よみもののきろく
(2005年6月…138-147)
中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。
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2005年6月の総評 | ||||||
今月も10冊の本を読ませて頂きました。平均すると3日で1冊。 長編5冊、短編3冊、エッセイ系2冊。 長編のうちミステリは2冊。 ミステリ好きの名を返上せねばならないかもしれません。 椹野 道流3冊、森 博嗣2冊、有栖川有栖2冊、 初お目見えがお三方。新たなる挑戦? さて、そろそろ内容に入っていこうと思います。 菜の花的2005年6月のベストは 「理系の女の生き方ガイド」 宇野 賀津子/坂東 昌子(評点 4.0) でした。ハウツー本ですが、女性で大学進学を考えている、 または大学生である、大学院生である、 または研究者になろうとしている人には是非ご一読をお勧めしたい一冊。 直接役立つ情報も満載ですが、それだけでなく 「よし、私もやってやる!」というプラスな思考で学業に挑めること 疑いなしです。インテリ系女性必読書!? やっぱ女は理系ですよ!おぜうさん! 以下、高評価したのは 「ダリの繭」 有栖川有栖(評点4.0) 「壷中の天 鬼籍通覧」 椹野 道流 (評点3.5) 「泣かない女はいない」 長嶋 有 (評点3.0) 評点3.0は同点がまだいるのですが、 その中でも1作が気になったのでPick Up。 まず「ダリの繭」ですね。有栖川有栖作品。 シュールレアリスムの大家・サルバドール=ダリをモチーフに コミカルで本格なミステリの中に哲学的・文学的な要素を織り込んだ作品。 火村・有栖のコンビも絶好調で、大変楽しく読める本格ミステリ。 それから「壷中の天」。高評価を続けている鬼籍通覧シリーズ第3作。 現職の監察医ならではのマニアックな視点を通したオカルトものです。 そして「泣かない女はいない」。評点こそ3.0をつけてしまいましたが、 あとから思い返してみるとこの作品に3をつけるのは不当な気がしてきました。 少なくとも文章レベルは5をつけるべきでした。 とにかく、文章が巧いのです。 こんなに巧い文章、なかなかお目にかかれません。 これは一読に値すると思いますね。 さて、今月はここまでで。 |
138. 「ダリの繭」 有栖川 有栖 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.04 | 長編 | 444P | 660円 | 1993年12月発行 | 角川文庫 | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
ダリ社長殺人事件に、火村と有栖が挑む! | ||||||||||||||||||||||||||||||||
有栖川有栖です。 表紙がしゅーるれありすむです。多分。 <100字ブックトーク> シュールレアリスムの巨人・サルバドール=ダリ。 この天才の心酔者で知られる宝石チェーン社長が殺された。 死体には彼のトレードマークのダリ髭がない。 犯罪社会学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖が事件に挑む! (100字) 火村&アリスシリーズです。 相変わらず、端正な本格推理もの。 有栖川有栖には、はずれはありませんね。 土台がしっかりしている建物、というか、 とにかく危うさがない、という印象です。 著者は自分の仕掛けた「パズル」に絶対の自信を持っていて、 その上で、細かな装飾を施しているように見えます。 ミステリで揺らがない、どっしりとした基礎工事をしていて、 その中にも人間関係と人の心の機微…恋愛的要素や、 雇うもの雇われるものの心情とか、友情とか…。 そういうものを練りこんで流し込んで固めている…、そんな感じ。 火村とアリスの関係も、とても楽しい。 某H女史のような趣向だった場合、やばい道にはまってしまいそうな 2人組ですが、勿論ふつーはそんなことにはなりません。 男の友情っていいよねー。 しかも、普段は独立していて社会の中にそれぞれの立場を 確立している大人同士の2人が時折見せる、 学生時代にでも戻ったみたいな雰囲気が好きです。 