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(2005年5月…128-137) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2005年5月の総評

今月は10冊の本を読ませて頂きました。平均すると3日で1冊ですね。
4月に比べてペースが落ちたのは公務員試験勉強と、ゲームにはまった影響です(苦笑)。
読んだ本の内訳では、ミステリがとても少ない月でした。
それに、比較的色々な著者の作品を読めたかな、とも。

椹野 道流4冊、森 博嗣2冊の、コンプリート計画進行中の
お二方を抜きますと、あとの4冊はそれぞれ別の著者。


さて、そろそろ内容に入っていこうと思います。
菜の花的2005年5月のベストは

 「火の神の熱い夏」 柄刀 一 (評点 4.5)
 
でした。これは、論理ミステリの傑作と言っても過言ではないでしょう。
淡白であっさり味なのも、スマートでジェントルなインテリのイメージ。
でも決して堅苦しくはありません。
タイトルは「熱い夏」ですが、中身は決して熱くもありません。
極めてクール。それを物足りない、と思う人もいらっしゃるかもしれませんが…。
菜の花は熱い熱い熱血漢も、本作のような颯爽としたミステリを
ゲームとして割り切ったような作品も、どちらも好きです。


以下、高評価したのは

「最後の将軍」       司馬遼太郎(評点3.5)
「マリオネットの罠」    赤川 次郎 (評点3.0)
「道長の冒険 平安妖異伝」 平岩 弓枝 (評点3.0)

の3作でしょうか。大家3人が並んでしまった…。
司馬遼太郎の「最後の将軍」は比較的悪役にされがちな徳川慶喜を、
スポットを当てていながら客観的に見る、といういかにも
司馬遼太郎らしい淡々とした作品。史実を噛み砕き、要約し、
独自に作家の繊細な心理で納得できる解釈を加えており、
きっとこれが真実だったんだろうなあ、と読者に思わせるに
十分な出来栄えだと思います。次いで挙げた赤川次郎ですが、
これは著者の長編デビュー作という大変、古い作品。
そしてこれまで彼に持っていたイメージが一気に吹き飛ぶような作風。
こんな作品も書けたのか…!と思うこと請け合いです。
というか、こっちが元のなのですよね、ほんとは…。
平岩弓枝は、軽いエンターテイメントが読みたい方にお勧め。



さて、今月はここまでで。








128. 「道長の冒険 平安妖異伝」     平岩 弓枝
2005.05.01 長編 220P 1400円 2004年6月発行 新潮社 ★★★★★
道長は、猫の化身を供に妖怪退治に海を渡る

連作短編「平安妖異伝」の続編にあたる長編です。


【100字紹介】
 都のすべてが凍りつき、春が来ない。根の国の主、無明王の仕業らしい。
  これまで道長を助けてきた、超能力を持つ少年楽師真比呂も、
  無明王に捕らわれてしまった。道長は猫の化身を供に連れ、
  妖怪退治に海を渡った! (99字)


前作では、道長と真比呂の出会いと、沢山の事件が描かれておりました。
本作は「しばしのお別れを」と言って真比呂が去ってから約1年後のお話。

何といきなり、真比呂が無明王なる者に捕らえられてしまった、
助けて欲しい、という真比呂のしもべである猫の化身が現れ、
熱血漢の道長は海を越え、山を越え、根の国を目指す、
というのが本作の中心的話題。


文章は平易、淡々と事実を語る手法はいかにも時代小説らしい。
章毎に襲い掛かる障害を、若く真っ直ぐで優しい熱血漢の道長が
次々と自分の実力や、神の加護によって打ち破っていく様は爽快。
人物の真っ直ぐさ、それに対する周りの反応は
まるで絵本に描かれてもおかしくないくらいの
勧善懲悪の雰囲気が漂っているため、やや子供向けな感がある。
まあ、大衆向け、と言ってもよいのかもしれない。
ご老人に人気の「水戸黄門」とか、その手の雰囲気がそのままなのだ。
しかも、単発の事件が連続する前作のような連作短編ではなく、
今回は長編だけあって、ひとつひとつの事件はどこかで
薄く繋がっていたりする。敵が繋がっていることもあるし、
その前に出てきた味方のくれたアイテムに道長が助けられる場合もある。
何よりも、根の国に近づいていく、少しずつ物語が進んでいく、
という感覚は長編ならではのものだろう。

