よみもののきろく

(2005年4月…113-127) 中段は20字ブックトーク。価格は本体価格(税別)。 もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
2005年4月の総評

今月は15冊の本を読ませて頂きました。平均すると2日で1冊ですね。
なかなかのペースです。また、珍しく小説以外の本も多く読んだ月でもありました。
ハウツーを1冊、ノンフィクションを1冊(上下巻なので本当は2冊ですが)、
それにエッセイを2冊。そのかわりなのか、短編集を1冊も読んでいませんね。
珍しい月かもしれません。また、時代物も現在読みかけてはいますが、
読了したものがないままに4月は終わってしまいました。


著者別では、椹野 道流5冊、森 博嗣4冊、有栖川有栖3冊と
圧倒的な偏り読書という感が否めませんね…。
でもしばらくは、この傾向が続きそうです。
現在、椹野&森コンプリート計画進行中なので。


さて、そろそろ内容に入っていこうと思います。
菜の花的2005年4月のベストは

 「夏の夜の夢は幽けし」 椹野 道流 (評点 4.5)
 
でした。文士もののオカルトノベルですが、とにかくキャラが面白い。
作られたような「いい子ちゃん」じゃなく、妙に生々しい部分もありつつ、
でもやっぱり作られた小説、という雰囲気の絶妙なバランスが秀逸でした。
実在した人々…しかも文学少女・文学少年ならきっと知っている人物たちへの
真摯な愛情と、その人たちを好きに使う遊び心が、
マニアックな往年の文学少女にはたまらなく面白いのです。


それ以外にも、何作も良作に巡り合いました。

「月光ゲーム Yの悲劇'88」有栖川有栖(評点4.0)
「孤島パズル」      有栖川有栖(評点4.0)
「双頭の悪魔」      有栖川有栖(評点4.0)
「女王の百年密室」     森 博嗣  (評点4.0)

有栖川有栖の3作は、すべて江神二郎シリーズで、同著者の初期作品。
端正な新本格の逸品ぞろいで、「読者への挑戦状」は菜の花の心を
ときめかせてくれました。パズル的要素の強い、ミステリ好きが贈る、
ミステリ好きのためのミステリ小説です。
また、森作品で久し振りに高い評点となった「女王の百年密室」。
こちらは一転、近未来的SF小説の色濃い作品でした。
ミステリとしてではなく…、すでにその枠は逸脱していて、
あえて言うならSF、という感じの本作は、
森博嗣らしさを十分に漂わせつつも、どこか幻想的で独特、
その魅力も表現しようのない掴み所のないものでした。


「暁天の星 鬼籍通覧」 椹野 道流 (評点3.0)
「無明の闇 鬼籍通覧」 椹野 道流 (評点4.0)

こちらの「鬼籍通覧」シリーズの第1作と2作も、好調な滑り出しです。
現役監察医の描く司法解剖中心の物語は、他に類を見ない作品。
しかも医学部出身の理系人間なのに、ジャンルはオカルトノベルという取り合わせ。
一見アンバランスにすら見えるこの物語はしかし、オリジナリティという評価では
他の追随を許さないものがあります。シリーズの他の作品にも期待が高まります。


さて、今月はここまでで。






113. 「月光ゲーム Yの悲劇 '88」     有栖川 有栖
2005.04.01 長編 361P 580円 1994年7月発行 講談社ノベルス ★★★★
有栖川有栖長編デビュー作の本格推理小説!

さて、ついに読みました、有栖川有栖の記念すべき長編デビュー作。


【100字紹介】
 矢吹山が噴火し、英都大学推理小説研究会の江神や有栖川ら一行と、
 偶然居合わせた17人の学生達はキャンプ場に閉じ込められた。
 極限状況の中、出没する殺人鬼。犯人は誰なのか?
 現場に残されたYの意味するものは? (100字)


プロローグでいきなりダッシュな展開です。
噴火してるし!人、死にかかってるし!
ってゆーか、主人公の有栖川有栖、死にそうだし!


ここでたっぷり謎とやばさを振りまいての平和な第1章。
すでに提示された混乱ぶりを知っているせいか、平和な一コマにも
どこか影を見てしまったり、そわそわさせられる。
やがてずるずると地獄に引き込まれていく感じ。


本作は有栖川有栖のデビュー作ですが、
改訂に改訂を重ねているそうです。
副題はYの悲劇 '88ですが、 '78のヴァージョンもあったらしい…(笑)。
でも江戸川乱歩賞を落ちてしまったのですね。あらら。


デビュー作らしく、まだまだどっしりとした重みに欠けるかな、
というのが正直な感想。
作りはしっかりしているし、本格の自負も十分なのは、
最終章の前に提示される「読者への挑戦状」にも見て取れます。
勿論、この自負がゆえなきものではないとも思いますが。
それでも、何というかこの後の作品群に見られるような
行間に漂う余裕というものがないな、と。
そのためか、ユーモアのキレがいまいち。
とても真面目に書かれている、という初々しい雰囲気はあるのですが。
これから変わっていくんだな、という期待感も含みつつ。
だからデビュー作って面白いんですよね。
後年の作品をすでに知っている身としては、
この期待感を裏切らなかったこの著者には
確かに平成のエラリー・クイーンの名を冠するのも悪くないなと。
こういう才能を発掘してくる編集者や作家さんってすごいな。
ちなみに有栖川有栖をバックアップしたのは作家の鮎川哲也氏だそうです。
元々、有栖川有栖は鮎川ファンとして知己を得たそうで。
ふーん、そういうものですか。


本作は、副題にも現れているとおり、「Y」という文字がクローズアップされます。
このYとは、死者からのダイイング・メッセージだったのです。
いかにも本格推理らしいテーマ?
しかし、実際はそちらはそれほどメインではありません。
中途半端なダイイング・メッセージほど、
自由度の高い判断材料はないのです。これだけで決め手にはなりません。
本作にとってダイイング・メッセージは単なる飾り付けでしかありません。
この作品はダイイング・メッセージものではなく、
本格フーダニット作品とされるべきでしょう。
フーダニット、つまりWho done it?…誰がやった?ということです。
犯人あての推理小説の執筆は大変、難易度が高いもの。
この作品のように「読者への挑戦状」を掲げるタイプは尚更です。
作者はすべてのヒントをそれ以前にフェアな形で提示する必要があり、
しかも論理的な思考をすればたったひとつの解に落ち着かなくてはなりません。
その上、あからさますぎては最後の謎解きで、
解答を1本線で結んだときの新鮮な驚きを失ってしまうのです。
分からなくてはならないのに、分からせてはいけないヒント
をちりばめなくてはならないという葛藤。
読後に、すとんと腑に落ちるような本当の「本格推理小説」が
いかに少ないことかを見れば、この難しさは容易に知れるというものです。

その数少ない書き手を得られたことを、
この作品を読みながら天に感謝する菜の花なのでした。





菜の花の一押しキャラ…竹下 正樹 いや、理学部仲間だしさー。 「うちの竹下正樹君のニックネームは博士よ。もう見るからに理学部でしょ?  自宅でフランケンシュタインの怪物でも造ってるんじゃないかと思うわ」  (菊池 夕子) そりゃ理学部への偏見さね!(笑)
トリック技巧 :★★★★★  特に凝ってはいない
動機の妥当性 :★+★★★  極限状態だし…まあ…
リアリティ :★★★★★  いやいや、噴火はしないっしょ
本格度 :★★★★+  本格的なフーダニットですね
読みやすさ :★★★★  人が多すぎて最初は大変かも
真相の意外性 :★★★★★  まあ、いいところでしょう
読後感 :★★★★★  沢山死にましたが何とか一件落着

総合評価 :★★★★  ユーモアがいまいち切れないなー
有栖川有栖の著作リスト よみもののきろくTOP
114. 「頭がいい人、悪い人の話し方」     樋口 祐一
2005.04.03 ハウツー 220P 714円 2004年7月発行 PHP新書 ★★★★★
貴方は大丈夫?こんな話し方はバカに見える

話題の本です。
菜の花のお気に入りのオンライン本屋さん「ほんやタウン」の
今週のおすすめ!に載っていたのを見て、読みたくなりました。
ねえ?だって知りたいじゃないですか。
菜の花はとっても話しベタだから、
周りに「バカだなあ!」と見られているんだろうな〜、
とかよく思います。直せるものなら直したい!この話し方!


