールで溺死、
  中世ヨーロッパ調の異界でネクロマンサー一族の一人息子の身体に転生した。
  ローグ家当主が逝去し、修行中の身ながらも新当主として立つ!
  やんちゃな彼と異世界を楽しもう (100字)

このシリーズで…いや、このシリーズに限らずふしの作品では、
と言うべきか…、とにかく一番、「こりゃ困る!」と言いたいことがあります。
それはですね、「おなかすいてるときに読めないじゃないか!」。

もう、料理登場率が高いんですよねー、しかもそれはそれは
おいしそうなものばかり登場するんですからたちが悪い。
冒頭の朝食からして、ごくふつーの食事のはずなのに
「香ばしいパンを噛みしめ」なーんて出てくるのです。
単なるパンを食べてるんじゃないんですよ、
「香ばしいパン」を、「噛みしめ」ちゃうんです。
しかもその直前ではパン屋について説明が入るのです。
パン屋さんの焼きたてパン。
それに「やわらかく煮た桃」なんかを付け合わせに…。
ああ、もう、おなかすく!
一応、続き物なので様々な状況説明が入るのですが、
こんな素敵な朝食を食べながらの進行です。
行間で「濃いミルクをたっぷり入れたタンポポのお茶」なんかも飲んでたり。

もちろん、ほんの一例です。今回はお菓子もちょくちょく出てきたかな。
何がうまいかって、こんな食べ物をさりげなく、
語りの中で小道具として使うところ。ああ、もう、やられちゃうな。


全体としては、平和な続巻、といった雰囲気。
まあ、新しいキャラが登場したり?
前作でちらっと顔見せだけしたキャラがあらためて登場したり?
脇役が過去を語ってみたり?…まあ、色々あるわけですが、
展開としてはごく平凡な感じです。
ひるがえせば、安心感のある、ゆったりした流れと言えますかね。





菜の花の一押しキャラ…ロータ・リムラ サトちゃんとのコンビがさいこーです。 「気持ちよく自己完結して去ろうとするな、馬鹿者」(レイヴン・リュシェイ) 呼び止められた方はさぞ不本意だったことでしょう。
主人公 : 村上 敬他(ジャスパー・ローグ)
語り口 : 3人称
ジャンル : 異世界ファンタジー
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : 中世ヨーロッパ調、オカルト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
190. 「ロシア紅茶の謎」     有栖川 有栖
2005.10.20 短編集 338P 543円 1994年8月講談社ノベルス
1997年7月発行
講談社文庫 ★★★★★
国名シリーズ第1弾。火村&有栖川の短編集

国名シリーズの記念すべき第1作品集です。
火村&アリスの絶妙(微妙!?)コンビの短編集。


●「動物園の暗号」
 動物園の猿山で、夜間飼育係の遺体が発見された。
  被害者はパズルマニアで自作の暗号を握り締めていた。
  暗号が犯人を指し示しているらしいのだが…。
  
 <解説>
 ダイイングメッセージが暗号!
  しかも飼育係らしい、生き物の名前が並ぶ奇妙なパズル。
  事件を愉しむミステリというより、パズル遊びがメインの一作。
  残念ながら、解答を見ても菜の花には解ける気がしませんでした。
  どんなマニアックなダイイングメッセージだよ!
  と思わずツッコミを入れたくなりますね(苦笑)。

 評定:★★★★★



●「屋根裏の散歩者」
 若い女性ばかり狙う、変質者の連続通り魔事件が続く中、
  アパートの大家をしている老人が殺された。
  動機は老人の日記から、彼のアパートの住人のひとりが
  通り魔だったと知ったためではないか、と考えられた。
  5人の住人のうち、誰が犯人で通り魔なのか!?

 解説
 何とアパートの大家さんの趣味は店子たちの生活を覗くこと。
  しかも屋根裏から。それを日記につけていたのですが、
  5人の住人のうち1人が通り魔だと気付いてしまい殺されます。
  しかしこの日記、5人の住人を実名ではなく
  「大」「太」「く」「ト」「I」という不思議な符丁で表しています。
  この符丁の意味が分かるとき、きっとにやりとするでしょう。
  しかも実はダイイングメッセージもあった、というのが
  最後にさらりと明かされます。
  リアリティを削ぎ、パズルミステリらしさを追及した作品。
  
  評定:★★★★★
  


●「赤い稲妻」
 雨の夜、2人の女が死んだ。1人は自宅マンションから落ちて、
  もう1人は踏み切りで脱輪した車ごと電車にはねられて。
  無関係そうな2つの事件だが、2人はある男の妻と愛人だった!