しかし、著者がただの子供だましな小説家ではないことを
はっきりと思い知らされるのは、根の国に辿り着いてからの展開だろう。
安易なラストとしては、何だか分からないままに、
無明王VS道長となって、打ち破った道長が説教をして敵が改心、
めでたしめでたし、というものもありうるが、そんなことは当然しない。
ネタバレしても面白くないので、興味のある方は本を手に取ってみよう。
長編と言ってもそれほどページ数もなく、文章も易しいので
読了にはそれほどの時間を要しないだろう。
なるべくなら前作もちらりと目を通しておくと、
道長と真比呂の関係がよく分かる。





菜の花の一押しキャラ…梅の精 「待て。もう、どこにも行くな」(藤原 道長) ラストの台詞
主人公 : 藤原 道長
語り口 : 3人称、視点は道長
ジャンル : 時代冒険小説
対 象 : 比較的年少者向け
雰囲気 : 淡々としているがやわらかめ

文 章 : ★★+★★
描 写 : ★★+★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
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129. 「忘恋奇談」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.05.02 長編 418P 2000年5月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★★★★
シリーズ第9作にして明かされる哀しい過去


また椹野道流です。
着実にコンプリートへの道を歩んでいます。


【100字紹介】
 「蛇が来る」…押屋女子学園で、生徒が謎の言葉を残して
  相次いで死亡。共通しているのは、こっくりさん遊びに
  熱をあげていたこと。調査に赴いた天本は、
  亡き恋人に生き写しの少女に出会う。
  天本の過去が明かされる! (100字)



ええと、今回はしょっぱなから天本と敏生がケンカ。
いきなり家を飛び出す敏生君。もちろん行き先は龍村せんせー宅。

そんな龍村先生、菜の花的にはかなりツボです。
ああ、いいな、このキャラ。
ここ最近の菜の花の「お婿さんにしたいキャラ」ランキングの
堂々1位に輝き続けています(だはは)。


今回はシリーズ2作目で登場した押屋女子学園のキャラが再登場です。
個人的にはあの楽天家っぽい担任のせんせーが好きですが、
しかしほんとにいつも事件に巻き込まれる御方です。
実際、呪われているのかもしれないぞ、この人。


全体的に、シリーズ中でも恋愛要素が一番強い作品になっているのは
やはり、天本の過去を効果的に明かすため、なのでしょう。
しかし、知ってみると期待よりは劇的な過去でもなかったかなー、
という印象。著者が遠慮したのでしょうか?
あんまりひどい不幸を主人公に背負わすのは不憫だと?
元々、作風がライトなので(しかし死体はライトではない)、
あまりにも不幸すぎるのを嫌ったのかもしれません。


それにしても、このシリーズ、けが人続出だなあ。
全員が無傷で終わる作品が殆どない気がするんですが…。
まあ、これも作者の趣味なのでしょう!





菜の花の一押しキャラ…龍村 泰彦 「タマネギのみじん切りを頼む。…力の限り細かく!」 (龍村 泰彦) 力の限りって…すごい気合入ってそう。
主人公 : 天本 森、琴平 敏生
語り口 : 3人称
ジャンル : 恋愛オカルトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : ライト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★+★★
独自性 : ★★+★★
読後感 : ★★★+

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
130. 「毎日は笑わない工学博士たち」     森 博嗣
2005.05.14 エッセイ 356P 1600円 2000年8月発行 幻冬舎 ★★★★★
森博嗣の日記本、第2弾!


森博嗣の日記本・第2弾です。


【100字紹介】
 森博嗣のHP「浮遊工作室」で公開されていた
  96年8月から97年12月までの日記が本になって登場。
  前作「すべてがEになる」から先立つこと1年のこの期間、
  まだ固まっていない文体で綴られる森博嗣の日常です。 (100字)


前作「すべてがEになる」の続編といえば続編、違うと言えば違う。
というのも、前作は98年の日記だったんですが、
本作はそれ以前の96年から97年にかけてのものなのですね。
しかも「E」では毎日綴られていた(何てまめな人なんだ)日記が、
本作ではさすがに歯抜けになっております。
お陰で期間が長い割にページ数が少なくなっていて読みやすい!?