【100字紹介】
 何気ない会話に、その人の知性が現れる。社会に出れば、
 話し方ひとつで仕事が出来るかどうか判断されてしまう。
 本書では巷にあふれる愚かな話し方の実例をあげ、
 その傾向と対策を練る。文章のプロが痛快に綴る。 (98字)


本書は全体を4章に分け、全40の典型的な項目を掲げて
それぞれの傾向と対策を挙げています。
4章それぞれのタイトルは以下の通り。

第1章 あなたの周りのバカ上司―部下から相手にされない話し方
第2章 こんな話し方では、異性が離れていく―だから女性に嫌われる
第3章 絶対に人望が得られない話し方―こんな人とはつき合いたくない
第4章 こんなバカならまだ許せる―この程度なら被害はない

ああ、気になりますね?気になるでしょ?
40の典型的な項目も例えば

12 知ったかぶりをする
13 すんだことをいつまでも蒸し返す
16 優柔不断ではっきり言わない
17 自分のことしか話さない
21 自慢ばかりする
23 人の話を聞かない
31 人の話をうのみにする
40 バカでよいと居直る

などなど、思わず胸に手を当てて考えてしまうことばかり。
うっわー、この著者は菜の花を観察してこの本を書いてらっしゃるんですかね?
と思わず勘ぐりたくなりますが、これも

14 何でも勘ぐる

で釘を刺されているので、深く考えるのはやめましょう。
さてさて、何ともありがちな項目を過不足なく挙げてくれている本書。
目次を読むだけでも身につまされること請け合いですが、
それぞれの傾向と対策やいかに?
期待は高まります。

それぞれの傾向に関しては、どこがどう愚かなのか、
をじっくりと語っています。そう言われてみればそうだよねー。
うん、言われてみるとよく分かる。とうなずけます。
対策については

「周囲の人の対策」
「自覚するためのワンポイント」

が用意されているのですが…。
半分くらいは「付き合いをやめろ」で終わっている気もする…。
うーん、そう言われても。普通に見回しますとね、
これに当てはまらないひとってまず、いないんです。
直接大きな被害をこうむっているわけでもないからほっとけばいい、
って類になるとは思うのですけど…、
でも殆どが「付き合いをやめろ」では対策になっていないし。
自覚するためのワンポイントはまあ、傾聴に値すると思います。

「愚かである」「バカな話し方」という過激な言葉が連発され、
前半部である傾向の部分は確かによい切れ味で文章が綴られているのですが、
その分、対策に関してちょっと期待はずれな印象が否めません。
結局は「愚かな話し方をしないためにはよく考えろ、知識を蓄えよ」
という正論に集約されてしまっているだけにも見えなくないし…。


まあ、身につまされることは確かだし、
これで気をつけよう!という気にもなるし、
読んで損はないのでしょうけど、敢えて言うなら

本書は目次だけ読めば事足ります。

どうぞ興味のある方は、本屋さんで目次だけ読んでみて下さい。
中身も読みたい!という人は止めませんけど、
多分目次だけで知るべきことは知ることが出来ると思います。




115. 「暁天の星 鬼籍通覧」     椹野 道流
2005.04.03 長編 262P 800円 1999年6月発行 講談社ノベルス ★★★★★
現役女性法医学者が描く、不可思議な事件

これまでX文庫でお子様を相手にしてきた椹野道流、
ついに講談社ノベルスでデビューです。
子供相手であのドロドロ具合なら、
ノベルスではどれだけスプラッタな状態が繰り広げられるのか、、、
もう想像するだに恐ろしゅうございます。。。


【100字紹介】
 春、法医学教室に大学院生として入った伊月。
 「グレート」な都筑教授や解剖好きの
 お姉ちゃん・伏野ミチル、職人技の清田技官などとともに
 不可解な遺体の解剖に取り組む!
 現役女性法医学者が法医学教室の一端を描く。 (100字)


とりあえず一言、よろしゅうございますか。

ひぇぇぇぇぇ、怖かったよぉぉぉぉぉぉ。

はー、びっくりした。怖かった。夢に見そうだわ〜。
何してくれるんでしょうねー、このおねーさま。
すんごいのほほんな雰囲気のくせして、
やってくれますよ、まじで。
スプラッタです。ホラーです。サイコです。
怖いよー。怖かったよー。
はーはーはー。


ちょっと落ち着いたところで、では中身を…。
物語は主人公らしきお人、伊月君がO医科大学の法医学教室に
やってくるところから始まります。春ですね。
めちゃめちゃタイムリーです。
教授先生は花粉症に苦しんでいるしね。
菜の花レベルにえらいことになってるみたいです、都筑教授。

初めての司法解剖。轢死体の検案。
次々と描かれる専門的描写の数々。
もしもあなたが法医学に少しでも興味がおありなら、
是非一読をお勧めいたしますよ。
これだけ書いている作品って今まで見たことありません。
さすが現役監察医。なかなか書けるものじゃありません。
ついでに言うとあんまり読んで心躍るものでもないし。
ちょっとご飯がまずくなるってゆーか。
よかったなあ、この道に進まなくって。
…と本気で思った菜の花。。。


この作品は一見するとミステリーのようですが、
実はミステリーではありません。お間違えのなきよう。
菜の花、てっきりミステリーだと思っていたんですけど、
読み終わってみると全然違っていて、ますます怖さが倍増です。
いや、もうほんとに、こーゆーの苦手なんだってば。
もしもミステリーは好きだけどホラーは駄目ってお方でしたら
絶対、読むのを中止すべきです。怖いですよ?
「世にも奇妙な物語」とか、オカルト大好きなあなた!
あなたは是非この作品を読んで下さい。
むしろ物足りないかもしれませんが。。。
これ読むと、宮部みゆきの「龍は眠る」なんて全然、
平和だったなー、と思ってしまったりするのですが。

ままま、そういう感じなんですよ。
ええ。ええ。怖かった。ってゆーか気味悪かった。





菜の花の一押しキャラ…伏野 ミチル やっぱ著者がモデルですかね? 「…先生…。ミスチルの桜井は、ビジュアル系と違い(ちゃい)ますやん」  (筧 兼継) うん、違うと思う。 椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
116. 「四季 冬」     森 博嗣
2005.04.04 中編 242P 800円 2004年3月発行 講談社ノベルス ★★★★★
四季4部作完結!天才・真賀田四季の孤独


久々に四季シリーズです。そしてついに完結。


【100字紹介】
 天才科学者・真賀田四季の孤独。両親殺害、
 妃真加島の事件、失踪、そしてその後の軌跡。
 誰にも理解されることなく、
 誰の理解を求めることもなく生きてきた孤高の存在。
 彼女の心の奥底に潜んでいたものは何か…? (98字)


というわけで今、明かされる、四季の本心!…ってところでしょうか。
「すべてがFになる」で始まったS&Mシリーズの最初と最後でメインを張り、
Vシリーズを含む他の作品にもちらちらと姿を見せた真賀田四季。
森作品にはいつも彼女の影がちらついていると言っても過言ではないかもしれない、
メインキャラクターですが、作品ごとに描写が違うというか、
性格が違うというか、まったく違う面を見せてくれる彼女。
四季4部作ではついに念願(?)の主人公となり、
その不思議な素顔を見せてくれています。
「春」では幼女時代を、「夏」では少女時代を、
「秋」では現在を、そして「冬」では過去と未来を。