軽口言い合える仲間って、いいよねー。 内容としては、次々に見つかる不可解な点。 説明がつきそうにもない、へんてこな状況。 で、どの関係者もとっても怪しげなんですよね。 容疑者の尻尾をとりあえず捕まえた!と思ってみても 全然関係ない隠し事だったり…。何でこいつらは そろいもそろってこんなに秘密が多い連中なんだ! と、言えなくもないです。よし、分かったぞ!と思った端から 次々とひっくり返されていくのは、悔しいような まだ裏があるんかい!とちょっと嬉しいような。 面白いミステリです。 でもそれだけじゃないんだね。 ちゃんと装飾の部分も秀逸ですからね。 どこか幻想の入ったような「ダリの繭」に関する記述。 キーワード「繭」で捉えた、人々のかたち。 なかなか面白いし、哲学的というか文学的というか。 サルバドール・ダリにうまく絡んでいて面白く思いました。 |
139. 「雨衣奇談(あまごろもきだん)」 椹野 道流(ふしのみちる) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.05 | 長編 | 310P | 630円 | 2001年7月発行 | 講談社X文庫ホワイトハート | ★★+★★ | ||||||||||||||||||||||||||
不思議な壺を故郷へ還す、ベトナムの旅 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
雨衣って…合羽だよねー。 <100字ブックトーク> 久し振りに母の現れる悪夢を見た日、森に電話と手紙が…。 相手は消息不明だった森の父。消印はベトナム。 動揺したまま、不思議な壺を持ち主に返して欲しいという 依頼を受けたが、持ち主はベトナムの少女だという…。 (100字) いきなりベトナムです。 しかもベトナム戦争が依頼のきっかけになるもので、 ちょっとばかりテーマは重いはず。 なのに、ちっとも重さを感じないのは、 ベトナムの人々の明るさゆえなのでしょうか。 まあ、色々とあるんですけど。 「昔はいろいろあったけど、今はアメリカも日本も フランスも好き。それがベトナム人」」 という現地ガイドさんの言葉が出てくるんですけど、 100%そんなこと考えていないし、 100%そんな人ばかりではないにしろ、 やっぱりそういう人が多い土地柄なのかなあ、と。 少なくとも著者は取材で、そう感じるような人々と出会って来たのでしょう。 だからこういう雰囲気の、重苦しいテーマを扱っても どこかさらりとした小説に仕上がったのでしょう。 今回は龍村先生がお休みです。残念! でもあの人の意外な特技が明らかに!?…です。 乞うご期待かも? |
140. 「工学部・水垣助教授の日常」 森 博嗣 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.06 | 連作短編 | 222P | 800円 | 2001年1月幻冬舎 2003年2月発行 |
幻冬舎ノベルス | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
何だかコミカルな表紙です。 <100字ブックトーク> 水柿君33歳。のちにミステリィ作家となるが 今は工学部助教授である。水柿君の周囲には ほのぼのミステリィがいっぱい。今日もまた、 あれが消え、これが不思議、そいつは変だ、 誰か何とかしろ!と謎は謎を呼んで…。 (100字) 何だか気に入らないけど、めんどいので裏表紙から 適当にコピペです。文字数だけあわせて、かんせー。 うわー、やる気ないな、今日の感想。 この内容、何だかどっかで見たことある設定だな?と思った方、 きっと正解。これは小説、フィクション、と主張していますが 日記本を読んでいる方ならよく知っているキャラですね。 設定はそのまま。すべてがノンフィクションだとは さすがに言い切れませんけど…、この著者ならやりかねないな。 すごくありそうなことばかりです。もしもこれがすべて フィクションだというのなら著者の想像力に脱帽。 もしもフィクションがあるとすれば、秘書さんかなあ、とは思います。 どんな秘書さんかって?それは読んでのお楽しみ。 きっと日記本よりは読まれることをより意識して書かれている分、 ストーリーとして理解されやすいし、読みやすいと思います。 ところでイラストがまた、山下和美さんですね。 「すべてがEになる」での漫画がさいこーに素敵だったあの方です。 この絵、すごく可愛いです。何だかそれっぽいし(?)。 表紙の可愛さに思わず手にとってみたくなる1冊です。 |