前作同様、元々サイトに公開されていた日記をそのまま本にしていますので
商品価値付加のための脚注と漫画は健在。
脚注の担当者は変わらず、漫画は山下和美氏から山本直樹氏にバトンタッチ。
…すみません、菜の花、どっちも知りません。
(ちなみに山下和美氏は「モーニング」の人気漫画家であることが
本作のまえがきで明らかになりました…。へー)
さらにプラスアルファで森博嗣自身の「のんたくん」というふろくまんが付き。
一言で言えばこの作品、謎です。


形式は、前作をそのまま踏襲しています。
月別で章分けがなされていて、それぞれにタイトルがついていることも同じく。
個人的には、前作の方の月別タイトルの方が好みでした。よかったよねー、あれ。


挿入漫画は、結構内輪ネタ多し。どちらかというと、小説の「解説文」っぽい。
時々いるじゃないですが、解説文を引き受けた経緯とか、その作家さんとの
関係とかを解説文に書いてる人。あれ、菜の花結構好きなんですけど
(でも解説にはなってないよね!)、あんな感じです。
しかし最後の2作は森博嗣作品の予告フラッシュ!みたいな感じで異質。
ええ、かっこいいですよ。ちなみにどの作品かって?
それはもう勿論、シリーズ第1作と最終作。
つまり…「すべてがEになる」と「有限と微小のパン」ですね。
かっこいいですが…でも一言、いいですか…、
あの、真賀田博士、怖いっす。菜の花、大ファンなんだけどなー。
あと、萌絵って絵にするとそんなに「むかっ」ときませんね。
何だか字で並んでいるのを見ると、菜の花的には相当許しがたいキャラなんですが、
絵になっちゃうと微笑ましい気もしなくはないです、はい。


本文の日記に関しては、前作ほど執筆に関して書かれ慣れていない…
って、変な表現ですけど、そんな感じです。普通の日記っぽいな。
ある意味、退屈かも?
学会とか論文とかそんな話題が頻出する辺りは、
菜の花としてはこの作家に近しいものを感じます…。
それって一般的ではないかもしれないですけど。
でも人によって、きっとそう感じる単語が違うだけで
基本的に日記ってどこかに共通点を見出してしまうものかも?
なんて思ったりもするのです。
どうもこうやって人様の日記を読んでいると、
自分も書きたいっすねー、とか思ってしまう、単純な菜の花です。
(書いてる暇なんざないんですが。)


前作同様のラストの台詞を残して終わりましょう。
森フリークは是非、ご一読を!…な1冊。
アンチ森派は、スルーしましょう。





主人公 : (森 博嗣!?)
語り口 : 当然、1人称
ジャンル : エッセイ(日記)
対 象 : 主にファン対象
雰囲気 : 淡々とした日々!?

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
131. 「遠日奇談」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.05.15 短編集 406P 2000年8月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★+★★
高校生時代の天本&龍村コンビの短編集


ほんとにコンプリートするか今悩み中の椹野道流です。
(その辺はざつぶんにっき参照のこと)


【100字紹介】
 高校時代の天本&龍村コンビの短編集!
  2人の出会いを描く「石の蛤」、
  学園祭の舞台で龍村が大活躍する「人形の恋」、
  修学旅行先の遊園地での不思議な幽霊との交流体験の
  「約束の地」の3篇を収録したシリーズ第十作 (100字)



シリーズ初の短編集です。
時期的には第10作ですが、内容の多くが
龍村&天本の高校時代の思い出話です。

そしてこれまたシリーズ初ですが、
今回は1人称が採用されています。
しかもしかも、何とも意外なことに龍村さんが主人公!
ついに彼にもスポットライトが…。
そして語られる高校時代のお話3つ。


「石の蛤」は、龍村が天本と出会った場面を描きます。
ここで明かされるのは意外な龍村さんの姿…。
高校時代の1年間の留学だとか、実は元々文系志望だったとか、
極めつけは「完全に陽じゃなく、中途半端だから霊を集めやすい」
性格だった、ってところでしょうか。意外すぎる。
この龍村の性格は3篇を通して変わりませんが、
何だかこんな龍村さん、龍村さんじゃないみたいです…。
少なくとも、菜の花が大好きな龍村さんじゃないよー。
龍村さんにも思春期があったのか…!
そして何なんだ、この天本のしゃべり方は。
やたらに丁寧語。これまた別人っぽい。
おっと、各論を書くんだった。脱線、脱線。
ええと、本作は出会いを強調しているためか
やや単調でひねりもなく、単体としてはそれほど面白いものでは
ありませんが、シリーズのファンなら一度は読みたい作品でしょう。