特に「秋」では「妃真加島の事件」=「すべてがFになる」の事件に対する
真の動機が明かされ、きっと読者が彼女を見る目が一転したのではないかと
思われますが、本作はそれを更に強化してくれるものであるといえます。

多分に詩的。
多分に感情的。
そして断片的。

これが完結にまとめた、本作の特徴。
ちなみに全作品を読んでいないと、恐らく理解不能な面も多々あります。
これ、注意事項。

読めば思考の浮遊感が楽しめるでしょう。
人によってはこれを心地よく感じ、
人によっては無駄に情緒に流されただけの作品と受け止めるでしょう。
この作品を評価するかどうかは、結局その人の好みの問題だけだと思われます。

飛び交う記憶の断片。
繰り返される場面。
細切れだけど明瞭なひとコマ。
指向性のある思考。

この言葉に惹かれるならば、どうぞ本作を手に取ってください。
論理的な思考の道筋や、明瞭な事象を好む方は、
この作品に手をかけない方が賢明でしょう。もっと面白い作品は沢山あるはずです。
これが菜の花からのアドバイスです。




菜の花の一押しキャラ…真賀田 四季 「普通は、退屈には退屈でもって打破するんだ」(其志雄) つまり、退屈なときは繰り返される音楽でも聴けってこと。 森博嗣の著作リスト よみもののきろくTOP
117. 「ビリー・ミリガンと23の棺(上)(下)」     ダニエル・キイス、 堀内 静子訳
2005.04.09 ノンフィクション 375P, 335P 660円, 620円 1994年7月早川書房
1999年10月発行
早川文庫 ★★★+
多重人格障害の青年の軌跡を描く2部作後編


本作は「24人のビリー・ミリガン」の続編であり、完結編でもあります。
前作ではビリーの半生が描かれ、犯した犯罪のために逮捕されるも
「精神障害のため無罪」と言い渡されながら、紆余曲折の末に
「最悪」という悪名高い州立ライマ病院に収容されてしまう…
というお話でありました。エピローグでビリーのその後が
軽く触れられており、脱走、殺人容疑、更なる闘い…が示唆されていました。
結局、彼はどうなったんだ!?というのが不明…
という訳で、気になりますよね、気になるでしょ?どうなったか。


【100字紹介】
 24の人格を持つビリー・ミリガンは1978年、
  連続強姦犯として起訴されるも精神異常のため無罪となった。
  だがその後、悪名高い州立ライマ病院で孤独な闘いを強いられ…。
  極限状況で生き抜こうとする青年の軌跡!(100字)


読みたい!と思った理由は先述の通り、ビリーのその後が気になったから。
結論から申し上げますと、最終的に彼は有罪にもなったけれど、
精神病院で過ごした期間も仮釈放期間に入ることになり、
服役することなく、しかも障害も(恐らく)完治ということで
晴れて完全釈放されました。めでたしめでたし…なのか?
それはとっても難しい問題。でも、まあそういうことです。


前作とは違い、この本は止まることなく一気に読み切れました。
興味が持続した…というのは、菜の花の成長でもあるかもしれないし、
本作が起伏に富み、読みやすかったというのもあります。
前作と違い、全体が1本道で過去から未来へ向かっているし、
ビリー自身も3歩進んで5歩下がるような状態から、
5歩進んで3歩下がるくらいになり、確実に変化しているように見えます。
ノンフィクションでは起伏を勝手につけるわけにいかないですから
読者の目をそらさせないような魅力的なストーリー展開、
というのはなかなか出来ないかもしれませんけれど、
本作について言えば、まるで作った物語のように
注目をひくような仕上がりになっています。
これについては著者キイス自身も序文で

「ビリー・ミリガンのその後の12年の物語を読むと、
 読者は感情のジェット・コースターに乗っているような気がするかもしれないが、
  それは彼がジェット・コースターのような人生を送ったからなのである。」

とも書いていらっしゃいます。まさにその通りなのですね。


前作から引き続き、やや気になること。
和訳がちょっとごつごつしていて、読みづらいです。


本作で一番の注目は解説でした。
書き手は作家の折原みと。ちょっとびっくりしました。
折原みとと言えば、少女漫画家でありイラストレーターであり、
講談社X文庫のティーンズハートの作家であります。
菜の花が小学生〜中学生の頃には女の子の間で大人気でした。
同世代の人ならきっと分かってくれますよね?
「天使シリーズ」とか「アナトゥール星伝シリーズ」とか。
「時の輝き」は映画化もされましたし、天使シリーズは英訳もされました。
確か元々は漫画家で、花井愛子の「山田ババアに花束を」というX文庫で
イラストレーターをつとめたのが作家デビューのきっかけとか、
確かどこかで読んだ気がします。ま、そんな人です。

この折原みとの解説は、前作、本作を通じて菜の花の感じたことを
そのまま代弁してくれていて、しかも綺麗にまとまった文章です。
ああ、さすが作家。菜の花は思っていてもここまで書けない。
やっぱり文章の専門家は違います。
そうなんだよ、そうなんだよ、と頷きつつ読みました。
そして、格の違いを見せ付けられた思いの菜の花だったりします…。
ああ、その昔、菜の花は折原みとに憧れましたが、
この歳になってもやっぱりちっとも追いついちゃいないんだな、
と少し残念なような、でも嬉しいような不思議な心持ちです。

…そう、折原みとが解説で言うように、前作のビリーは「逃げる人」であり、
本作のビリーは「闘う人」なのです。

小説というのは基本的にはエンターテイメントです。
中には、教訓を挟みこむようなものもありますが、主には楽しみのために
読むものだというのが菜の花の認識です。
けれどノンフィクション…特にある個人の伝記などは、
単なるエンターテイメントで終わってしまっては無価値な気がします。
何かの教訓が潜んでいて欲しい、それが菜の花のノンフィクションへの願いです。
前作は「逃げる人」の伝記であり、それは
「つまらない」=「読むだけの価値を感じない」ものだと感じていました。
しかし本作は「闘う人」の伝記であり、決して無価値ではないのです。
前作も本作のための布石なのだとすれば、無価値ではなかったのでしょう。

ビリー・ミリガン2部作(「24人のビリー・ミリガン」と
「ビリー・ミリガンと23の棺」)は、両方読んで初めて価値が見える作品でした。

もしもこの物語に興味を抱いた人がいらっしゃったら…、
2部作の上下巻全4冊をすべて読んでください。
きっと最後のエピローグでの、ビリーの一言が心に響くことでしょう。




118. 「孤島パズル」     有栖川 有栖
2005.04.10 長編 402P 660円 1996年8月発行 創元推理文庫 ★★★★
孤島で起こる連続殺人に江神とアリスが挑む

有栖川有栖の長編2作目。
2作目というのは作家の実力が問われる作品ですからね、
どんな力作を提出して頂いたのか、胸が高鳴りますね。


【100字紹介】
 夏休みを利用して英都大学推理研の江神部長、有栖川有栖、
  麻里亜は、島全体が遺産を隠したパズルになっているという
  南海の孤島へやって来た。調査を始めた3人だったが
  嵐が到来した夜、風雨に紛れて最初の殺人が…! (100字)


前作に引き続き、探偵役は江神二郎ワトスン役は有栖川有栖。
そして事件の方も同じくクローズド・サークルのフーダニットです。

前作とは違い、人工の建造物があるからか、
密室もちらっと顔を覗かせつつ、さらりと回避され。
ダイイング・メッセージもちょっと見せておいて隠され。
そしてちゃーんとあります、読者への挑戦状。


