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(2005年9月…171-183) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2005年9月の総評

今月は13冊です。去年の9月は23冊を樹立していますが
(もう2度とこの記録は破ることが出来ないでしょう)
やはり読書の秋なイメージなのでしょうか。
長編6冊、短・中編3冊、その他4冊。
まあまあバランスよく読んでいますでしょうか。

椹野 道流2冊、森 博嗣2冊、その他の方々各1冊。
珍しくばらけた感じ。本当にバランス読書な月ですぞ!

さて内容。
今月は結構、良作ぞろいだった気がします。
ずば抜けて「最高!」という強い印象の作品には
出会えなかったかもしれませんが、
平均値が高く、楽しい読書が出来たかと思います。
菜の花的2005年9月のベストは

「天使の牙(上)(下)  大沢 在昌   (評点 4.0)
「小説聖書 新約編」 ワンゲリン,W (評点 4.0)

初読みで初登場の2冊です。

「天使の牙」は軽ハードボイルドのノンストップアクション。
卓越したストーリーテラーの筆致で、
アクションあり、ロマンスあり、陰謀あり、何より驚くべき仕掛けありで
持続する緊迫感が分厚い上下巻を一気に読ませてしまうパワーがあります。

「小説聖書 新約編」は菜の花にしては珍しい海外作品。
「新約聖書」の内容を小説風に、一本筋に焼き直し、
独自のスタイルで仕上げています。
多彩な人物を用いた、多角的視点から浮かび上がるイエスを
ビジュアルに描いていて、聖書を知らない読者でも
平易にその内容を知ることのできる好著です。



以下、高評価したのは

「人質カノン」        宮部みゆき     (評点3.5)
「歌わない笛」        内田康夫      (評点3.5)
「ネクロマンサーは高校生!」 椹野道流      (評点3.5)
「猫の建築家」        森博嗣・佐久間真人 (評点3.5)
「君の夢 僕の思考」      森博嗣       (評点3.5)

「人質カノン」は宮部みゆきの短編集。
ごく普通の人間の、ごく普通の日常の中の
些細な心の動きを物語らせたら
きっとこの人の右に出るものはいない!と
思わせてくれる…かも。
本短編集では「いじめ」を取り込んだ作品も多く
微妙に社会派な一面もうかがわせてくれます。

「歌わない笛」は音大移転に関わる、
政治色のあるちょっと社会派ミステリ。
お馴染み・浅見光彦シリーズの1作です。
前半は「招かれた客」の視点で事件発生から解決までが描かれ、
後半は「招かれざる客」の視点で事件の真相解明が描かれています。

「ネクロマンサーは高校生!」は椹野道流初の
異世界ファンタジー。やっぱりオカルト。
でも珍しくBL系じゃない。美少年・美青年いっぱいですが。
普通の高校生が異世界に飛ばされる王道ものですが、
主人公とともにこの世界を歩くのが大変たのしい作品です。

「猫の建築家」は森博嗣作、佐久間真人画の絵本。
日本語・英語が併記されていて、同じ内容でもそれぞれ印象が違います。
作者は何を言いたい?何を見せたいのだ?
いやむしろ、作者は何を愉しんでいるのだ?
…とページをめくるたびに絵本の世界に埋没すること請け合い。

「君の夢 僕の思考」は森博嗣の写真集。
写真と共に、森博嗣の著作からピックアップされた
厳選の引用文と、書き下ろしメッセージが挿入されています。
デザインが素敵な1冊。


さて、今月はここまでで。








171. 「殺意は幽霊館から 天才・龍之介がゆく!」     柄刀 一
2005.09.01 中編 140P 381円 2002年6月発行 祥伝社文庫 ★★★★★
容疑者の私を、IQ190の龍之介が救う!


何だか柄刀氏らしくない表紙だなあ、と。
カバーイラストは緒方剛志。
「ブギーポップ」シリーズのイラストレーターさんですね。


<100字ブックトーク>
 天地龍之介と光章、長代一美は、
  地元で幽霊館と呼ばれる廃ビルで幽霊を目撃。
  翌日、発見された死体の殺害現場は幽霊館で、
  犯行時刻は彼らが居た時刻…。
  一転、容疑者になった彼らを
  IQ190の龍之介はいかに救う? (100字)

中編小説です。
祥伝社の新しい試みって感じですかね。
売り文句は「長すぎない短すぎない中編小説の愉しみ」。
ああ、なるほどね。

正直に感想を言えば、ちょっと物足りないかなーというところ。
柄刀氏の作品は、あっさり味ですからね。
長編でもあんなにさっぱりした感じですから中編だと尚のこと、
透明スープのあっさりラーメン…、いやむしろそうめんって印象。
中編ですけど、ノリは長編風なので、
あっさり感が更に前面に出ているように思います。
その分、読みやすさは秀逸かも。特に初心者に優しいかな。
本格系は初心者にはとっつきにくいものが多いですから、
入門書としては最適かもしれません。短くて読みやすいし。


柄刀氏のデビュー作「3000年の密室」を読んだときは
その「アカデミック・ミステリ」とでも呼びたくなる作風に
恐ろしく知的で、怜悧で、きっとおかたい方だと思ったのですが、
その後「アリア系銀河鉄道」を拝読させて頂いて
そのいたずら心におもわずにやりとさせられたものでした。
本作は「アリア系」に通ずる、ちょっとおもしろ系の中編。
身近にいそうな主人公が、物語の中にいそうな恋人と
身近にはいなさそうなIQ190の従兄弟とともに謎に遭遇。
「幽霊」なんて言ってますが、読者はちゃーんと分かっているのです。
これにはトリックがあるということを。
柄刀氏がずばり、解き明かしてくれるということを。
そういう安心感のある、やっぱりインテリ系な著者なのです。
インテリ系なのに、ポップ。
なるほど、このイラストは、はまってますね。
是非、これから本格を読みたいけど、ちょっと敷居が高いなー、
という少年少女の皆様に手にとってもらいたい1冊ですね。





菜の花の一押しキャラ…三田村 学 「動機にはね、五分で判ってしまうものと、   何十日かけても判らないものがあるんですよ。」 (安藤刑事)
主人公 : 天地 光章
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : ライト、本格

文 章 : ★★+★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
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172. 「人質カノン」     宮部みゆき
2005.09.03 短編集 318P 476円 1996年文藝春秋
2001年9月発行
文春文庫 ★★★+
人の心の機微に光を当てる名手の人情短編集


今回はミステリじゃないかな?