総合評価:★+★★★



「人形の恋」は学園祭の頃のお話。
人の頼みを断れないお人よしな龍村の性格が引き寄せて
しまった厄介ごと…、ですね。
不要品バザーの担当をさせられた龍村、
変な人形を押し付けられてしまいます。
この人形がとんでもないものでありまして、
そんなこんなで学園祭の演劇部の舞台に立つことになる
龍村なのでした…。すごい展開だ…。
現在では何だか大げさな身振り手振りと服装、
やたらにいい声な龍村ですが、当時はまだ…、
舞台は苦手みたいですね!舞台デビューしてよかったね!
といったところでしょうか。
他の2作に比べてストーリーに変化があって、
なかなか面白い作品になっています。

総合評価:★★★★★



「約束の地」は修学旅行でのお話。
ずいぶん、天本も変わってきたかな?と思ったり
思わなかったり。突然登場の河合さん、
ファンならちょっとにやりなやりとりがあります。
キャラが可愛らしいせいか、解決時には
何となくほっとするものがありました。
ちなみに天本&敏生のカップリング好きのマニアさんには、
ラストが見どころでしょう。菜の花はちょっと…。

総合評価:★★+★★





菜の花の一押しキャラ…津山 かさね 「よしよし、小一郎は僕と遊ぼう。ママはご機嫌斜めだからな〜」 (龍村 泰彦) ぺしぺし…って遊んでる小一郎が可愛い
主人公 : 龍村 泰彦
語り口 : 1人称
ジャンル : 恋愛オカルトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : ライト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★+★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
132. 「マリオネットの罠」     赤川 次郎
2005.05.19 長編 334P 448円 1981年3月発行 文春文庫 ★★★★★
赤川次郎の処女長編・サスペンスミステリー

何と、今をときめく…ではやや遅いですか?
すでに重鎮?かもしれない赤川次郎氏若かりし日(?)の
長編デビュー作であります。
しかも、どうやら菜の花の大好きな宮部みゆき氏絶賛の一品らしい…!


【100字紹介】
 仏留学から帰った上田修一は、森の中の館に住む令嬢姉妹の
  仏語家庭教師を引き受けた。館で惨劇が起こり、
  次に大都会の空白で殺人事件が連続する。
  事件は一筋縄ではいかない。
  本当のマリオネットの操り手は誰なのか? (100字)


序盤の視点はフランス帰りの上田修一。
それから視点は点々と移動して、都会で起こった連続殺人事件を
順々に追っていきます。特に被害者を見ていく感じでしょうか。
それぞれの被害者のこれまでの人生の背景が丁寧に描かれています。
その分、余計に殺人事件の理不尽さと、悲しさが強調されるのです。
殺人者は地の文で名前が明らかにされているのですが、
その動機は謎としかいいようがないのがホラー的要素となっています。
大都会に放たれた殺人狂なのでしょうか…?

一連の殺人事件以降、解決編ともいうべき中盤の後半は
上田修一の婚約者・牧美奈子に視点が移ります。
彼女は潜入捜査をしているのですが、その緊張感の描かれ方は素晴らしい。
やや強引で向こう見ずな性格とすら思える彼女の行動ですが、
これによってむしろ読者にスリリングな緊張感を強いるのです。
この解決後には、一気に緊張感から開放され、
続く修一と美奈子の結婚式はもはやエピローグとして、
ゆったりとした雰囲気で読み始めたくなります。
しかし、そこで事件は終わらない。まだ殺人実行犯が残っているのです。
時間刻みで描かれる2人の結婚式当日ですが、
美奈子の様子や媒酌人になった刑事の様子以外にも、
明らかに何かをたくらんでいる殺人犯の描写も頻出、
否が応にも高まる緊張感!…そして、終焉。

ようやく終わった…、しかし終わってみるとある意味、
あっさりした事件だったな、などと油断してはいけないエピローグ。
そこで読者は、本当の真相を知ることになるのです…!