例によって例の如く、やっぱり菜の花は挑戦状に勝てませんでした。
うーん、難しくない?
それからもうひとつ、本作には特別付録つき。
犯人当てだけでなく、「孤島パズル」のタイトル通り、
パズルがもれなくついてきます。
何だか変なモアイ像が島のあちこち(計25箇所)に立っていて、
てんでばらばらな方角を向いています。
これが宝のありかのヒントなのです。
…と言ってもこのモアイ像、別に古代の遺産とか
そんな眉唾っぽい怪しげなものではなく、
この孤島に招待した張本人のマリアの祖父で、
パズル大好きな鉄之助さんが生前に
自分の遺産を隠すのに測量士に建てさせたもの。
なかなか茶目っ気のあるおじいちゃんです。
しかも遺書に書き残したヒントの言葉も素敵。
「進化するパズル」なのだそうです。どんなパズルや。
菜の花、最初の2次元までしか分かんなかったです。
パズル好きさん、挑戦してみます?
いや、しかしあれが解けるって相当な変人じゃないかな。


解説でも触れられるように、何となく瑞々しい青春小説っぽい
要素も混じっているかな、とは思いますが、
全体のバランスとしては間違いなく本格に傾斜した作品。
前作よりは落ち着きが出ているかな。
ざわざわした感じが少し減ったように思います。
登場人物の数も減りましたしね。
この方がコンパクトで読みやすいかと思います。
皆でわいわい、というのも悪くはないですけどね。
人物を把握するのが大変すぎますから。
フーダニットの小説で、登場人物の数を減らすというのは
容疑者を減らす行為に他ならないわけでありまして、
とすると、登場人物数が前作よりも減ったのは
やはり作者の自信や実力、落ち着きの表れかな、と感じました。






菜の花の一押しキャラ…平川 至 悪い人じゃないと思うんですよ 「アリス、商売道具出せ」(江神 二郎) 単なるコンパスなんだけどさ。
トリック技巧 :★★★★★  特に凝ってはいない
動機の妥当性 :★★★★  普通です
リアリティ :★★★★★  ライフルをそんな杜撰に…
本格度 :★★★★+  クローズドのフーダニット
読みやすさ :★★★+  読みにくいところはない
真相の意外性 :★★★★★  まあ、いいところでしょう
読後感 :★★+★★  犯人も生き残って貰いたかった

総合評価 :★★★★  びみょーに哀しい
有栖川有栖の著作リスト よみもののきろくTOP
119. 「景清奇談(かげきよきだん)」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.04.11 長編 374P 1999年11月発行 講談社X文庫ホワイトハート ★★+★★
シリーズ第8作!厳島神社から景清洞窟へ!


さて、前回の椹野道流はシリーズから外れましたが、今回は
また最初の通り、奇談シリーズです。


【100字紹介】
 掛け軸に描かれていた女が消えた。
  残されたのは厳島神社の能舞台だけ。
  この掛け軸に入れ込んでいた女性は失踪、
  水死体となって発見された。
  捜査を始めた追儺師・天本森と敏生は、
  平氏の落ち武者・平景清に行き着く… (100字)


まずは奇談シリーズ、簡単解説〜。

主人公。
追儺師であり、若手人気推理小説家でもある天本森。
色々過去を匂わせていますが、詳細は不明なひっぱりキャラです。
その助手で人間と精霊のハーフである琴平敏生。
何だかいつも、怪我ばっかりさせられています。
二人はラブラブですが、男同士です、一応。

最近はほぼレギュラーの座を確立しそうな勢いのメインキャラ。
天本森のエージェントであり、「組織」の一員、
でも表の顔は外車の営業マンな早川知足(でも今回はお休み)。
天本の師匠の河合純也。
天本の高校時代からの友人で豪快な法医学者の龍村泰彦。

こんな人々が織り成す、オカルトノベルです、はい。
よく死体が出てきますが、作者が現役法医学者だけあって
表現が相当グロイです。まじで。そんなシリーズ。


今回は珍しく、お仕事抜きの小旅行に始まります。
泳ぎに行きたい!という希望を携えて天本家を訪れた河合。
大喜びで賛意を示した敏生。
決死の覚悟(!)ながら、しぶしぶ承知する天本。
誘われて現地合流した龍村。

そんな4人が広島の街を歩いているところに、
ヤクザ風の男たちに追われている女性が登場。
その女性が持ち込んだ厄介ごとを、
女好き河合が引き受けてしまいます。

それが「掛け軸から消えた女」だというわけです。
しかも女性の姉の水死体の発見された竜宮淵では
妙な怪談が流布されていたりして、どうにもきな臭い雰囲気。
そして辿り着いたのが平家の落ち武者・平景清(たいらのかげきよ)が
その姿を隠したという景清洞窟。ここからタイトルが取られているのですね。

菜の花、無知なもので「かげきよ」が読めずずっと
「けいせいきだん」だと思っておりました…。
奥付にもちゃんと読み仮名が振ってあったし、
あとがきでも読みが書いてあったので「へー」です。
中身までちゃんと読むと「あ、人名か!」で分かるんですけどね。
通りであいうえお順のへんな場所にあると思ったんだよ。


ま、そんな訳で景清奇談でした。
今回はあらすじばっかり書いたな。


ああ、付け加えておくと、推理小説を読むノリで読んではいけません。
彼らには推理する気なんてないんですからね。
答えはどんどん転がり込んでくる、ってわけです。
ちょっと、台本通りにキャラが動いているだけという感は否めません。
ただ、シリーズ全体を通した「天本の過去」という謎に関しては
細かい感情描写があって、巧いなあという感じです。
河合さんと龍村さんの関係とか…、間に入った天本さんとか。
読者はきっと、敏生になった気持ちで読んでいくことが出来るでしょう。




菜の花の一押しキャラ…龍村 泰彦 「あ、悪いな、メシどきに押し掛けて。実はわざとやねん」 (河合 純也) わざとっすか。さすがです、師匠! 椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
120. 「女王の百年密室」     森 博嗣
2005.04.14 長編 500P 1900円 2000年7月発行 幻冬舎 ★★★★
偶然に行き着いたのは罪も死もない街だった


森博嗣ですが、S&Mシリーズでもなく、Vシリーズでもなく、
四季4部作でもありません。一見…。


【100字紹介】
 僕、サエバ・ミチルはトラブルで、パートナのロイディと
  不思議な街に行き着く。その街では人は死なず、
  犯罪も罰もない平穏な時間が流れていた。
  が、王子が何者かに突然、絞殺された!
  罪を許せない僕の心は揺れ動く… (100字)


なかなかエキサイティングでした。
森博嗣作品としては、相当、気に入りました。
特に、ネタフリ部分の謎、満載感。
ちなみにジャンル分けするならば本作は、SFでしょうか。

サエバ・ミチルの1人称で進められるこの小説、
何か奇妙な過去や背景を抱えていそうなこの主人公に
忠実で絶対に裏切ることのないウォーカロン…ロボットのロイディ。
時にロイディのその機械的な(機械なんだけど)物言いは冷たいとすら思えるけれど、
そんなロイディこそをミチルは好ましいと思っているところが少し切ないような、
けれど安心感があるような、不思議な心持ちがします。

見知らぬ街、しかもこんな奇妙な街に迷い込み、
一体何を信じ、どう捉えたらよいのかが分からない中で
1人ではなく、かと言って人間2人でもなく、
少し冷めたような人間1人とウォーカロン1体。
なかなか絶妙な組み合わせではありませんか?