●人質カノン
 深夜の帰宅途中、コンビニで強盗に遭遇したOLの遠山逸子。
  コンビニの店員にピストルをつきつける覆面の強盗に
  なす術もなく従う3人の人質達。その中で強盗が落としたのは
  赤ちゃんの玩具である、あひるのがらがらだった!?

 <解説>
 いきなり人質ですよー。ってか、強盗、すごすぎです。
  何を落としてるんですか、アナタ、って感じ(^ ^;)。

  なんでまた、こんなものを持っているのだ、この強盗は。
  (強盗さん、ガラガラが落ちましたよ)
  言えるわけがない。 …本文より
  
  大笑いです。でもこのおお陰で臨場感たっぷりなんです、この作品。
  深夜のコンビニで強盗に出くわすなんて比較的非現実というか
  体験したことのないような出来事が描かれているわけですが、
  それなのに、とても臨場感がある。これはやはり、
  主人公の逸子のおかげかなあと思うわけです。
  普通のOLが普通じゃない場面に出くわしたらどうなるか?
  いきなり超人になるわけじゃありません。
  やっぱり普通のOLは普通のOLのままなのです。
  そのちょっと場面とずれているとも思えるような思考や行動が、
  とてもなじみやすく、読者をその事件の場に居合わせるかのごとくに
  思わせるのだと思いますね。宮部節!(笑)
  そして、コンビニでいつも出会う、顔は知っていても名前は知らない、
  話したことだってないのに何故か親しみを感じてしまう、
  そういう不思議な関係も描いているわけですが、
  これってよく分かるなー。菜の花も昔、電車通学していた頃に、
  毎日必ず一緒に乗り合わせる会社員のおじさんがいました。
  一度だけ、話したけど結局どういう人なのかは謎のまま。
  匿名性が高い昨今、だからこそ親しみを覚える存在というのも
  あるのかもしれません。
  
 評価:★★★+



●十年計画
 その女性は「人を殺すために運転免許を取った」と言った。
  どこか不気味な「遠大なる殺人計画」。  

 <解説>
 ああっ、先入観って恐ろしい〜。菜の花、この話の本当の
  「味わい」を、解説記事を読むまで気付きませんでした。
  何だか淡々としたお話だなあって…、
  ままま、そういうことってありますわね。
  本来の楽しみは「蝋燭の灯りの下で聞くような百物語」
  みたいなものだそうです(付録の解説より)、はい。

 評価:★★+★★



●過去のない手帳
 5月病で大学に行けない青年が、電車の中で手帳を拾った。
  手帳はまっさらで、アドレス帳に唯一記されていたのは
  1人の女性の名前と住所。この女性、何と放火事件の際に
  行方不明が発覚していて…。

 <解説>
 異色ミステリ、ですね。モラトリアムのおにーさんが、
  謎だらけの失踪女性に興味を持って、その行方を追いかけていく、
  その先に待っていたものは…、というやつです。
  二人の境遇は似ていて、そして出会ったときに
  確かに交差しているのですが、また綺麗に離れていきます。
  人間と人間の関係は、近しくても交差しても、
  いつか必ず、また離れていくもの。
  でも交差が、離れたあとの行き先をほんの僅かでも、
  よりよいものにしてくれるなら、その出会いは必要だった、
  と思ってもよいのでしょうか。って、意味分からないな。

 評価:★★★★★



●八月の雪
 いじめグループから逃げる途中に交通事故にあい、
  片足を失った充は、世の中に不条理を痛感して引きこもりになる。
  そんなある日、同居していた祖父が病死し、遺品の中から
  祖父の若き日の「遺書」を見つけた。
  
 <解説>
 80年を生きてきた祖父にも若いときがあり、
  強い意志を持って乗り越えてきた時間があった…。
  それは自分の知らない祖父の姿。のんびりと老後を過ごしていた
  あの祖父の姿からは思いもよらなかった激動の時代。
  「遺書」を残すほどの事態に陥りながらも、
  ゆったりとした余生を送るところまで漕ぎ着けた人生、
  その思いはどんなものであったのだろう…?
  世の不条理を嘆き、生きる希望を失った自分にとって
  「遺書」の存在発見から一転して、
  祖父の人生は不思議でたまらないものになった…。
  
  世界の矛盾や不公平さに直面した少年が、
  それを乗り越え、「生きる」ことについて考えていく姿を描く。
  
 評価:★★★+



●過ぎたこと
 探偵事務所の調査員である「私」は、電車の中で見知った顔を見つけた。
  5年前にひどいいじめにあっていて、事務所にボディガードの依頼に
  やってきた中学生だった。親身になって話をきいた「私」だったが、
  彼が残していった名前や住所は架空のものだった。

 <解説>
 いじめをあつかった作品だが、主人公は加害者でも被害者でも、
  またそのどちらかの身内でもないし、傍観者でもない。
  まったくの無関係の人間、しかし袖触れ合うのも何かの縁、
  まさにそんなシチュエーション。
 会話が中心で、場面転換は少ない展開。この会話が秀逸。
  綺麗な論理、という言葉を思わず、思い浮かべた。
  勿論、事象観察の部分も素晴らしい。たったの数分の出来事が
  読者に5年間の空白を、大きく膨らませて想像させる内容になっている。
 短いが、まとまりが綺麗な秀作。
  
 評価:★★★★+



●生者の特権
 恋人に裏切られ、死に場所を求めて夜の町を歩いていた
  OLの田坂明子は、深夜に学校に忍び込もうとする少年に出会う。
  いじめられっこに隠されてしまった宿題を取りにきたのだという。

 <解説>
 前作同様、当事者でない人間を主人公にした、いじめを扱う作品。
  「夜の学校」の不気味さは、誰もが想像できるだろう。
  とても小さな「大冒険」を細やかな筆致で描く部分は
  背後に潜む「お化け」が今しも、飛び出してくるのではないかという
  ゆるいが切実で、どこか童心に返ってしまうような微笑ましくもある
  恐怖感を味あわせてくれる。何かを怖い、と思えることこそ、
  「生者の特権」なのかもしれないし、ましてそれを乗り越えて
  新しい明日への希望を得ることは死者には出来ないことである。
  
  評価:★★★+

  
  
●漏れる心
  売りに出していたマンションのリビングが水浸しになってしまった。
  原因は上階の大学生の部屋の配水管の故障。転勤になって一足先に
  現地に行ってしまった夫のためにも、早くマンションの買い手を
  見つけたかった主婦・照井和子は焦ってしまうが…。
  
 <解説>
 平凡な日常…とは、ちょっと言えないかな。
  でもいきなり誰かが殺された!だの、誘拐されただの、
  はたまたファンタジーな世界に飛ばされた!って訳ではないから
  やっぱりリアルな日常、なのでしょうか。
  主人公のちょっとした嫉妬心とか、見栄とか、不安とか、
  そういう心の動きが丁寧に描かれています。
  そして上の大学生一家の秘密が…。
  漏れてきた透明な水に象徴されるのは一体、何なのでしょうか?
  