このどんでん返しの連続が、本書の魅力でしょうか。
それから、緊張感の高め方と開放の仕方と。
実に、技巧的に見えます。しかもどちらかというと映画的。
さすがに、映画の勉強をしたという著者らしいと言うべきでしょうか。


それに、タイトルがよいです。とても内容をよく表してる。
最初は「?」と思ったり、別のことを連想しているのですけれど
最後まで読み通してみると「ああ、そうだったんだな」と思えるというのが、
タイトルとして秀逸である条件なんじゃないかなー、と思う次第。


ただ、菜の花的にはこの手の理不尽な殺人事件が連続するのは
(しかも本書は、相当の人数が死んでいる…!)
ちょっとばかり苦手なんですけれど。
それだけが評価の足を引っ張っています。
純粋に趣味の問題なんですけど、ま、読書って趣味のものですから、
これが一番大事とも言えます。菜の花本人にとっては、だけですけど。





菜の花の一押しキャラ…林 隆春 すごい先生です。こんな医者なら診てもらいたいかも。 「あの男はわしの右腕じゃった。あの娘はわしの左腕じゃった。  ところがどうだ!右腕が左腕をかっぱらって行きおった!」 (浅倉 教授) 彼も大好きなキャラです。世間ずれしてる割に、 このスピーチはユーモラスさをアピールしていて「らしくない」なー
主人公 : 複数
語り口 : 3人称
ジャンル : サスペンスミステリー
対 象 : 一般向け
雰囲気 : やや古風、ホラー色あり

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
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133. 「火の神(アグニ)の熱い夏」     柄刀 一
2005.05.21 長編 230P 476円 2004年9月発行 光文社文庫 ★★★★+
推理マニアな貴方に贈る、論理的推理小説!

久々に柄刀一の作品を手にとらせて頂きました。
何だかとっても面白そうに見えて、弟から借りてきたのです。


【100字紹介】
 実業家・加瀬恭二郎は刺殺された上、部屋に火をつけられた。
  6年前には彼の妻が殺され、未解決になっている。
  バラバラに見えた手掛かりがひとつに収束するとき、驚愕の真相が…。
  名探偵・南美希風の鮮やかな推理! (99字)


「アグニ」(火の神)の名を冠せられた一冊。
文庫書き下ろしです。


事件は大変分かりやすく、明瞭に提示されます。
過去の事件として6年前の事件が出てきますが、
推理の上では現在の注目される事件と独立に考えて解けます。
非常にパズル的要素の強い作品だと思います。

舞台は実業家・加瀬恭二郎が第2の自宅にしている
レクリエーション施設。火力発電所の職員寮や訓練施設を背に、
ハイキングコースがあって東京ドームの3倍ほどの敷地で、
セキュリティーもばっちり。外からの侵入者は排除できます。
敷地内には”ハウス”という中心娯楽施設と、点在する7つのコテージ、
加瀬氏の亡妻の遺品などが置かれている”春風殿”という建物などがある…
と、はっきりしていて分かりやすい舞台であります。

そこで起こる殺人も1つだけ。
ね、あとはもう、解くだけですよね?
事件後に登場した名探偵・南美希風は、真夏の猛暑の中、
実に爽やかに、そして隙のない論理を展開してくれます。
それはまるで、ゲームの世界のよう。
鮮やかな推理に、思わず魅了されてしまいます。


しかも推理が綺麗であればあるほど、
文章はかたく、近寄りがたいものになりがちでありますが、
本作は大変爽やかであります。
1人称を採用したのが一番、よかったのかもしれません。


論理の端正さや語り口は有栖川有栖に通じるものを感じます。
ただし、柄刀氏の方が淡白な感じでしょうか。
思考の進め方(本作の場合は南美希風の語り方)は
寄り道はないけれどすべてをつくした感があり、非常に知的でスマート。

全体として、事件はひとつですし、名探偵によりあっさりと片がつき、
泥沼化もしないため、分量としても少なくなっています。
またサスペンス的な要素はなく、どきどき感も殆どありません。
それがまた、この推理パズルにのみに読者を集中させてくれる、
紳士的な態度に見えるのです。どきどき感が薄いと言っても
途中で読むのをやめたくなったりはしません。
そういう感情とは違う、不思議な魅力が求心力を発揮しています。
インテリ系の論理ミステリの傑作と言ってもよいのではないかと思います。




菜の花の一押しキャラ…加瀬 青治 「僕」です。 「逆鱗に触れたら怖いぞ」「逆鱗の数が多いしな」 (穂村 兼仁) 奥様評
主人公 : 加瀬 青治
語り口 : 1人称
ジャンル : ミステリ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 論理が美しいだけでなく
  爽やかで親しみやすい

文 章 : ★★★★+
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★+
独自性 : ★★★+
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★★+
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134. 「蔦蔓奇談」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.05.22 長編 300P 590円 2000年11月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★★★★
第1幕の終焉…敏生は独り、父に会いに行く