とにかく、何もかも奇妙なこの街で、
善意なのか悪意なのかも読み切れない、街の人々。
「僕」が名前を聞いた瞬間から、ずっと心から離すことの出来ない
「マノ・キョーヤ」という日本人も気になる存在です。
実際に会うまでは相当のページ数が費やされるのですが
何かが起こるような期待感が膨らみました。

若くしか見えない女王は52年前に生まれた、と言い
ボール遊びを好む幼い王女も20年前に生まれたという事実。
人は死なず、ただ「永い眠りに就く」という話。
すべての人間が豊かだから犯罪は起こらない、という
理想の中の世界の話としか思えないことを
実践しているようにしか見えない世界。
そんな中で唐突に起こるのが王子殺害という悲劇。
この流れは素晴らしかった。その後の展開も。

けれど、これは菜の花の大好きなミステリではありません。
残念。SFミステリ、と言う人もいるかもしれませんが、
菜の花は認めませぬぞ。SFとしては面白かったですけれど、
ミステリとしては何のひねりもトリックもないんですから、
これはミステリではないのです。

それから、マノ・キョーヤとの決着はやや不満。
もう少し、ひねって欲しかった。。。

起承転結の転の序盤までは「これは5つ★か!?」くらいの
期待感がありましたが、急転直下、状況が変わった後からの
ひねりが面白くない。ここまでこれだけ書いてきた人が
この程度で終わらせてしまうのが残念すぎる。


それでもラストは、よかったです。
少しだけ、ほっとしたような。
人と人との関係の、ほんのりと灯った明かりのような
温かさを感じた気もしつつ、
ロイディとミチルの、やはり最後はこの2人か!と思わせる、
非常時を思わせない日常的な会話が安堵感をもたらします。


ところで、この本を読み始めて最初の一言は
「またミチルか!」
でした。
単に勝手に最近読んでいるのが椹野道流だというのもあるし、
その椹野作品にも「伏野ミチル」というキャラが登場するし、
他ならぬ森作品でもミチルは何度も登場してくる名前でもあるしで…。
そして実際、この作品を「四季・冬」と一緒に読めば
実は………だということが分かる、という寸法です。
ははあ、なるほど。と思うこと請け合いです。





菜の花の一押しキャラ…サエバ・ミチル 「日本に連れて帰る」(サエバ・ミチル) 何故、こんなに哀しいのだろう? よみもののきろくTOP 森博嗣の著作リスト
121. 「夏の夜の夢は幽けし(なつのよのゆめはかそけし)」     椹野 道流(ふしのみちる)
2005.04.15 長編 238P 2000年3月発行 大洋図書 ★★★★+
昭和十年。中原中也に相談を受けた太宰治!


いきなり文士ものです。何だかどきどきしちゃうねー。


【100字紹介】
 昭和十年。駆け出しの作家・太宰治は友人の中原中也から
  奇怪な相談を受けた。中原の幼い長男・文也の元へ毎夜、
  女の幽霊が現れるというのだ。太宰、中原に加え、
  評論家の小林秀雄も巻き込んだ文豪オカルト・ノベル! (100字)


すごいすごいすごい!
何がって?
そりゃもう、この面子、見て下さいよ。
そうそうたるメンバーだよ?

作中に名前だけでも登場する文豪たちと言えば
太宰治、中原中也、小林秀雄、芥川龍之介、壇一雄、
草野心平、大岡昇平、青山二郎、安原喜弘、
坂口安吾、井伏鱒二、里見とん。

うーん、知らない人もいっぱいです。
何てマニアックな趣向なんだ!
こんな人たち、面白すぎる。

しかも、史実に近く、文豪達をただ言葉で飾ることもしない作品。
「僕」と1人称で語る太宰治は、酒に女に薬に溺れ、
挙句に自殺を図っては「痛い」だの「怖い」だのと言って諦め、
病気を患っても改心することもなく薬の禁断症状にあえぐ日々…。
おいおいおい、こんな主人公で大丈夫なのか!?と心配になるくらい。
けれど、生き生きと描かれている。
文豪も、人間だ。そして、生きていたんだ。自分自身の人生を。
そんな、当たり前の言葉がふっと頭をよぎったりする。
いや、面白い。

史実にのっとった幾つかのエピソードが語られ、
読者がこの幸せと不幸せとが複雑に入り組んだような、
現実的であってけれど、どこかノスタルジーな雰囲気漂う世界に入り込んだ頃、
メインストーリーが始まる。これがまた、すごい。
ここまで現実を見つめてきた作者が突如、
幽霊話、つまりオカルトに走ってしまうんだから。
メインストーリーは、フィクションなのだ。
だけど、本当にこんな事件、あってもいいんじゃないだろうか。
そんな気がしてくるのは、ここまでに読者の頭の中で構築されたであろう
キャラクター達がごく自然な動きで、この事件に対処していくからである。
キャラクターが生きている。
椹野作品全体に見られる長所のひとつであろう。

真相としては、既出の作と似通ったところもあるし、
月並みな面もなくはない。が、これに対して動くキャラたちが
この作品をひとつの個性的なものに仕上げていると言っても
過言ではないだろう。


加えて、またイラストもよい。
単なる少女趣味ではない。
けれど美麗である。
幽霊が振り向いたところでページをめくって、
思わずびくっとしてしまった。
凄みのある、美人。
何というか、貫禄がある、みたいな。
他にも、太宰、中原、小林、芥川などがイラストに登場するが、
一応、見てみると分かる気がする、この人っぽく見える、
ということも何だかちょっと嬉しかったり。


本作は椹野道流にしてはもしかすると初かもしれない、
性別の倒錯した恋愛もなければ、ドロドロな変死体もない作品である。
正直、こういう作品も書ける人なのだ、というのは意外でもあり、
著者の奥深さを思うことにもなった。
つまり、単なる監察医ではないのである、椹野女史は。


文学少年、文学少女ならきっと、軽い気持ちで楽しめる作品だと思う。
ただ…エピローグまで読んでも軽い気持ちでいられるという保証はないけれど。
人によっては、とても哀しくなるかもしれない。
しかしそれも仕方のないこと。
彼らが生きたのは昭和の初頭。
それはすでに歴史であり、彼ら自身は命ある人間だったのだから。
ああ、本当に人生は夏の夜の夢のように儚いものなのだ。




菜の花の一押しキャラ…小林 秀雄 「何だおめえは。青鯖が空に浮かんだようなツラをしやがって」 (中原 中也) いや、どんな悪口だよ、そりゃ? 椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
122. 「「会社を休みましょう」殺人事件」     吉村 達也
2005.04.16 長編 270P 1993年9月発行 光文社文庫 ★★★+
休みたくても休めない、仕事人間に贈る!


何だかすごいタイトルですね。
著者の吉村達也は菜の花、初読み。
今まで聞いたこともない作家さんですが、
本作巻末に載っていた著作リストによると、
ずいぶん色々な出版社から色々な作品を発表しているようです。
うーん、菜の花って結構、無知?


【100字紹介】
 他人任せに出来ず何でも1人で抱え込み
  「忙しい、忙しい」の連発で、いつもパニック状態の
  エリート社員・森川晶。考え方で妻と行き違ったある日、
  彼の尊敬する猛烈部長が殺された…。
  仕事とは?家族とは?幸せとは? (100字)


珍しく、あらすじだけじゃないブックトークが書けた…。
これって重要だよね。最近、昔の分を読み返してみて、
あらすじばかりのブックトークじゃ駄目だ!と思いました。
それって本の魅力を伝えてないもんね。
自分の言葉で、その本を読みたくなるようにさせること。
それがブックトークの本当の姿なのです。


物語は東大出で、営業部の若きエースである森川晶が軸になって進みます。
3人称で丁寧語という、ちょっと珍しい作品。
何だか、それだけでギャグのように見えてしまいます。不思議。
本作は一応ミステリの形態をとっていますが、
殺人事件が起こるだけであまりミステリではありません。
トリックというほどのこともないし。
森川が推理をして、犯人を言い当てますが、
それが犯人逮捕に繋がったわけでもなく、
あくまで警察は独自の調査で犯人逮捕をしています。
ミステリ風ではありますが、単純にミステリと分類すべきではないでしょう。

むしろ本当に作者の描きたかったのは
そんな単純なものではない、というためにもミステリに分類してはいけない、
と菜の花は思うのです。作者が描き、そして注目して欲しかったことは
殺人事件に対する何か、などではなく、森川のあり方そのものでしょう。