  評価:★★★★★






菜の花の一押しキャラ…照井 利之 ただ、光学機器メーカーのエンジニアってところに惹かれました。 「手帳は新しく出来るけど、人間は駄目だわ」(吉屋 静子)
主人公 : −
語り口 : 1人称、3人称
ジャンル : 小説一般
対 象 : 一般
雰囲気 : 日常の中の些細な心の動き

文 章 : ★★★★
描 写 : ★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★+

総合評価 : ★★★+
付録・宮部みゆき著作リスト よみもののきろくTOPへ
173. 「絶叫城殺人事件」     有栖川 有栖
2005.09.06 短編集 418P 590円 2001年10月新潮社
2004年2月発行
新潮文庫 ★★★★★
6つの迷宮の謎に、火村&アリスが挑む!

国名シリーズじゃなくって、「建物」+「殺人事件」シリーズ?
探偵役はもちろん、火村&アリスの最強(ある意味、爆笑?)名コンビです。


●「黒烏亭殺人事件(こくちょうてい)」
 学生時代の共通の友人である天農に助けを求められ、
  火村とアリスは友人宅を訪れた。そこは黒烏亭と呼ばれる
  真っ黒な古屋敷で一昨日、古井戸から死体が発見されたばかりの
  事件現場でもあった。しかも2年前にもここで殺人事件が…。
  
 <解説>
 真っ黒のお屋敷、しかもおんぼろ。
  その上、殺人事件があったとなればもう、暗い暗い。
  しかし、それを救ってくれるのが天農の娘の真樹。
  明暗のコントラストがあって、綺麗な作風。
  事件は殆ど会話だけで解決してしまうが、
  悲劇なのかどうか…、他の人々の感想を聞きたいものです。

 評定:★★+★★



●「壷中庵殺人事件(こちゅうあん)」
 四方の壁には扉がなく、上から出入りする造りの蛸壺のような
  「壷中庵」で首吊り死体が発見された。死体は壷をかぶっており、
  どうやら他殺体のようだが、現場は密室だった。

 解説
 いわゆる、正統派の密室もの。
  分かってみれば何ということはないけれど、
  というのは密室もののトリックとしての褒め言葉かな。
  
  評定:★★★★★
  


●「月宮殿殺人事件(げつきゅうでん)」
 ホームレスが建てたという巨大な建築物を見せようと
  アリスは火村を連れて川原にやってきた。しかし、
  建物は焼け落ちており、辺りには警察官が…。

 解説
  ゴミの城が芸術に…!月の光を受けてきらめく、
  グロテスクでいてどこか懐かしさを感じるような、
  そんな不思議な建物が脳裏をよぎります。
  そしてそれが炎上することで芸術は完成されたのか…。
  悲劇の中に更に哀しみが潜んでいる本作は、
  切なくて繊細な夜のイメージを与えます。
  
  評定:★★★★★



●「雪華楼殺人事件(せっかろう)」
 建設途中で頓挫し、打ち捨てられた旅館になるはずだったはずの廃墟に
  ホームレスの男と、若い男女のカップルが住んでいた。
  ある雪の夜、カップルの男が殺された。後頭部を強打されて即死した上に
  屋上から投げ捨てられたと考えられたが、屋上の足跡は1人分しかない。
  
 解説
 開放的な空間ですが、「雪の上の足跡」で密室ものになっています。
  真相は「なんてこった!」と叫びたくなりますが、事実、
  そういう事件が起こった前例があるらしいので、
  「小説の中の世界だけのものだろう」と片付けなくとも
  何とかリアリティがあるようです
  (というか、事実は小説より奇なり、ってやつかなあと)。
  寂しく、冷たい雪の夜と、寒々とした風景描写、人物描写が、
  「雪華楼」に住んでいた3人の、それぞれの心を
  映し出しているかのようです。
  
  評定:★★★★★



●「紅雨荘殺人事件(べにさめそう)」
 映画のロケで有名になった紅雨荘。その女主人が殺された。
  彼女の3人の子供たちにはアリバイがあるが…。
  
 解説
 劇中作とも言うべき映画「風さえ知らない」。
  これがまた切なくて、この建物を象徴しているかのごとく。
  綺麗なばかりの純愛物語と、打算的な現実のコントラスト。

  評定:★★★★★



●「絶叫城殺人事件(ぜっきょうじょう)」
 「NIGHT PROWLER」(夜うろつく者)と記された小さな紙片を
  口の中に押し込まれ、次々と殺される若い女。
  残酷な無差別殺人事件の陰には、カルトなホラーゲームに
  登場するヴァーチャルな怪物が…。
  
  解説
 ホラーゲームに模して行なわれる連続殺人事件。
  リアルとヴァーチャルの重なり合いが巧みに描かれている。
  そして現出する真相は、ひどく哀しく、ひどくゆがんでいて、
  まるでゲームをクリアしてしまった後の、
  満足感にあふれていながらどこか空虚な、そんな気分だ。

  評定:★★★★




菜の花の一押しキャラ…森下刑事 「拙者が推理作家と知っての狼藉か?」(有栖川 有栖) 「私は馬鹿なことを呟いた」とは本人談。
主人公 : 有栖川 有栖
語り口 : 1人称
ジャンル : 本格ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 関西系本格ミステリ

文 章 : ★★★+
描 写 : ★★★+
展 開 : ★★★+
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 有栖川有栖の著作リスト
174. 「歌わない笛」     内田 康夫
2005.09.08 長編 248P 495円 1994年3月徳間書店
1998年9月発行
徳間文庫 ★★★+
心中事件として処理された事件を逆転する

浅見光彦シリーズです。


<100字ブックトーク>
 倉敷市の山林で夏井康子がフルートを手にした死体で発見された。
  5日後、婚約者の戸川健介の溺死体が吉井川に浮かぶ。
  警察は心中事件として処理。しかし康子のフルートの持ち手が
  逆だったことから浅見光彦が動き出す (100字)