蔦蔓ですね、タイトル。敏生のお母様ですね?
いかにも何かの節目のようなタイトルでありますが、
内容的にも「第1幕終焉」というような感じです。


【100字紹介】
 「できるだけ早く、帰ってきますね」
 ―ひとりは寂しいから。そう言って敏生は、
 父のもとに出かけて行った…。冷たい父だったという。
  けれど死期が迫ったとき、彼は突然、息子に言ってきたのだ。
  会いたい、と…。 (98字)


ああ、殆ど表見返しのブックトークをそのまま借用だ…。
X文庫って必ずここに本文中の台詞もどきを引き抜いたような
映画調のブックトークが入っていますが、
今まで奇談シリーズのこの見返しの文章、
ちょっと微妙すぎて殆ど使ったことがありません。
でも今回は結構かっこよかったから、抜書きさせて頂きました。
しかし、この見返しのブックトークって、一体誰が書いてるんだろう?
それぞれの作家担当の編集さん?それともこればっか書いてる
ブックトーク専門の編集さんでもいるの?
だっていつも、「似てるけどそのものずばりな台詞はないぞ!」
という突っ込みを入れざるを得ないような作家さんのもあるし。
ほんとに本文読んでるの!?みたいな。
ということはきっと、作家さん本人ではないよね?


という訳で、奇談シリーズも一区切りです。
どういう意味で一区切りかって、やっぱり天本氏が敏生のご両親に
「息子さんをください!」もどきをやってくれる、ってとこ?
っつーかさ、普通の両親だったら即刻、息子を勘当でしょうな。
男が息子をくれなんて言ってきたらさ(- -;)。


今回は、敏生パパ&ママ初登場ですね。
そしてもう2度と出てこないと思うけど。
今までも敏生の回想では出てきていましたが、
本人登場はお初ですね。ついでに敏生継母&義妹も登場。
こっちは再登場の余地はありますな。特に妹。
何だか知らないけど、敏生はやたら妹が気に入っているようだし。
まさか、シスコン!?ちょっと待て、シスコンでホモって、
ふつーに文章にするととんでもなく、とんでもキャラだぞ…。
これが一応、主役張ってんだ…。やばいな。


本作は敏生への1本の電話から始まります。
敏生の実父の入院する病院からの、電話。
そしてひとり、出掛けた敏生は、今まで知らなかった
驚愕の事実に次々ぶち当たり、
ふらふらしながらも立ち向かっていきます。
そして…。

なかなかいいお話です。多分。
一番いいなあと思うのは、
瀕死の人間が不思議な力で、ぱーっと蘇っちゃったり、
呪いが解けたら病気がなかったことになったり…という
甘さがないところです。妙にリアリティあるっていうか。
さすがに人の「死」に日常的に触れているであろう
著者らしい、厳しさだなあと。
感情や雰囲気に流される年少者の読者にとっては
明らかに意外な展開なんじゃないかなあと思います。
これがこの作品を子供向けにしない一番の特徴だと思うな。
ま、性別倒錯愛自体、子供向けじゃないんだけどさ。




菜の花の一押しキャラ…龍村 泰彦 「お任せを。この小一郎、必ずやうつけを無事に連れ帰りまする」 (小一郎) いつまで「うつけ」って呼ぶんだろう…
主人公 : 天本 森、琴平 敏生
語り口 : 3人称
ジャンル : 恋愛オカルトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : ライト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★+
読後感 : ★★★

総合評価 : ★★★★★
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135. 「最後の将軍 ―徳川慶喜―」     司馬 遼太郎
2005.05.24 長編 286P 439円 1967年3月初出
1997年7月発行
文春文庫 ★★★+
幕府を自ら葬り去った、十五代将軍徳川慶喜


司馬遼太郎です。しかも幕末です。
どきどきしますねえ。


【100字紹介】
 敵味方から恐れと期待を一身に受けつつ、
  抗しがたい時勢に自ら幕府を葬り去った十五代将軍徳川慶喜。
  優れた行動力と明晰な頭脳をもって、
  最悪の政治的混乱に陥った政界に登場したこの人物を、
  淡々とした文章で描く。 (100字)



幕末最大の功績者とも、逆に腰抜けとも言われる御方ですね。
現在でも評価は分かれるかもしれませんけど、
彼が生きていた当時はもっと大変だったのだろうな、ということに
本作を読んで初めて思い当たりました。