141. 「壷中の天 鬼籍通覧」 椹野 道流 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.09 | 長編 | 242P | 800円 | 2001年6月発行 | 講談社ノベルス | ★★★+★ | ||||||||||||||||||||||||||
法医学教室オカルト・ファイル、第2弾! | ||||||||||||||||||||||||||||||||
鬼籍通覧シリーズ第3弾。 <100字ブックトーク> 若い女性の遺体がO医科大学法医学教室に運ばれる途中、 警察のワゴン車の中から忽然と消え失せた。 「風太がずんこを殺した」「アヒルの足は、赤いか黄色いか?」 残されたメッセージの謎を伊月崇と伏野ミチルが追う! (100字) 前作2作は完全なオカルトでしたが、本作は謎のメッセージが登場、 ちょっとミステリ入ってます。勿論、最終的にはオカルトですけど。 超常現象万歳です。ミステリの十戒、何のそのです。 だって、ミステリ風味のオカルトノベルだもーん。 だからOKなのです。 何と本作、同著者の「奇談シリーズ」のあのキャラが登場!です。 これは嬉しい!勿論、全然知らなくても問題ないですけど。 でも知っているとやっぱり楽しいかな。 完全オカルト、しかもコミカルで軽い「奇談シリーズ」で 楽しい笑いを振りまいてくれる(本人はそのつもりはないと 思われますが)あの人が!何と普通に真面目に社会人してる! でも基本的にはちっとも変わってない! ちゃんとあのキャラは自分のお仕事の世界を確立していらしたんだなあ、 としみじみ思う菜の花なのであります。 お話は夏。視点は前2作とは違い、伏野ミチル中心です。 でもあちこち飛ぶので誰が主人公、とは決めかねるかな。 ところで本編とは関係ないですがこのシリーズで大変愉しい趣向として 是非書いておかなければ!というのは表見返しと裏見返しですね。 表見返しの方は、3作とも同じ台詞です。 法医学教室の前の薄暗い廊下の写真の下に 「法医学教室一同、あなたとお目にかかる日が ………永久にこないことを、お祈りいたしております。」 まったくだ!ほんとにお目にかかりたくないです。 ああ、うまいですね。 それから裏見返しの方。こちらは毎回別物。 共通してるのは著者紹介が書かれていること。 こちらは文字の方はまあ、そのまま普通です。 毎回殆ど同じだし。面白いのは写真ね! 確か第1作では著者の指紋でした。 第2作では著者のDNAの電気泳動。 そして本作は頭部水平断…CTスキャンですね。 それぞれに一言コメントがついていて、それも面白いです。 是非、手にとってみて下さい。菜の花、相当受けました。 |
142. 「名探偵 水乃サトルの大冒険」 二階堂 黎人 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.11 | 連作短編 | 314P | 552円 | 2000年2月徳間書店 2002年2月発行 |
講談社文庫 | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
美形の変人・水乃サトルが活躍する本格推理 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