音大移転問題にからむ、政治色のある作品。

第1章は、舞台である津山音大に招かれたヴァイオリニストの
本沢千恵子の視点で進められていきます。
千恵子は既刊である「高千穂伝説殺人事件」のヒロイン役だった模様。
本作では、登場直前にウィーンの音楽祭で銀賞を受賞し、
日本に凱旋したばかりという華やかな姿が描かれています。
しかし、その思考には浅見の影が…。やあ、光彦君はもてますな。
そんなヒロイン役が今まで何人いたことやら。
それなのに甲斐性のないおにーさまですこと(苦笑)。

千恵子はヴァイオリニストとしてすっかり有名になっていて、
しかも招かれた先は音大でありますから、
文字通り「招かれた客」であります。
こうして第1章は「招かれた客」の視点で始まるのです。
そして事件は自殺で処理され、完結します。
千恵子の心に、違和感を残したまま…。

そして2章以降は我らが浅見光彦登場。
千恵子は後方支援(?)に。
となると、第1章ですでに「自殺」で処理された事件を
あーだこーだ、勘だけで覆そうとする若造が視点な訳で
一転して「招かれざる客」の視点に切り替わる訳です。
しかも今回は、警察がまったく当てにならない。
何しろ、処理は終わっていますからね。
すでに過去の事件であって他の記者たちも当てにはできません。
助けがまったくないのは、シリーズ中でも
かなり苦しいシチュエーションだったと思います。
意外に浅見って、警察の情報網とかに頼っていたんですね。
初めて気付く、この事実。

まとまりもよい好作かと思います。



菜の花の一押しキャラ…浅見 光彦 「とんでもない。ルポライターでも食えないのに、     探偵なんかはじめたら、たちまち餓死しちゃいますよ」 (浅見 光彦)
主人公 : 浅見 光彦(、本沢 千恵子)
語り口 : 3人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 旅情あり、ややライト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★+
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP
175. 「ネクロマンサー・ポルカ ネクロマンサーは高校生!」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.09.11 中編 218P 486円 2003年10月発行 小学館パレット文庫 ★★★+
溺死した高校生・敬他がネクロマンサーに?

おやおや、椹野道流、講談社以外でついにデビュー?
しかもジャンルは初のファンタジー!?


<100字ブックトーク>
 村上敬他は高校1年生。プールの深みで足を攣って
  あっさり溺死…したはずが、目を覚ますと眼前には
  中世ヨーロッパ調の世界が広がり、
  彼も金髪碧眼の王子様的美少年に!?
  しかし、待ち構えていたのは辛い決断だった… (100字)


異世界飛ばされるパターンでは、よくある王道ファンタジーと
言ってよいかもしれません。うんうん。
でもまさか、椹野道流女史がファンタジーを書くとは。
いや、この作風ならやる気になれば書けるだろうなーとは
薄々思ってはいましたけどね、異世界ファンタジー。
ついにやったか、という感じでしょうか。
鬼籍通覧シリーズ、奇談シリーズ、ネクロマンサーシリーズ。
ライトノベルでありつつ、決してライトなばかりでない作風である上に
ジャンルも更に幅が増している…なかなか懐が深いではありませんか。

村上敬他がやってきた世界ははっきり異世界ですが、
この世界を敬他と共に歩くのは大変、面白いです。
ふんだんに登場するこの世界の食べ物も素敵すぎ。
うわー、こんな世界でこんなもの、食べてみたい!
って感じです。料理系アイテム登場率の高さは
さすが椹野道流!って感じ。満足満足。

そして異世界に飛ばされても決して忘れないのが、
オカルト色ですかね。でも異世界ファンタジーで
「除霊」とか「悪霊」とか言われても、全然浮かないですよね。
むしろオカルトというよりどっぷりファンタジーって感じ?
その意味でも結構、中世ファンタジーって椹野道流向きかも。


本作は読み終わったあと、「絶対続巻、読みたい!」
と思わされました。いいですね、この期待感。
という訳で次作も是非、拝読させて頂きたいと思います。




菜の花の一押しキャラ…ジャスパー・ローグ いやいやいや、やっぱ美少年だし? 「何だと!お前、まさかそういう変態趣味が…!」(レイヴン・リュシェイ) まさか椹野道流のキャラがこんなたしなめ方を出来るとは(違)。
主人公 : 村上 敬他(ジャスパー・ローグ)
語り口 : 1人称
ジャンル : 異世界ファンタジー
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : 中世ヨーロッパ調、オカルト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★+
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
176. 「猫の建築家」     森 博嗣作、佐久間真人画
2005.09.11 絵本 72P 2000円 2002年10月発行 光文社 ★★★+
猫は建築家だった。猫は「美」を考え続ける

主役が猫の、絵本です。
と言っても子供向けじゃないですね。
大人のための、絵本かな。


<100字ブックトーク>
 猫は建築家だった。何度生まれ変わっても。
  「造形」について考え、「共生」を意識し、
  「美」の正体を追い求める。
  佐久間真人の美麗なイラストとともに、
  理路整然とした猫の思想が自由に飛び交う、
  大人のための絵本。 (100字)


絵本です。が、見くびってはいけない。
何しろ文章を書いているのは森博嗣。
お子様向けのほのぼのストーリーであるはずがない。
予想通り、思いっきり森節炸裂な作品に仕上がっています。

小説と違って、ビジュアルな補助がある絵本は
情景描写に余計な「説明文」を割かなくてもよい分、
思想だけをダイレクトに描くことが出来るのだな、
と気付かされました。
漫画などは「文章から映像を作り出す想像力を養うに適さない」として
子供の教育上よろしくない、とすることがままありますが、
そんなことは決してないのですよ、これを見ていると。

確かに直接の情景描写はなくなって、イラストを見れば
眼前に映像が立ち上がりますが、この絵本ではそれが
そのものずばりとは限らない。文字も絵も与えられているのに、
情報がとても限られているのです。
作者は何を言いたい?何を見せたいのだ?
いやむしろ、作者は何を愉しんでいるのだ?