「会社を休みたい」としきりに漏らしながら、結局、休めない彼。
「妻のため、生活のため」と言い訳しつつも、
それだけの理由で仕事人間になっているわけではない、と妻に鋭く指摘され、
反発しながらも本心では図星を指されたことに心を揺らす彼。
本当は妻を愛しているのに、どうしても素直になれない彼。
会社のために尽くしていると信じていたのに、
その自分の行動のために会社の人間から疑われ誤解される彼。
大切なものが分かったときには、もう戻れなくなっていた彼…。

森川晶の感情は、多分読めば誰でも理解できる真っ当なもの。
同じような環境なら、同じように考えてしまい、同じように逃げ、
同じように八つ当たりし、同じように行動してしまう人も多いはず。
そして、他のキャラたち、例えば彼の妻の悦子も、ちょっと変わった人だ、
とは言及されるも、実際は彼女の言はいつだって筋が通った、正論である。
それに森川同様、東大のしかも考古学専攻を出たような女性だから、
こんな割り切った考えをしていても不自然さはない。
嫌われ者として描かれる蜂谷さんだって、こんな人はきっとどこにでもいる。
会社にもいるだろうし、そこらの家庭にもいるでしょう。

もうひとつ、東海林という森川の友人もまた絶妙なキャラであります。
上司と喧嘩して、あっさり会社をやめてしまった彼。
地方のミニコミ誌の編集をする、自由人であり、
森川のことも悦子のこともちゃんと見抜いていた彼。
直接物語の流れにはタッチしないながら、要所要所で
しっかりとストーリーを押さえてくれる彼の存在が
物語全体を引き締め、理解しやすいものにしてくれています。
いわば、ナビゲーターですね。
それを地の文でやらないところが作者の巧いところ。

この細かい人々の描き方に感服です。
どこにも無理がない。ちょっとしたすれ違い、ちょっとした行き違い、
小さな小さなほころびが積みあがって、最終的に到達した結末。
でもだからと言ってこの結末は、ちょっと哀しい。哀しすぎる。
ここまでする必要が、作者にはあったのでしょうか?
作中作の主人公がそうだったように、本作の主人公にも
どうしてこのような未来を用意することが出来なかったのでしょうか?
物語を劇的にするため?印象を強めるため?
菜の花には、ちょっと理解できません。これが文学というもの?

そんなラストに、菜の花なりのマイナス点をつけて、
評価は★3つとさせて頂きます。




菜の花の一押しキャラ…蜂谷家の人々(蜂谷さん除く) 「もう離婚しちゃいな、離婚。夫のイジメに耐えられません、って」       「そうそう。私たち、応援するからさ」                    「バイトでも何でもして、自分のことは自分でやるから」            「そうねえ…あなたたちがそう言ってくれるなら…そうしようかしら、お母さん」 (順に、蜂谷長女、次女、長女、妻) いいね、結束した女家族。 よみもののきろくTOP
123. 「森博嗣のミステリィ工作室」     森 博嗣
2005.04.18 エッセイ 306P 1300円 1999年3月発行 メディアファクトリー ★★★+
森博嗣のルーツを探れ!初のエッセイ本


初の森エッセイを読ませて頂きます。


【100字紹介】
 第1部は、森博嗣の選ぶ「森作品のルーツ100冊」を
  森流解説&評価つきで紹介。前代未聞、既作12作の
  「あとがき集」で構成される第2部。そして第3部では
  森博嗣の多様な顔を分野別に大公開!森ファン必見の1冊 (100字)


100冊の選択にあたって、という前書きで思わず笑う菜の花。

「ミステリィとして面白くない」いう言葉を聞くと
「ミステリィ」が可哀相だと思えてくる。

まさに。菜の花のよく使う言葉。ミステリとして3流、とか。
どうも菜の花と森博嗣は分かり合えない関係らしいです。
どうもこれは仕方ないね。でもちょっと考えてみる。
確かに、ミステリとして面白くない、というのは適切な言葉では
ないのかもしれないと思い直してみる…、そうだ、多分適切でない。
菜の花が言いたいことは「ミステリとして」ではなく、
「菜の花の大好きな本格ミステリにカテゴライズした場合に」
ということである。と。思ってみたり。

このカテゴライズも森センセから見ればナンセンス、と言われそう。
確かに、最近色々な作品を読むようになって、
その思いが菜の花の中でも広がりつつある。
カテゴライズする必要なんてないのではないか?
学問分野なら確かに。「物理」とか「生物」とか「化学」とか
ばらばらにしか物を見られないような研究はナンセンスだと思う。
境界領域が正しい、とは言わない。境界領域なんていらない。
全部が全部を覆えばそれで終わり。
最初から、カテゴライズすることが間違っていた、それだけ。

おっと、いけない。これはまた別の機会に。
ああ、でももうひとつだけ、印象に残った文章を。
100冊のうちの98冊目、江戸川乱歩の「続・幻影城」の紹介文より。

「これを読むと、乱歩という人は本当に優しい方だったということがわかります。
 作品を紹介する文章も、こういう面白いところがあるんだ、ととにかく肯定的な
  書かれ方をしていて、作品に対する愛情が感じられるのです。」

ああっ。いいなあっ。それにひきかえ菜の花ってば、
いつもあらばかり探しているような気がするんです。
音楽聴くときもそうなんだけど。
上手ってのがよく分からない。下手ってのはよく分かる。
他人の悪いところばかり目に付く。
性格でしょうかね。嫌な奴だ。
ここはひとつ、江戸川大先生を見習って作品を愛し、
作品のよいところを見つけていこう!という風に決心してみたり。
いや、でもさー、やっぱあんまり気に入らない作品だった場合、
辛辣にもなるよね?ね?基本的に読んだものは玉石混淆で載せてるし。
うーん。。。


さて、本作でやはり一番読んで愉しい!のは100選!でしょう。
選び方も基本から応用まで、って感じで当然だよなー、という名作は
勿論網羅されているし、プラス森博嗣独特の傾向も見える感じ。
何よりも、ただ選んだだけではなく、1冊につき1ページで
文語ではなく口語で語ってくれることでしょう。
何というか、新鮮とれたて!という感じの文章。
実際、森博嗣が口で語ったものを原稿に起こしたそうですからね。
やっぱり文語と口語って違うなあ、と。
ご本人曰く、別の人格、らしいですけど。


それから、ほー、と思ったのが昔の自作漫画。
菜の花は「Born to Run」が気に入っています。
何故か「キシマ先生の静かな生活」(「まどろみ消去」森博嗣)を
頭の中に思い浮かべてしまいました。何故だろう…。
しかし、離婚する日までお弁当を作ってくれる奥さんっていいな。。。
そして科研費当たって「欲しいものばかり」と頭を抱えて(?)喜ぶ
この先生は面白すぎる。というか、どこかに居そうで居なさそう。
それから「茉莉森探偵1」の「今、がちゃぴんの目した?」
と振り返る茉莉森探偵がすごく好き。
ずいぶん意味不明な漫画ですが、何とも言えない味のある一品です。




124. 「無明の闇 鬼籍通覧」     椹野 道流
2005.04.19 長編 272P 800円 2000年3月発行 講談社ノベルス ★★★★
法医学教室オカルト・ファイル、第2弾!