 解説
 マンションからの転落死は開放密室。
  目撃者として火村助教授の学生さんが登場し
  「バルコニーには二人の人間がいた」と証言しますが
  玄関は施錠されていて、もしも第2の人間が存在し、
  被害者を突き落としたとしたら、犯人がどこへ消えたか?
  という大問題が残るという状況。
  これは思いつきそうで思いつかないかもしれません。
  なかなか面白い真相でしょう。
  勿論、最後にユーモアも忘れません。
  
  評定:★★★★



●「ルーンの導き」
 被害者はルーン文字の書かれた占い用の石を握って死んでいた。
  山の中のログハウスには外部から侵入した形跡はない。
  英都大学の同僚であるジョージ・ウルフにログハウスから
  助けを求められた火村が事件に取り組む。
  
 解説
 ダイイングメッセージものです。
  ルーンが書かれているなんて、
  いかにもなメッセージのようですが、さて?
  ダイイングメッセージはちょっと難しすぎる、
  という感じですが、火村が気付き「これで事件は終わり」
  と言った、関係者の証言の中の「不可解な点」は
  きっちりと読めば分かるはず!なフェアプレイです。
  また国名シリーズにふさわしく(?)
  とても国際色豊かな関係者の面々の作品でもあります。
  
  評定:★★★★★



●「ロシア紅茶の謎」
 忘年会として行なわれたホームパーティーの席で
  新進の売れっ子作詞家がロシア紅茶に仕込まれた青酸カリで
  毒殺された。だが居合わせた誰ひとり毒を入れることが
  出来た者がいないという。
  
 解説
 とてもミステリ小説らしい、トリックかもしれません。
  火村曰く「奇抜」なこのトリック、もしも実際に
  やってみせる人がいたら驚きです。

  評定:★★★★★



●「八角形の罠」
  有栖川有栖原案の劇が上演されることになった。
  しかしそのゲネプロの日、練習室で役者が殺された。
  警察がかけつけたあと、何と今度は火村とアリスの目の前で
  第2の殺人が起こる!全員にアリバイがある中、
  叩きつけられる「読者への挑戦状」!
  さて、あなたはその真相が解けるだろうか?
  
  解説
 読者への挑戦状ですよ。ついに出ましたね。
  本作は1993年に尼崎市アルカイックホール・オクトの
  オープニングイベントとして行なわれた「八角形の罠」という
  犯人あてゲームをノベライズ。
  (イベント原案も有栖川有栖)
  これ、是非イベントに参加したかったなあ、残念!
  と思ってしまう作品に仕上がっているのではないでしょうか。

  評定:★★★+




菜の花の一押しキャラ…アニマル岡田 「もちろん、象の鼾の練習をしたんですよ。」(アニマル岡田) 「それからあなたはどうしました?」と警察に訊かれて。
主人公 : 有栖川 有栖
語り口 : 1人称
ジャンル : 本格ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 関西系本格ミステリ

文 章 : ★★★+
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 有栖川有栖の著作リスト
191. 「図書館の現場4 子ども図書館をつくる」     杉岡 和弘
2005.10.22 エッセイ 210P 2400円 2005年8月発行 勁草書房 ★★★★★
兵庫県香寺町立図書館の建設前夜のエッセイ

珍しく、公共図書館の新着図書の棚から借りてきました。
図書館の勉強にもなるかなあ〜、ってことで。

<100字ブックトーク>
 大阪府枚方市立図書館の児童担当職員だった著者が、
  兵庫県香寺町立図書館の建設に関わった記録。
  計画前の情報収集から、図書館家具、
  本の選定・分類・購入、サービス計画までの
  幅広い思考を分かりやすくまとめている (100字)

町村の図書館って、こうやって出来ていくんだなあ!
と思わず言いたくなってしまいましたね。
「子ども図書館をつくる」というタイトルですが、
実際は香寺町の町立図書館(相手は子どもとは限らない)の
建設前夜のお話です。著者が元々、児童担当者のために
特に子どもをターゲットにしている感じなのでしょうか。
実際、図書館は子どもの利用率が高いのかも。


章立てがはっきりしていて、順序も分かりやすい。
元々、機関紙に連載していたものをまとめなおしたそうです。
なるほど。だから1つ1つがはっきりくっきり分かれていて
内容的にもまとまっているのですね。これは読みやすい。

情報収集やサービス目標の立て方、家具の選定、本の選定等、
確かに司書講習の教科書で読んだことがあるような内容ながらも
実践していてしかもこの図書館はすでに建設されて軌道に乗っている、
という事実の有るノンフィクションだ、というところは強いですね。
よみものとしても面白いし、色々と勉強になる1冊でした。



主人公 : −
語り口 : エッセイ
ジャンル : エッセイ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 易しい

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録