ページをめくるたびに新しい世界が広がり、
いつの間にか絵本の世界に埋没してしまった自分を発見するのです。

全編通して、明らかに人工物に囲まれているのに
人間の影すら見えない不思議な世界。
そこにいるのは、猫。何だか奇妙。


日本語と並列して、英語でも同様の内容が描かれています。
折角だから英語で先に読んでから日本語を読みました。
うーん、菜の花が英語が苦手だからか、
英語で受けた印象と日本語で受けた印象、大分違いました。
でも、英語のはっきりした物言いの方が、
全体の雰囲気に合ってるのかもなー、と初読では思いましたね。
もう一度日本語で通し読みすると、そちらの方がやわらかく感じました。


さて、作者は結局何が言いたかったのか?
最後まで読んでみての感想は、
「ああ、言いたいことだけ言わせて逃げられてしまった」
そんな感じ。
やっぱり、森博嗣だなあ。





「何もしていない。美を感じているだけだ」(猫)
主人公 : 猫
語り口 : 3人称
ジャンル : 絵本
対 象 : 一般向け
雰囲気 : やや詩的、かたい

文 章 : ★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
177. 「銀の檻を溶かして 薬屋探偵妖綺談」     高里 椎奈
2005.09.15 長編 278P 800円 1999年3月発行 講談社ノベルス ★★★★★
本格ミステリとヤングアダルトのアルペジオ

初読み、アンド著者デビュー作です。
高里椎奈は22歳でデビューした女流作家さんです。
森博嗣と同じ、メフィスト賞からの登場。なので、講談社ノベルス。


<100字ブックトーク>
 とある街の一角、まるでそこだけ
  時にとり残されたかのようなその店は「深山木薬店」。
  優しげな青年、澄んだ美貌の少年、
  元気な男の子の3人が営む薬店、実は探偵事務所!?
  メフィスト賞受賞作にして著者デビュー作! (100字)


デビュー作ですね…。うん。初々しい感じですね。
悪く言えば、端々にぎこちなさが目立つ、とも言えますが…。

大森望氏の解説題名「本格ミステリとヤングアダルトのアルペジオ」は
大変、巧くて綺麗な命名だと思います。素晴らしい。
あんまり素晴らしいから、勝手に20字ブックトークにしてしまいました。

ついでに言うと、その解説があまりに素晴らしくって、
この本について知りたかったら、もうそっち読んじゃって下さい、
みたいな勢いです。うまいよー…、すごいね、さすがにプロは違う。
読むとね、「そうそう、そうなの。私もそう思ってた!」
と納得しちゃうんですが、実際には自分単独であんな文章、書けません。
それって、解説として、さいこーってことですよねえ。

登場キャラ、もう思いっきり、ヤングアダルトノベルなんですよねー。
超おやくそく。でもこんなの、一般ミステリでは見かけないの。
ヤングアダルトに出てくる彼らに類似するキャラたちは、
もう何が何だか分からないけど、論理的とかそういうの、
全部超越しちゃって、「人の想いは何より強い!」を合言葉にでもしているのか、
とにかく、最後の最後は奇跡を呼び寄せてしまうみたいな、
そんな連中が多いです。それもまた面白いし痛快なんですが…。
対してミステリ界においては「不可能は不可能、物理的に可能であることが
何よりも大切である」という方針が(通常)貫かれている訳です。
もう、真っ向勝負?みたいな。
その2つの相対する世界の融合、ってのが、本作に当たる…のかな?

でも、単なる足し算じゃないんだなー。
ミステリのお約束たる「密室殺人」を扱っていますが、
だからと言ってこれをミステリ的に解くのがテーマって感じでもない。
ヤングアダルトな奇跡を信じているわけでもない。
中間的、な印象…、というのが正しいのかな?
ミステリとヤングアダルト、2つの軸を平行四辺形の2辺としたときの対角線、
って感じです。おお、力の合成、ベクトルの足し算。

ミステリの方が弱いですが、別にミステリって訳でもないからいいのか。
何でそこからそこに思考が飛ぶかな?という疑問は残りまくりだし、
論理的かと言われると微妙。そういうこともあって、
シリーズ化していく本作、これからどちらの方向に進んでいくのか、
これは結構、興味深くもあるわけです。
高里椎奈、頑張ってコンプしよっかなー。





菜の花の一押しキャラ…座木(くらき・ザキ) まあ、狙いすぎって気もするんですが、他に特にいなかったので 「…ええよー」(長田 カイジ) この台詞に、思わずぐっときた人は多いはず
主人公 : 主にリベザル
語り口 : 3人称
ジャンル : オカルト風ミステリ
対 象 : ヤングアダルト寄り
雰囲気 : ライトノベル

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 高里椎奈の著作リスト
178. 「絶対負けない ゲーム理論の思考法」     嶋津 祐一
2005.09.17 実用書 226P 1500円 1997年2月発行 日本実業出版社 ★★+★★
ゲーム理論の思考法を一般向けに平易に解説

ゲーム理論って何だいな?…な状態からスタートできる、
とっても平易な解説書です。ただしアカデミックな踏み込みはしてません。


<100字ブックトーク>
 数学の一分野であるゲーム理論とは、複数の当事者が存在し
  各々の行動が互いに影響を及ぼしあう複雑な状況下で、
  各人の行動を予測し意思決定を導く考え方である。
  本書はこの理論を難解な数式を用いずに平易に解説する (100字)


ゲーム理論というのを、今回初めて知りました。
大変興味深い、学問だと思います。
どのようなものかというのを、簡単に書いておきましょう。

ゲーム理論は1920年代に、ハンガリーの数学者
フォン・ノイマンによって考案されました。
「ゲーム」という親しみやすい名前ではありますが、
完全な数学の1分野であり、その理論は数式によって成り立ちます。
複数のプレイヤー(個人、企業、国家など)が存在し、
それぞれの行動がお互いに影響を及ぼしあうという複雑な状況下で、
それぞれの選択肢の効用に基づいて、各人の行動を予測し、
意思決定を導くという考え方です。
「複数の人間関係において、人はどのように意思決定を行なうのか」を
理論化しようとしている、というのが簡潔な説明でしょう。
アメリカの経営修士課程であれば、
必修科目となっているほど浸透しているそうです。

…菜の花はちっとも存じ上げませんでしたが…。

本書はそんな菜の花にさえ、
「ゲーム理論ってこうやって考えるんだよ」と教えてくれる平易さ。

序章で「ゲーム理論とは何か」をまず語り、
1〜3章で「ミニマックス定理」をはじめ、2人ゼロ和ゲームを中心に
基本となる考え方をじっくりと解説します。
4、5章は基本だけでは解決できない2つのパラドックスを持ち出し、
6章ではさらにゲーム自体を変化させてしまう場合について言及します。
それぞれの章にケーススタディとして3〜4つの
例となる事象を掲げ、具体的にどのような状況の場合が
それに当たるのかを確認することが出来るようになっています。