二階堂黎人、初読み〜。 <100字ブックトーク> 長身・美形の水乃サトルは旅行会社課長代理。 度を越した多趣味と奇行から社内では変人の烙印を押されている。 横溝正史の名作を模した事件「『本陣殺人事件』の殺人」他、 ミステリ初心者からマニアまで楽しめる短編集 (100字) これが二階堂黎人か。ふむふむ。 噂によると新本格の中心人物のひとりとか、 そんな評価だった気がするんですけど、 そこから湧き上がったイメージとは相当、違って驚きです。 こんなにコミカル路線だったんだ…。というか、この作品だけ? タイトルからして、とってもコミカルですよね。 ミステリとは思えないですよ、何しろ「大冒険」ですから。 今どき、ファンタジー小説でもこんなタイトルはありませんぜ。 内容紹介〜。 主人公は一応、美並由加里。 彼女は「日本アンタレス」という旅行会社の新人OL。 幼稚園から短大までずっと女子校だったために渾名は「お嬢様」。 そんな彼女が恋しているのが会社一の変人・水乃サトル。 長身美形で、性格は明るく、会社ではいつも パリッとしたデザイナースーツを着こなすサトル。 しかし、変人。由加里の恋は先輩たちから厳しく止められる。 曰く、 一つ、彼は大変調子のよい人間である。 一つ、彼は仕事に対してほとんど責任感がない。 一つ、彼は非常に女性にだらしがない。 一つ、彼はオタクである。それも、様々な分野に関するオタクである。 一つ、彼は姉を三人持つ末っ子で、甘えん坊である。 一つ、彼は探偵を趣味にしていて、何度も警察のやっかいになっている。 −本文より とのこと。なかなかどうして、天は二物を与えず、というか むしろ与えまくってるんじゃないか?というか…。 「多趣味」と言えば聞こえはいいけれど、どれもちょっと、 オタクが入っているとなると、ちょっとひいてしまいそう!? 何しろサトルは大学時代に「100のサークルに所属する男」 の異名をとっていたらしい。所属していたサークル・研究会は 『日本酒研究会』『名探偵活動クラブ』『冒険探検サークル』 『銀行強盗研究会』『警官制服同好会』『天文同好会』 『演劇部』『アニメ研究会』『旅行同好会』『オカルト研究会』 『推理小説愛好会』『体操研究会』 『宇宙人侵略対策地球評議会』 などなど、とても多彩。 そんな感じのキャラクタです。なかなか強烈ですね。 で、このキャラが、自ら事件に飛び込んでいく訳ですね。 何だか釣り上げられる魚のようだわ…。 全編通して、ユーモアミステリの味わいがあるわけですが、 単なるユーモアに終わっていないのが、マニアにも受ける要素です。 ちゃんとマニア受けするネタも仕込まれてますよ。ふふふ。 むしろマニアにしか理解されないかもしれない!? 全4編のうち、やはり注目すべきは3作目「『本陣殺人事件』の殺人」。 ミステリファンならきっと知っているであろう、 横溝正史のあの名作を、独自の解釈で拡張する好編です。 あとの3編「ビールの家の冒険」「ヘルマフロデュトス」 「空より来たる怪物」はもう少しスケールダウン (物質的には大きくなっている気もしますが…)で、 小品の様相が強い作品。さらりと読めて、 あ、そっか!と手を打てる軽めの作品になっています。 ああ、でも「空より来たる怪物」はシリアスな場面もありますけど。 軽くミステリを楽しみたい方、どうぞ。 |
143. 「海のある奈良に死す」 有栖川 有栖 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.16 | 長編 | 402P | 600円 | 1995年3月双葉社 1998年5月発行 |
角川文庫 | ★★★+★ | ||||||||||||||||||||||||||
作家は、「海のある奈良へ」と言い残した… | ||||||||||||||||||||||||||||||||
表紙が目の検査みたい…? <100字ブックトーク> 推理作家・有栖川有栖は珀友社の会議室で、同業者の赤星学に会う。 雑談の後、彼は「海のある奈良へ」と出掛けていった。 翌日、福井の古都・小浜で赤星の死体が発見された。 有栖は友人・火村英生と調査を開始するが… (100字) 火村&アリスシリーズです。 今回の被害者はアリスの同業者。 関係者はやはり同業者の朝井小夜子はじめ シレーヌ企画という映画・ビデオの製作を主とする会社の面々。 比較的ミステリに関係の強い人が多いはずなのに、 アリスと火村の調査(?)に対して 「推理小説の読みすぎじゃない?」と言われかねないのが現実的。 結構、他の作品だと「ま、推理作家だからねー」で済まされること、 多い気もするんですけど、実際にそんなことしてたらやっぱり あやしいですものね。ほんとは犯人だろとまでは思わなくとも。 「海のある奈良」というのは一般的に福井の古都・小浜のこと。 どんな土地なの?ということ、京都や奈良とのつながりなどは 本書の中でも詳しい。