椹野道流の講談社ノベルス第2作です。
「暁天の星」に続く鬼籍通覧シリーズの第2弾。


【100字紹介】
 法医学者は「法」に仕える。何人にも偏らず、屈せず、
  如何なるときにも中立を保ち、冷静にメスをふるわなければならない…。
  O医科大学法医学教室の新米院生・伊月崇が
  揺れ動く精神の狭間で見守った、過去と現在。 (99字)


前作同様、ミステリではありません。オカルトですね。
ホラーでもあるかもしれないけど。
でも今回は怖くなかったので、思わず胸をなでおろした菜の花です。
しかし、オカルトと言っても、なめてかかってはいけません。
恐ろしく、専門的なのです。何しろ著者が現職の法医学者ですからね。
キャラがコミカルで、楽しく読ませるのに、いざ解剖場面となると、すごいんです。
もう、このまま法医学者初学者の教科書になっちゃうんじゃ…、くらいに。
殺人事件の起こるミステリ専門!という読者さんでも
これは間違いなく、愉しめます(それはそれで怖い愉しみ方だ…)。
いや、こんな世界があるだなんて、驚きです。
というか、こんな世界を描く小説なんて、見たことない。


お話は伊月君がO医科大学に入学して1ヶ月くらい後のこと。
やっと司法解剖に慣れてきた伊月君、だけどやっぱりまだまだです。
研究室のナンバー2、若き女性法医学者の伏野ミチルや
都筑教授に鍛えられながら、成長していきます。

いつも冷静なミチルが最近、言動がおかしい…というのが事件の始まり。
やがて意外な過去が明らかにされ、伊月はそれに巻き込まれていく…と、
そんな感じの流れです。


展開は巧いな、の一言です。
伏線があからさまだ、と言う人もいるかもしれませんけど、
単純な菜の花はこういうのが大好きです。分かりやすいでしょ。
事件はいかにも組んだ感じがするかもしれませんけど、
心情の動きは自然ですよね?思わずキャラと一緒に一喜一憂です。
これこそ小説の楽しみですよ。
まあ、起承転結の転から結への流れが唐突過ぎる感は否めませんが、
いいのです。だってこれは作り話だもん。
現実的な部分と非現実な部分の混在したこの作品は、
よい意味での作り話だと思うのですよ。こうやって人は小説を愉しむのさ。


タイトルも、いいですね。
前作「暁天の星」と同様、都筑教授のお言葉がそのまま使われています。
この先生、いい味出しすぎです。
教授会の会議なんかは「年寄りばっかりの集まりなんか退屈やー」なんて
名言(?)を吐いて下さっているし(いや、まったくですよ、同感ですけど)
ところどころにきっちり決めてくるこのキャラは最高です。
でもただの変人じゃなくって、ちゃーんと何でも見抜いてる!
いいねえ、いいねえ、いいですねえ。大好きです、このキャラ。
まだまだ「鬼籍通覧」シリーズは続刊している模様で、楽しみです。




菜の花の一押しキャラ…都筑 教授 「(俺? そうそう、俺可哀相だったぜ)」(伊月 崇) 自分で言うか?(笑)
主人公 : 伊月 崇
語り口 : 3人称、視点は伊月
ジャンル : オカルトノベル
対 象 : 一般向け
雰囲気 : コミカル+シリアス

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★+
独自性 : ★★★★+
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
125. 「すべてがEになる」     森 博嗣
2005.04.23 エッセイ 508P 1800円 2000年2月発行 幻冬舎 ★+★★★
1998年の森博嗣、覗いてみませんか?


森博嗣の日記本です。


【100字紹介】
 速筆で知られる森博嗣が、
  構想と執筆にきっちり1年かけた超大作!?
  HPに公開されている森博嗣の日記に、
  軽妙かつ詳細な問答形式の脚注をプラス。
  「天才柳沢教授の生活」の山下和美による
  オリジナル漫画も収録! (99字)


元々、サイトに公開されていた日記を1年分、そのまま本にしています。
それだけだと商品価値がないので
(何しろサイトで読めば同じものがタダで閲覧できる訳ですよね)
脚注とオリジナル漫画がプラスされています。
ちなみに、サイトで公開していた日記を本にすることの短所については
森博嗣自身のまえがきに詳しいです。


というわけで、読みどころとしてはやはり、
書籍版オリジナルの「脚注」と「漫画」、それに「イラスト」でしょう。


日記は1月〜12月の月別で章分けがなされていて、
それぞれにタイトルがついています。

「なんか10月っぽい」「全自動11月「せせらぎ」」
「絶対に12月を口の中に入れないで下さい」などなど。

はっきり言って、菜の花ごときにはこのタイトルの
深ーい意味は理解できませんが…。
でもまあ、面白けりゃそれでいーや、みたいな。
そしてこれらの表紙を山下和美さん(菜の花は知らないんですが、この方)の
イラストが飾っています。これが大変、可愛い。
イラストの題材は森博嗣、スバル氏、柳沢教授、トーマなどのキャラクタ。
このキャラ達はその表紙のすぐ次の見開き2Pで描かれる漫画にも登場。
つまり1ヶ月につき2Pずつ、計24Pの漫画が挿入されているということですね。
ちなみにスバル氏は森博嗣の奥方でイラストレーターのささきすばる氏、
トーマは森家の飼い犬でシェルティという種類の雄である模様。

漫画のネタは大体、日記本文に取材しています。
基本テーマは「森博嗣V.S.柳沢教授」ですかね。
この柳沢教授、菜の花はちっとも知らない人なんですが、
どうやらどこかで登場しているキャラのようです。。。
でもでも!全然、このキャラのことを知らなくても、
漫画は大変、面白いです!
しかも、森博嗣もスバル氏もトーマも本人によく似てる…!
一目見て「あー、森博嗣だ!」と分かるくらい。
これがまた可愛い。いや、本人が可愛くないとは言ってないですよ!
(いや、40歳すぎの助教授が可愛いってのも問題だと思うんだけど)

それから脚注ですね、これはどのページにも細かく細かく入っています。
基本的には対話形式になっていて、読みやすいかと思います。


本文の日記に関しては、これを読めば森博嗣の日常が見える、
…って普通の日記なら当然ですか…。いや、でも、どんな風に
森作品が執筆されているのか、というのがよく分かります。
ついでに森博嗣の考え方の方向性とか…。
どんな風に研究室で生活していて、どんな風に小説を書いていて、
どんな風に遊んでいて、どんなお買い物をしているのか?とか。
これを読んでみると、これまでの作品を書いたのは確かにこの人だな、
と納得できるような、同じ色が漂っている感じです。
つまりは、森作品が苦手な方は、読まない方が無難、ってことですね。


菜の花が一番驚いたのは、森家の娘息子のお2人は、
ご両親に敬語で話すんだということでした…。
何とゆーか、菜の花の育ってきた環境からすると想像を絶しますが…。
しかもこの両親、子供置き去りでドライブやら旅行やら行きまくりですよね。
まあ、祖父母が同じ敷地内に住んでいるから安心だということでしょうか。
いくら中学生でも置き去りってのは、ちょっと心配しませんかね…?


森フリークは是非、ご一読を!…な1冊。
アンチ森派は、スルーしましょう。
そこそこ好きなら、漫画とイラストを見るだけでも価値ありです。
(本文は膨大だし、ちょっと辛いです…)




126. 「双頭の悪魔」     有栖川 有栖
2005.04.28 長編 698P 1040円 1999年4月発行 創元推理文庫 ★★★★
行き来不能の川の両側で2つの殺人事件発生

江神+アリスシリーズ3作目です。
前作「孤島パズル」では夏でしたが、本作は同じ年の秋のお話。
一応、繋がっていますが、内容は独立しています。


【100字紹介】
 芸術家達が創作に没頭する謎の木更村。
  嵐の中、外界との唯一の接点の橋が落ちて交通が途絶。
  川の両側に分断された木更村の江神・マリアと夏森村のアリス達、
  双方が殺人事件に巻き込まれ、各々の真相究明が始まる…。 (100字)


発端は、前作でショックの余り休学してしまったマリアが、
木更村に迷い込んでしまったまま帰ってこない!という事件。
マリアの父からの依頼を受け、江神・アリス・望月・織田の
英都大学推理研ご一行様は、大雨のさなかに木更村に潜入。
アリス・望月・織田は水溜りの中で村人と大乱闘、
必死の抵抗むなしく木更村の手前の夏森村に強制送還されてしまう。
江神だけは潜入に成功し、マリアと接触、木更村に迎え入れられる…。
と、そこで木更村と夏森村の唯一の接点の橋が濁流に呑まれてしまうんですね。
はい、クローズド・サークルの出来上がり!