さて、本作は最近の小説に多い、感情豊かに表現するような
映画風の描き方とは違い、淡々と事実に基づくエピソードを
連ねて束ねていく、という描き方がなされています。
司馬遼太郎の作風そのものですね。


なかなか、興味深かったです。歴史は小説より奇なり、って感じ。
エピソードのひとつひとつが、恐らくこの凝った取材をする
慎重な著者のこと、記録に基づいたものであると思います。
作られた小説よりも、一人の人物としての慶喜は大変複雑。
フィクションならこんな人格、難しくて描けません。
リアリティがない、一貫性がない、と批判されてしまいます。
でも本当の人間は、こういう複雑さ、一見繋がらなさそうな、
多くのエピソードの中に存在しています。
司馬遼太郎のすごいところは、やはりこれを巧く拾って
ひとつの解釈へ持っていけるところ、ではないでしょうか。
バラバラの人格のようなエピソードが連ねられ、
司馬遼太郎の言葉でよりあわされていくと、いつの間にか
ひとつの大きな流れの中に取り込まれていくのです。
何でもないような文章なのに、本当は何でもなくなどない。
だからこの人は作家なのですね。


しかし、やっぱり実在の人物は、すべてまるごと好き、
というようには思えませんね。ミーハーな菜の花には残念です。
魅力にあふれるキャラってやっぱり、
理想を頭に思い描く人の手によって作られた、
ひどく人工的な産物なのでしょう。

本作の登場人物が魅力に欠ける、という意味ではありませんが
すべての出会った人に恋をしないのと同じ理由で、
登場する人間をまるごと全部好きにはならないのでしょう。


結局、徳川慶喜の演じた役割というのはひどく不自由で
絶体絶命のピンチと言っても過言ではない状態で、
周りの人間は彼本人を見ようともせず、
勝手に自分達の抱いているイメージの慶喜ばかりを追いかけていて
それを裏切られると逆切れして、
何とも大衆とは愚かなものよ、と思いたくなるのですけれど、
それを華麗な奇跡の連続で颯爽と駆け抜ける…というほどもなく
でも他人ではきっと演じきれなかったであろう大役を
つつがなくこなし、そして自分の趣味の世界へ行った…、
そんな人生はちょっとだけ、羨ましいような気もするのです。
うわー、長い1文だ。しかも主語述語関係があやしすぎる。
文法的に間違ってそうだな…。



「円四郎、給仕のしかたを知らぬか」 (一橋 慶喜) 器用な若様だな…
主人公 : 徳川 慶喜
語り口 : 3人称
ジャンル : 歴史小説
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 淡々

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★+
読後感 : ★★★

総合評価 : ★★★+
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136. 「臨機応答・変問自在 森助教授VS理系大学生」     森 博嗣
2005.05.26 エッセイ 238P 680円 2001年4月発行 集英社新書 ★★★★★
森博嗣が講義で受け付けた質問&回答集


また、森エッセイです。
と言ってもこれはちょっと変則。
森博嗣だけの作品じゃないってところが…。


【100字紹介】
 工学部助教授・森博嗣は、学生に質問をさせることで出席をとり、
  その質問に自身が答えたプリントを配布する。
  科学、雑学、人生相談など質問内容は様々。
  本書は、数万にのぼるQ&Aの面白さの一端を紹介していく。 (99字)



というわけで、学生との合作(?)ですね。
プリントで回答しているということで、
文章を短くする必要があったとか、
そのせいで相当、素っ気無いです、お答えが。
あまりの素っ気無さに可愛げがない。
何となく、むかっとくる菜の花なのでした…。短気だ。


質問全体は7つの章に分けて紹介されます。

T いろいろな質問
U 建築に関する質問
V 人生相談?
W 大学についての質問
X 科学一般についての質問
Y コンクリートに関する質問
Z 森自身に対する質問

だそうです。しかし、これだけ読むとこの講義って一体?
…って思いますね。。。勿論、何年もこの形式の講義
(学生に質問させることで出席をとって、次回にその回答を配布する)
を続けてきたわけで、そうすると数万とかいうとんでもない数字の
Q&Aが出来上がるわけで、それらのすべてがまさかこんな
とんでも質問ばっかりではないはず。
というかむしろ、こういう質問の方が少数派のはずだと思われます。
これを読んでいると、そうは思えない気もするけど、きっと気のせい。
絶対、授業にもっと直結した質問が多い。はずだ。きっと。多分。