たとえ知らなくても大丈夫。 ミステリ読みついでに一般教養の勉強(?)ができてしまいます。 最近の推理小説は旅情物でなくても色々な土地が出てきて ほんとに勉強になりますです、はい。 日本全国、どこでも事件ありき、ってのも問題な気もしますけどねえ。 被害者はその「海のある奈良」へ旅立った翌日に遺体になるわけですが、 さて、本当にここで殺されたのか?それとも別の「海のある奈良」で 殺されてここまで運ばれたのか?というのが問題になります。 何故なら、小浜までの被害者の足取りが、警察の細かな捜査でも どうしても出てこないからなのです。 あったのは小浜の電話ボックスで発見された、 被害者の指紋付きテレホンカード1枚。これだけ。 さて、被害者はどこで殺されたのでしょうね? これ、分からないよ、ふつー。 さすがに、被害者はこれをネタにミステリを1本書こうとしてただけあって とっても作為的なものを感じます。作中作、の雰囲気が強い作品ですね。 そちらに気合いが入っているせいか、そこへ至るまでが やや唐突な気もします。少し、他の有栖川作品とは雰囲気が違うかな。 ロジカルに徐々に近づく感じがやや弱く、エンターテイメント性が 全面に押し出されたように見えます。 ミステリマニア向けというより一般向けでしょうか。 |
144. 「泣かない女はいない」 長嶋 有 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.18 | 短編集 | 172P | 1400円 | 2005年3月発行 | 河出書房 | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
淡々とした日常にも、切なさの種はある | ||||||||||||||||||||||||||||||||
上の20字ブックトーク、何が言いたいか微妙に謎ですか? <100字ブックトーク> 澤野睦美は「大下物産」の事務職に採用された。 事務の女の子達、パートのおばちゃん、倉庫の男の人達、 そして同棲する恋人の四郎。淡々とした日常を描きつつ、 変わりゆくものを浮かび上がらせる表題作ほか1篇を収録 (100字) 大変、繊細かつ現実的な作品です。 技巧的、というと少し違う気がするのですけれど、 この現実感をふわふわとした中にしっかりと漂わせるのには 相当な筆力の持ち主だと思わされます。 それを全面に押し出さずに、ストーリーに読者を注目させるために さりげなく描いている、それが不思議な臨場感を出すのでしょう。 ジャンルは恋愛小説。恐らく。 でもそれ以上に日常小説。 世の中には、こんな人生、きっとある。 そう思わせるに足る「ありそうな話」感。 主人公はあまり感情をはっきり出さないし、 彼女の心の動きを、いちいち描写しないために 行動で彼女の「個性」ははっきりと出ているにも関わらず、 全体として、非常に主人公の個性の影は薄くみえます。 これはゲームなどでよく用いられる手法で 読者(プレイヤー)が主人公に自分を重ね合わせるに 有効な手段とされていますね。 その分、ラストへ至ると「何故?いつの間に?」という 感想を抱くこともありえます。伏線はいくつか用意されていますが それでも自分が主人公ならば、こうはしない、という 自分を重ね合わせるのが巧くいけばいくほど、 主人公に裏切られた!という気分になる可能性も…。 ま、つまり、菜の花がそう感じた訳です。 けれどそのうち、いや、でも待てよ、よく考えてみよう、 本当に自分がこの立場だったらこれが精一杯なのかもしれないぞ…。 …なんて、考え込んでもみたり。胸に手を当てて もう一度ストーリーを思い出して、追体験して、 ようやく「ああ、これもありかな」と納得。 一度納得すると、ちょっと怖くなりました。 実はこれが一番ありそうなんじゃないかと。 つまり、作者は菜の花の「こういうラストにしてほしい」 という願いよりも菜の花の実際するであろう「行動」を よく知っていたんじゃないかと…。 昔、「『サザエさん』は自分のことを描いている!」として 無関係の人が「長谷川町子に見張られている!」と訴えたそうですが つまり、それだけ『サザエさん』が「ありそうな話」だったのですよね。 