最初、ゲームと聞いたときには「必勝」のためのものなのかと思いました。
しかし、そうとは限らないのですね。よりよく勝つ、またはよりよく負ける。
それがゲーム理論なのです。ポーカーやチェスでは
勝つか負けるかしかないわけですが、ゲーム理論は更に
ビジネスや国際関係にも応用のきくという特徴を持っています。
つまりビジネスに勝ち負けはないわけです。
相手より高い利益を上げることよりも、
自分がより高い利益を上げることの方がずっと大切なのです。
今までそういう発想はなかったので、
本書を読んで一番印象深かったのはこのことでした。


ケーススタディは大変興味深く、身近な事例を掲げており、
それぞれ「このように考える」ということがよく分かる構成になっています。
ただし、「だからこうしろ」という1問1答の問題では決してない、
ということに読んでいるうちに気付きます。
それは、それぞれの事例をより読者に考えさせるためかもしれませんし、
本書の内容ではまだ解けない、ということもあるかもしれません。

ゲーム理論では、プレイヤーが論理的に思考し、
それぞれ自分にとって最大限の利益をあげることために行動することを
前提としています。しかし、実際の人間は必ずしもそのように行動しません。
この前提は、本格ミステリとよく似ていると思いますね。
それでも…、相手がどのような行動を取ってきたとしても
こちらが最大の利得を得ること、がこの理論に則れば出来ます。
綱渡りのようなアクロバティックなトリックを使うような、
パズル的要素の強いありがちなミステリとは違って
危うい橋は渡らないのがこの理論の優れたところでしょう。


全体の解説は大変丁寧で、誰でも理解することはたやすいでしょう。
しかし、ゲーム理論がたったこれだけであるとは思えません。
まだまだ、スタート地点にたったところ、という感じでしょうか。
じゃあ、学んでみようか、と思うためのきっかけづくりの本、
という評価が最も正しいかと思います。

ゲーム理論の全くの初心者が、
この理論に親しむために読むには絶好の入門書だといえます。




主人公 : −
語り口 : −
ジャンル : 実用書
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 大変、平易

文 章 : ★★+★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★+★★
よみもののきろくTOP
179. 「君の夢僕の思考」     森 博嗣作
2005.09.17 写真集 112P 1100円 2002年6月発行 PHP研究所 ★★★+
森博嗣の思考を映した、写真&メッセージ集

これはー、森博嗣初の写真集でしょうか。
つくづく多趣味なお方ですね…。

<100字ブックトーク>
 夢、優しさ、大人、孤独、愛、生と死、自分…。
  森博嗣自身の手による60点の写真作品に、
  「犀川&萌絵シリーズ」をはじめとする
  森博嗣の18の著作とHPからの引用文に、
  書き下ろしメッセージが付された詩的写真集 (100字)

デザインが、素敵です。
ページをめくるのが、わくわくするくらい。
目次を見ただけで、思わず嘆息してしまいました。
いい。素敵。格好いい。綺麗。可愛い。。。
とってもシンプルなのですが、何かがぎゅっと詰まったみたいな感じ。
端正なのに、冷たくない。キュートです。


引用文は、すべて菜の花の既読の著作から。
ああ、あったあった、こんなの〜、と思い出しました。
でも、まるでこのためにあつらえたかのように
デザインの中にはまりこんでいるのです。
何と言うか…、この本、一体誰がどのような順番で
作り上げていったんだろう?ととても不思議になりました。
写真ありき?写真を見て、引用文を探した?
それとも引用文を探してから、写真と見比べて順番を割り当てた?

いいなあ、と思うのはこの引用文のピックアップの仕方。
これ、巧い。相当読み込んでいないと出来ませんよ、この引用。
引用はPHPの人が拾ったそうです。
すごい、さすがに出版関係者って只者じゃないよね。
文章のプロなんだ、あの人たちは。
そして写真との配置の絶妙さ。単なる文学青年・文学少女には
ちょっと真似の出来ないくらい、ビジュアルな感覚に優れていると思います。

写真の方は、うーん、やっぱりプロという感じはしないかな。
でも、ああ、森博嗣らしい視点だよね、
森博嗣にしか撮れないよね、と思うものが多いです。
勿論、よいところを拾ってきているから文章もどれも秀逸でしょう。
でも文章以上に、写真を通して著者の思考が伝わってくるようです。


ちなみに「あー!ここはあそこじゃないか!」
と思わずにやり、な風景も無きにしも非ずです。
いやいやいや、そういうのも結構楽しみなこの作家。




主人公 : −
語り口 : −
ジャンル : 写真集
対 象 : 一般向け
雰囲気 : げーじゅつを目指した感じ

文 章 : ★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★+
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
180. 「天使の牙(上)(下)」     大沢 在昌
2005.09.18 長編 358P
438P
571円
648円
1997年9月カッパノベルス
1998年11月発行
角川文庫 ★★★★
犯罪組織の長の愛人の体を持つ女刑事の活躍

また初読みです。大沢在昌です。
実は名前しか知りませんでした。どんなジャンルかも…。

<100字ブックトーク>
 犯罪組織クラインの独裁者・君国の愛人・はつみ。
  逃亡中に脳に損傷を受け、
  重傷を負った女刑事・明日香の脳を移植された。
  クライン撲滅のために囮となったアスカを
  元の恋人・古芳が護衛する、ノンストップアクション (100字)


アクションです。ハードボイルドですよ。
菜の花、この手のジャンルの小説は殆ど手を出したことがないので
大沢在昌初読み!というよりもむしろ、このジャンル初読み!って感じです。

一言で言うと、凄い。
これに尽きますね。
え?一言くらいじゃ伝わらない?やっぱりですか…。
そうですね、この緊迫感が凄い。
アクションの切れ、というのも捨てがたいですが、
やっぱり一番目をひいたのは緊迫感の持続ですね。
まさにノンストップ・アクションであります。

しかもこれがまた、ハードなんだなあ。
ちょっと辛いくらい。慣れてないですからね。
菜の花はミステリが大好きで、人が死ぬお話を読む率は
多分めちゃめちゃ高いんですが、こういう形で
ばったばたと死んでいくお話ってのはちょっと抵抗があります。
うーん、宮崎監督作品の「天空の城ラピュタ」って映画がありますよね、
あれの中に出てくる何とかって敵のおにーさんが
ラピュタからばらばらと振り落とされていく軍の兵士を見て
大笑いしながら「見ろ!人がごみのようだ」と喜ぶ場面があるのですが、
まさにそんな感じ。これを痛快と取るかどうかは読者次第ですか…。