しかし、学生さんの質問を見ていると
「なんて文章を書く奴だ!」
というのがとても多いです。理系大学生って文章書けてないな。
大体、この大学で理系なんか行く奴は、国語の成績がよくないんだよ。
…という偏見を持っている菜の花は、この大学の理学部卒です。てへ。
しかし、周りを見回しての実感でもありますよ、その意見は。
特にうちの科(理学部物理学科)などというものは、
相当な変人が集まる場であります。
でも変人ぶりが、国語の領域で発揮されているのは
殆ど見たことがありませんね。
こんな菜の花すら彼らの中なら上位に入れるぞ、国語。


それはおいておいて。
まえがきで森博嗣自身の「質問に対する答え方の基本的な心得」として

@情報を問う質問には、情報が存在する範囲で答え、
 その情報を得る方法を教えればよい。
A意見を問う質問に関しては、意見を誇張してずばり答えるか、あるいは、
 その意見を問う理由、意見を一つに絞らなければならない理由、を問い返す。
B人生相談、あるいは哲学的な質問に関しては、まず定義を問い返す。
C個人的な質問に関しては、ある面は誇張して答え、ある面はかわす。
D自分で解決しなければ意味がないことを気付かせる。

を掲げています。あくまで思いつきみたいですけど。
Dが重要らしいです。そうですよね、菜の花もそう思います。
結局どんなことも、解決するのは自分です。
自分が納得して初めて解決するのですからね。
納得することは、自分にしか出来ません。
(「なら講義で質問を強要するなよ」って意見もあったりして)



主人公 : ?
語り口 : Q&A
ジャンル : エッセイ
対 象 : 一般向け
雰囲気 : 淡々?冷たい?

文 章 : ★★★★★
描 写 : −−−−−
展 開 : −−−−−
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
137. 「童子切奇談」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.05.27 長編 406P 2000年8月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★+★★
京都で龍村そっくりの平安装束の通り魔現る


今回はまた珍妙なタイトルだな…と思ったら
またも菜の花が物を知らないだけでした…。とほほ。


【100字紹介】
 夕食の席で、天本と敏生はテレビのニュースに仰天する。
  京都で、平安装束の謎の男が刀で通行人を傷つけ、
  行方をくらましたというのだ。偶然、撮影された男の顔は
  龍村そっくり。天本、敏生、龍村は京都に向かった! (99字)


いきなり、すごいことになってます、龍村さん。
勿論、無実を主張し、アリバイもばっちりな龍村さん。
彼のアリバイときたら、警察官立会いの下での解剖ですから、完璧。
よかったよかった。そして早速、京都へ行く3人ですが、
敏生の頭の中にはもう犯人像が…。
それは読んでからのお楽しみ。
ですが、シリーズの某作品を読んでいないと分からないかも?
懐かしのあのキャラ登場です。
しかもさいこーに見たかった「あのカップリング(?)」がついに実現。
龍村ファンなら必見でしょう、この巻は。


起こったことも突拍子もないですが、敵もすごく豪華(?)。
何しろ「竜泉奇談」で登場したあの最強の敵以来の、
天本でも歯の立たない強敵ですぞ。すごいねえ。
それに立ち向かうための必須アイテムがタイトルでした。
知ってました?常識なのかなあ?国宝?知らないよー。


展開としては、一発でぽんと終わらないでよかった、という感じ。
あそこで終わってはあんまりですが、この繋げ方も独創的か?
と言われるとちょっと分かりませんけど。
でも安心感のある展開ですよね。ほぼ予想通り。
お約束な「水戸黄門」がちょっと複雑になって、
でも基本的には一本道でやっぱりお約束、な展開です。
という訳で、非常に読みやすく、親しみやすい作品です。


苦言を呈するとすれば…ラストかな。
あの人にも再登場して欲しかった!ってこと。
単なる読者のわがままですが。。。
でも、見たいよねー?あっちの世界。なんて。




菜の花の一押しキャラ…龍村 泰彦 「どんなに冷静に見ても、これは僕にしか見えないな。  似ているとかいないとか、そういう問題は超越してる」 (龍村 泰彦) 超越しちゃってるらしい
主人公 : 天本森・琴平敏生
語り口 : 3人称
ジャンル : 恋愛オカルトノベル
対 象 : ヤングアダルト
雰囲気 : ライト

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★+★★
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