その種の「ありそう感」は作者に自分が見透かされたみたいで 怖くなることが往々にしてあるのでないでしょうか。 その意味で、ちょっと怖いお話でした。 もう一作の方「センスなし」も同様、あってもおかしくないかな、 というお話。特に自分の好きなものを、特定の人に対して 恥ずかしいという理由で隠してしまう、というのは誰にでも ありそうなことです。 過去と現在が入り乱れ、幻想的なのに現実的、という 離れ業をやってのけてくれています。 どちらの作品も、ふわふわとしているのに、 しっかりと結わえ付けられた風船のような、 奇妙な現実感がありました。 でも菜の花、こういう切ない系、苦手だなー。 |
145. 「嶋子奇談(しまこきだん)」 椹野 道流(ふしのみちる) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.19 | 長編 | 328P | 630円 | 2001年11月発行 | 講談社X文庫ホワイトハート | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
龍村の過去が意外な事件を巻き起こす! | ||||||||||||||||||||||||||||||||
嶋子です。って何だ!?って、またまた思った菜の花…。 <100字ブックトーク> 監察医・龍村泰彦の誘いで、丹後半島の海辺に住む 彼の祖母の家を訪れた天本と敏生は、そこで奇妙な事実を知る。 龍村には殆ど記憶はないが、子供の頃に神隠しに遭ったというのだ。 2人は龍村を護ることが出来るのか? (100字) 前作ではお休みだった龍村先生。 本作では殆ど主役級で再登場です。 龍村先生ファン必見の、子供龍村登場! というか、記憶? 龍村祖母もいかにもなおばあちゃま。 ドアップな初登場シーンのイラストには、 「あー、龍村祖母だ!」 と思わずにはいられない不思議な迫力が…。 ストーリーは、上にある通り。 龍村先生の神隠し騒動の謎が明らかに。 展開は比較的平坦ですが、ファンならこんな些細で とっても平和な時間も嬉しいでしょう! 少なくとも私は嬉しいですよ。平和っていいなあ。 楽しいと感じる小説には、 起承転結がはっきりしていて綺麗にまとまっていて、 それ単体で完成された芸術作品みたいなものだけでなく、 こういう風に大好きなキャラがさりげなく、 ただ日常を楽しんでいるような様子を描くだけの ファンブックみたいなものもあるのだなあ思う今日この頃。 しかし、感動はやっぱりラストでしょう! あやかしも、森も、どっちもいい。 ラストの展開はベストでした。ええ。 ちなみにタイトルは、「浦嶋子」の意味でした。 |
146. 「臨機応答・変問自在2」 森 博嗣 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.26 | エッセイ | 266P | 720円 | 2002年9月発行 | 集英社新書 | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
森博嗣が読者から受け付けた質問&回答集 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
また、質問エッセイです。 第2弾は、講義で学生から受け付けた質問ではなく、 一般公募で読者から受け付けた質問に応えます。 <100字ブックトーク> 理系大学生を相手に質問に答えた前著に続く第2弾。 ネット上で募集をかけて集まったジャンル不問の質問に ミステリ作家兼大学助教授である著者が答えていく。 雑学ネタから人生相談までヴァラエティ豊かな質疑応答集。 (100字) 今回は質問はネット上での受付。つまり一般公募。 前作では、講義中に受け付けた質問ということで、 質問者は理系、特に工学部の大学生と限られていたのですが、 本策は多種多様な人々が、多種多様な質問を繰り広げます。 更なる拡張があったということですね。 やはり、「自分も森博嗣に質問したい!」という要望が多かったのでしょうか。 質問全体は5つの章に分けて紹介されます。 