この作品の中には沢山の悲劇が詰め込まれています。
主人公陣営に協力してしまったために悲劇にあった某夫婦は
まだその悲劇の形を語られただけましかもしれません。
極秘任務中に暗殺されてしまって、家族にも「殉職」と
知らされただけ、という刑事も何人もいました。
無関係なのに巻き込まれてしまい、命を落とした一般人も。
ちんぴら連中だって、意味無く惨殺されちゃったのもいたなあ。
ちょっと、心にひっかかってしまう菜の花なのです。
その辺が評価がこれ以上上がらなかった理由。

でもでも、それでも評価は★4つです。
それくらい、作品の質は高いのです。
単なるアクションものじゃない、ってのも大きい。
解説者の言葉を借りれば、アクションがあり、ロマンスがあり、
陰謀があり、何より驚くべき仕掛けがあり…なのです。
またとても映像にしたら映えそうな情景や、動きばかりです。
ビジュアルに立ち上がってくるような場面場面…。

緊迫感、と最初に言いましたが、これを作り出しているのがこれら。
アクションが緊迫感を作り出す、というのは分かりやすいですが、
ロマンスや陰謀は、それに匹敵するほどの緊迫感を作るのか?
と思われるかもしれません。いやいや、そんな甘いものじゃないです。
アクション以上の切迫感を持って、ロマンスや陰謀が緊迫感を
引き連れてくるのです、この作品は。

主人公のアスカはあっさりネタバレかもしれませんが
(でも本の裏表紙の「紹介文」にも書いてあるからいいでしょ)
さっくり殉職。追っていた犯罪組織の長の愛人・はつみが保護を求めてきたのですが、
そこを襲撃された訳です。はつみは身体の損傷は少ないけれど脳を打ち抜かれて死亡。
明日香は身体に数発も着弾し、肺も肝臓もぼろぼろでとてもじゃないけど
延命は不可能、でも脳は無傷、という状況。
何ともラッキーなことにその日、脳外科関係の国際シンポジウムが
ご近所で開催されていて、辺りは石を投げれば脳外科医にあたるくらい。
早速彼らをスカウト、極秘で脳移植手術開始。
かくして明日香の脳(心)を持った、はつみの身体復活。
…と、まあこんな訳なんですが、これが大変なロマンスの始まり。
何しろ、明日香にはプロポーズされたばかりの恋人がいたし、
はつみにも彼女を愛してやまない、そのためにはすべてを賭けられる、
という勢いの恋人・君国(犯罪組織の長)がいる。
しかも、明日香を復活させた張本人である明日香の上司ときたら、
明日香に囮をやれというのですよ。はつみの容姿を利用して。
となると、明日香ははつみになりきらなきゃいけない。
護衛に元恋人の古芳が来ても話せない。古芳からすれば主人公は
恋人の明日香を死なせる原因になった女の容姿だから
甘いロマンスには絶対ならない、緊迫の逃避行であります。

その上に陰謀。警察内部にも犯罪組織に内通者がいる、
それだけがはっきりしていて、でもそれが誰かまでは分からない。
だから…古芳もあやしい、上司もあやしい、あの刑事もこの刑事も…。
明日香は何を信じたらいいのか、本当に難しいのです。
警察は頼れない。その上、いつ襲撃され殺されるかもわからない…。
愛していた恋人には敵だと思われているし、
その恋人も内通者の可能性が高い。
それだけでなく、脳移植の後遺症で体調に不安も抱えている。
また、はつみの身体は元の頑健な明日香の身体とは違っていて
自分が思っているようには動けていないし、
それに何より、自分の身体の異変に心がついていくこと自体、難しい。
明らかに身体は別人で、それでも自分は明日香なのだろうか?
それとも…、一体、ここに存在しているのは誰なの…?

沢山の不安、感情の波、交錯した状況、それらがそれぞれ絡み合い、
更に複雑さを増していく、そんなお話。

脳移植ものって森博嗣でもあったなあ。でも全然、毛色が違うのね。

形式はハードボイルド系なのですが、
これらの描写は明らかに卓越したストーリテラーのもの。
渦巻く陰謀や罠に立ち向かう明日香の思考は本格ミステリ顔負け。
しかも、ここまでアクションと陰謀を、
冷静に、また冷徹に書ききれるのはやはり、
ハードボイルド系の作家の能力でしょう。
これらの融合により生み出された本書は、
分厚い上下巻であるにも関わらず
気付くと最後まで読み終わっている、
むしろ読み終わらずにはいられない作品に仕上がっています。


大沢氏はまた別の作品も読んでみたいな、と思わせるに十分な
実力派作家でしょう。




菜の花の一押しキャラ…桑野さん 看護婦さんです。いい人です。 「―驚ぇたなあ…。いつから、あの世と電話がつながったんだい」(薗部) 言うことはそれだけっすか…!?
主人公 : 河野 明日香
語り口 : 3人称
ジャンル : 軽ハードボイルド
対 象 : 一般向け
雰囲気 : アクション、緊迫感

文 章 : ★★★★
描 写 : ★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★
よみもののきろくTOP
181. 「抜頭奇談」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.09.26 長編 298P 630円 2003年12月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★★★★
飛騨・下呂温泉で出会った、鳴らない龍笛…

再び奇談シリーズに戻ります。

<100字ブックトーク>
 つらく、哀しかった事件を乗り越え、
  ようやく普段のリズムを取り戻しつつある敏生。
  のんびりと温泉で療養しようと森とともに飛騨高山・下呂温泉へ。
  そこで思わぬ人物にばったりと出くわし、
  不思議な龍笛に出会った… (100字)

例の「大事件」後、初の物語。
ちょっとのんびりムードです。
敏生、あんまり活躍できないし(体調不良)。
小一郎も羊人形だし。

またまた思ったこと。「抜頭」って何よ?って。
でも、読んでいくと「ああっ、なるほど!」と思います。
思うに、ふしのみちるはタイトルをつけるのがかーなーり、
得意なんじゃないでしょうかね?
見て「え?」、読んで「なるほど」っていいタイトルだと思います。

今回の話もまた、楽器が中心にやってきました。
以前にも一弦琴が中心になったこともありましたが、
ふしのみちる氏はどうやら雅楽がお好みらしいですな。
いいことですじゃ。
今回は龍笛。またマニアックな。
しかも主人公的龍笛君、すごい古ーいものですね。
これに伴って登場の水無月氏は、菜の花結構好きです。
意外性があって…。自ら「ヘンなガイジン」になってしまった、
とおどけてるんだか嘆いてるんだかな台詞は、
印象に残った一言にしようか否か、すごく迷いましたよ。
爆笑、とは言わないですけど、滅茶苦茶受けちゃいましたから。
関係ないですが、うちの研究室にいらしている某国の
国立アカデミーのお偉いさんっぽいG氏は、
基本的に日本語は話せませんが、
「ワタシハヘンナガイジンデス」
って言葉は日本語で言えます。ってか誰よ?教えたのは。
大丈夫か、それで?と思ったので、
「Do you know that mean?」って適当な英語で聞いたら
「Yes. It's mean that "I am a strange foreigner."」
…ま、知ってるなら何も言うまい、って思いましたね。






菜の花の一押しキャラ…水無月 馨 楽器好きに悪人はいない…ってことにしとく 「…他人(ひと)の式神を勝手に喰らうな!」(天本 森) 大丈夫ですから、未遂ですから(^ ^:)。
主人公 : 天本 森、琴平 敏生
語り口 : 3人称
ジャンル : 恋愛オカルトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : ライト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★+★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
182. 「小説「聖書」新約編」     Walter Wangerin 著 / 仲村 明子 訳
2005.09.27 長編 510P 686円 1998年6月徳間書店
2000年7月発行
徳間文庫 ★★★★
新約聖書は、世界最強のサスペンスだ。

再び聖書です。

<100字ブックトーク>
 ローマ圧政下のエルサレムで、乙女マリアから生まれた神の子イエス。
  一途にイエスを慕う弟子のシモンや、マグダラのマリア…
  そして裏切り者ユダなど、多彩な人物の目を通し、
  十字架へのイエスの孤独な道のりを描く。 (100字)


今度は新約です。旧約のときにも申しましたが、
聖書とは世界一のベストセラー、世紀のロングセラー。
古文体で、やたら断片的で、読みにくさでも世界一かもな書物。
その聖書をヴィジュアルで動的な、一大絵巻に組みなおしたのが
「小説「聖書」旧約編」でした。本当に絵巻物のように、
次々と聖人たちが登場し、時代を作り上げ、そして去っていきました。
本作は、それとは少し趣を異にしています。
というのも、追いかけるのはイエス・キリスト。
たった30数年の彼の生涯を中心に。
旧約とはまったく時間レンジが違います。
その分、ただ淡々と語るのではなく、
多角的に、様々な視点からひとつのものを追う、という手法をとっています。
その視点には、イエスの母マリア、イエスの従兄であり洗礼者のヨハネ、
弟子のアンデレ、シモン、マグダラのマリア、
ベタニアのマリア、マルタ、アリマタヤのヨセフ、裏切り者のユダなど、
多彩な人物が選定されています。

沢山の人々に見つめられてたイエス。
沢山の思いを受け止めていたイエス。
そうやってイエスの姿が周りから浮き彫りにされていき、
終盤、ついにイエスの視点が現れたとき、
読者はきっと、その孤独と苦しみ、哀しみを噛みしめることになるでしょう。
ここまでの道を歩き続けてきたイエス。
ここまで見てきた、外から見るイエスの姿と
その内に秘めていたはずのここに至るまでのイエスの気持ち。
そういうものにもう一度、思いを馳せてしまうことになるでしょう。

物語には様々な場所が登場し、それぞれとてもビジュアルに描かれています。
場面場面に現れるそれの風景には、まさに映画で効果を狙って配されるような
表現したいであろう内面と外面の協調を見ることが出来ます。
恐らくワンゲリン自身のオリジナルな部分も混在させて、
ふくらませたこの物語は、このまま映画にしてしまいたいくらい、
印象深い場面の切り抜きのようなつくりになっています。

時間が短い分、旧約よりはきゅっとしまった、
一本筋の通った物語に仕上がっていて、大変読みやすい作品です。



菜の花の一押しキャラ…アンデレ 「えっ!」(イエス・キリスト) 女よ、あなたの愛は大きすぎる。あなたの愛でわたしはつぶされてしまう。 …ってゆーかほんとに潰れましたがね、イエス。こんなの聖書にあるの!?
主人公 : イエス・キリスト
  ただし視点は様々
語り口 : 3人称
ジャンル : 創作的歴史
対 象 : 一般
雰囲気 : 文体かため

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★
よみもののきろくTOP
183. 「バカの壁」     養老 孟司
2005.09.30 エッセイ 204P 680円 2003年4月発行 新潮新書 ★★★★★
バカの壁を知れば世界の見方が分かってくる

2年前の大ベストセラーです。

<100字ブックトーク>
 イスラム原理主義者と米国、若者と老人は、
  何故互いに話が通じないのか?
  そこに「バカの壁」が立ちはだかっているからである。
  いつの間にか私達は様々な「壁」に囲まれている。
  それを知ることで世界の見方が変わる! (100字)

少々珍しい、口述のエッセイです。
対談集や講演会の実録の口述ものはありますが、
エッセイではかなり珍しいのではないかと思います。
冒頭で「独白を続けて、それを文章にしてもらったのは、
じつはこれがはじめてです」と著者も言っていますが、
多分この著者以外でも、あまり例がないのではないでしょうか。
著者は元東京大学教授。ひとり講演会、または少数クラスの講義、
という感じなのかもしれません。

そのようなわけで、文体は口語。
自然で、易しい語り口です。
実際に一度、音になっている言葉というのはリズムがよいので、
読者が声に出さずに脳内で音声化していっても、読みやすいものです。
そのため、読書に慣れない人でも、
最後までかなりのスピードで読み進められるでしょう。
書物としてのこの易しさこそが、本作を多くの人に親しませ、
大ベストセラーに仕立てたのではないか、と考えられます。


内容としては、「おお、なるほど」と相槌を打つところが多々ありますが、
全般に、特に常識を逸脱したものではありません。
恐ろしく独創的な考えを述べているわけではないでしょう。
しかしそれを、ごく分かりやすく親しみやすい文体で
多くの人に理解できるように例をあげて説明していくこの手並みは
独創的である、と言えます。


目を通しておくと、面白いネタが拾えるかもしれない、そんな1冊です。




主人公 : −
語り口 : 口語
ジャンル : 口述エッセイ
対 象 : 一般
雰囲気 : 話し言葉で易しい

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP
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