T 一般的な質問 U 小説家としての森博嗣に対する質問 V 多少サイエンス風味の質問 W 再び一般的な質問 X 何となく人生相談 前作では「講義用プリントに受講者全員分の質問に回答をつけて 配らなくてはならない」ために文字数に制約を受け、 単純な答え=とても冷たい印象の文章が多かったのですが、 本作は紙面の都合は少しだけ拡大しているので 物言いも少しだけ丸いです。それに一般人相手ですしね。 とてもさらりと読めます。 質問と回答が見やすいように行間が多いために 文章量が少ないから、というのも理由だとは思いますが、 深く考え込まなくてはならない場面や、 しっかり頭の中に入れておかなくてはならない前後関係といった 小説などを読むときに必要とされる脳のメモリがいらないから、 というのも理由です。質問と質問の間には関連がありません。 つまり数行で語られる短編のようなものです。 何かの合間にさっと開いて、2つ3つの質疑応答を読んで またぱたっと閉じる。そういう読み方が出来てしまいます。 忙しい人にも読みやすい、空き時間の有効利用の出来る本ですね。 …これを読むことが、読者にとって有用か否かは謎ですけど? (↑とても、中身に影響されている表現を使ってみました(笑)) |
147. 「理系の女の生き方ガイド」 宇野 賀津子 坂東 昌子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
2005.06.30 | ハウツー | 221P | 860円 | 2000年10月発行 | 講談社BLUE BACKS | ★★★★★ | ||||||||||||||||||||||||||
理系を目指す女性たちに贈る、熱いエール! | ||||||||||||||||||||||||||||||||
BLUE BACKSです。 たまたま大学生協の書店で見かけた本を、 公共図書館でも見つけたので手にとってみました。 面白そうなタイトルでもあります。 ばりばりの理系学生である菜の花にとって 何かしら役に立ってくれそうではありませんか。 <100字ブックトーク> 女性研究者の最大の障害とされる結婚や子育ても、 その経験を男には真似の出来ない強みにしてしまおう。 積極的でスマートな研究生活を送る、 先輩女性研究者からの実感アドバイス。 分野選択から心構えまでの12章! (99字) まず第1章で、理系が女性にとってどれだけ魅力的かを解きます。 高校で文系・理系に分かれる頃から「女性は文系、男性は理系」といった風潮、 どこかにありませんでしたか?分野に迷ったら、友達もみんないくし、 とりあえず文系にしとこうかな、って思う人、きっと多かったと思います。 けれど、本当は理系って、こんなに女性に向いているんです、 ということを実際に理系に進んだ菜の花にも 「そうだよね、そういう利点ってあるよね」 と納得させてくれるだけの魅力を挙げてくれています。 是非是非、これから進路を選択する中学生、高校生の女の子に 読んで欲しい!と思う部分です。 第2章から4章までは、分野・学科・研究室の選択のアドバイス。 今度は大学受験や研究室配属前の女子学生のみなさん、必見ですよ! と叫びたくなる菜の花。どちらかというともうここまで来てしまった 菜の花にはあんまり関係ない内容ではありますが、 それでも参考になることは多々あります。 特に第5章から8章までは院生へのアドバイスとして最適。 学会活用法や、学びの姿勢などはそのまま院生の生活に使えるもの。 第9章、10章は結婚や出産、子育てと研究の両立について。 第11章で7人の女性の実例を挙げて第12章で最後のアドバイス。 装丁では「結婚、出産を乗り越える」が主要テーマのようになっていますが、 実際はそれだけではなく、とても幅広い、アドバイス集です。 そしてどれも、実際に現場にいる人間から見て十分に納得できるもの。 実情がよく現れた、適切なアドバイスなのです。 一般的に過ぎ、むしろ個々の事例からは遠くなってしまった 「一般論ではあるけど役立たず」なハウツー本が多い昨今にあって、 本作は大変有用、かつ的確なメッセージが詰まっています。 進路選択という岐路に立たされて女子学生さん、 これからの研究生活に不安を持ってしまった女子院生さん、 そういう方に特に強くお勧めします。 ちなみに菜の花が一番印象に残ったメッセージは 「ドクターをとれ」 でした。個人的理由ながら、とてもタイムリーなアドバイスでした。 |