というわけです。しかしそれだけにはとどまらない。
木更村という、外部の人間を徹底的に排除したがる謎の村が孤立しただけでなく、
さらにその手前の夏森村も、土砂崩れによって断続的かつ、ソフトな孤立状態に
陥ってしまうのです。ただし、夏森村の孤立はそれほど深刻でもなく、
クローズドというにはゆるすぎますが、面白いのはそこではありません。
普通なら、この状況なら木更村にとり残された江神・マリアが事件に巻き込まれ
それを外部のアリスたちが何らかの形でサポートする、という構図が
すぐさま思い浮かぶものだと思うのですが、そうは問屋がおろさない。
何と、木更村だけでなく、夏森村でも殺人事件が起こってしまうのです。
つまり、川の両側に分断された2つのグループ、江神・マリアと
アリスたち3人は別々の殺人事件の真相究明に取り組む、というわけです。

語り方は、1人称。ただの1人称では並行する2つのグループの取り組みが
リアルタイムに伝わらないことになってしまいます。
そのためにアリスとマリアという2人の主人公が立てられた訳ですね。
1章毎に2人の視点が入れ替わって語られる、2つの並行した事件。
一方の江神チームでは、推理は江神さんの独断場で、
マリアの視点からは、探偵は何も語らず、心の中で考えている存在です。
他方、アリスチームは江神さんのような名探偵がいるわけでもなく、
まさに3人寄れば文殊の知恵というやつで、3人の推理小説マニアが
寄ってたかって、ああでもない、こうでもない、と口に出して、
視点のアリスも含めた全員で情報を共有しながら推理が進行します。

つまり、2つの推理の様式を1つの作品の中で取り込んでしまっているわけです。
何て贅沢な一品なんだ!
本格とは何だ?という問いを投げかけてくれるような気すらします。
「トリック本位、探偵の推理は綱渡り的な『天才』の推理、どこか幻想的」
というイメージの強い江神グループ。古風な本格の香りを感じます。
「推理の道筋の論理性」を重視していると思われるアリスグループ。
本格の中でも比較的新しい雰囲気がします。
どちらも本格らしい、特徴を有しています。両立するとは。

そして、3回も読者に提示される「読者への挑戦」。
それぞれの意味が見えたとき、
タイトル「双頭の悪魔」の意味が浮かび上がる…。


端正で贅沢な、新本格派のフーダニット・ミステリです。





菜の花の一押しキャラ…江神 二郎 何だかすごい家族関係だなあ 「いや、大丈夫。俺、もってきてるから」(望月 周平) 車の免許を取って間もない彼は、どこに行くにも初心者マークを持ち歩いているらしい。
主人公 : 有栖川有栖 有馬麻里亜
語り口 : 1人称、視点は章毎に交代
ジャンル : ミステリ(新本格派)
対 象 : 一般向け
雰囲気 : シリアス+コミカル

文 章 : ★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★+
独自性 : ★★★★
読後感 : ★★★★

総合評価 : ★★★★
有栖川有栖の著作リスト よみもののきろくTOP
127. 「月の涙は銀の涙」     椹野 道流
2005.04.30 長編 266P 860円 1999年6月発行 大洋図書 ★★★★★
魂の救済とは何?愛と幸福と淋しさの関係

あの…、読んでめっちゃ後悔したんですが…。
読まなかったことにして、ここに書くのをやめるかどうか
本気で検討したのは初めてです…。困った。。。


【100字紹介】
 両親を亡くした朋哉と展之は寄り添って生きてきた。
  ある日突然、その展之が轢き逃げされて…。
  淋しい人がもう一人の淋しい人と出会って
  お互いを支えあうのは幸せ?
  けれど動けない関係は本当に、幸せなのだろうか…? (100字)


ブックトークではやばさが伝わらないと思うので、本作のどの辺りが
そんなに菜の花を困らせているかというのは、この下の基本データの
一覧を見て頂ければお分かりかと…。はあ、そうなんです、
対象読者は何というか、その、マニアさん向けって感じです。
その上、半分くらい官能小説入ってるし。まさかこう来るとは思わなかった…。
菜の花は図書館で借りる本の半分以上を、実物を見ないで名前だけで
適当に予約しちゃうという、方法を取っているのです。
で、本作もそんなことでして、題名しか知らずに予約したわけですが、
借りてくるときに司書さんが、ちょっと怪訝な顔をしてたんです。
そのときはよく分からなかったのですが、読んで了解したってわけ。
ははあ、マニアさんと思われたか。辛い誤解だ…。
でも読みきっちゃったけど。どんなに面白くない本でも
途中で投げ出さないのが菜の花の美徳です…。ときにこんな目に合いますが。


まあ、官能小説な部分はさておくとして(評価しようがないよ、
しかも性別倒錯の睦みごとなんか、ちっとも嬉しくない)
本当の主題の部分、著者自身のあとがきから抜粋するなら

  本当の「魂の救済」はどこにあるんだろう。そもそも救済って何だろう。
  寂しかった人がもう一人の寂しい人と出会い、お互いを支えあえることって、
  十分大きな救いなんじゃないかしら。でも、寂しさは解消されても、お互い
  もたれあったまま動けなければ、それは幸せな出会いとは呼べないのかも
  しれない。…そうなると、救済と幸福はイコールじゃないのかもしれない。
	                    ―あとがきより抜粋―

ということなんです。この主題がまさに、描かれた小説ではありました。
その点を菜の花は評価したい(というか、そういう主題なしだと
ほんとに単なるアダルト小説になってしまう…しかもちょっと踏み外してる)。


何かの拍子としか思えない間違い…この場合は主人公の兄の交通事故ですが、
そこから転がるように闇の中に落ち込んでいって、
自転車操業のような、ふらふらとした頼りない、
でも止まればそれで何もかもが失われてしまいそうな日々。
最終的に行き着いた先も、「幻」を使うことで
著者は雰囲気をやわらげてはいますが、
一言で言えばやっぱり、破綻、だと思います。
でも、破綻によって読者は救われる。
ああ、やっと終わった、やっと苦しみから解放された、と。
とても不思議な心持ちです。
アンハッピー・エンドは菜の花の趣味ではないのに、
この登場人物の破綻寸前の演技は、その糸が切れてくれることで
本当の安らぎを得られたのではないか、
これこそがベスト・エンドに他ならなかったのではないか、
とも思わされるのです。

まあ著者としては、やる気にさえなれば傷心の者同士の出会いで
新たな恋が生まれて(だがしかし、やつらは男同士だ)、
何だかんだでハッピー・エンド、という安易な方法もとれたわけですが、
上のような主題を描くために、結局こういうラストが選ばれたのでしょう。
そこが、単なるそれ系のエンターテイメント小説とは一線を画すところ。
菜の花が、結局ここに感想を記そう、と思ったのも、そんなところが原因です。


そう、主題は面白い、というか、面白くはないけど
薄くて脆くて鋭くて、綺麗なお話にしてくれるものなんです。
で、何でこれがこのキャラ設定じゃなきゃいけなかったんだ!
というのだけが大いに問題なんですけど。
あー、あのですね、別に男同士じゃなくってもいいじゃないですか。
朋哉と展之兄弟を、姉妹に設定しちゃ駄目だったんですかね?
それは出版してるシリーズがその手のシリーズだから制約を受けてるって
了解するしかないのでしょうか…。ううう、しかも元々この著者、
そういう趣味のあるお方のようですから、仕方ないのか…。


純粋無垢(え?)な菜の花としては、この本の主題部分は評価できても、
間違っても知り合いにこの本をお勧めしようとは思いません。
読みたいって人は止めませんが、後で文句を言わないで下さいよ。
菜の花、責任もてませんからね!
それから言っておきますが、菜の花はこういう趣味ないので。
間違ってもこの手の話が好きなのね!と誤解して
あやしい世界を菜の花に紹介するのはやめて下さいまし。
ああ、もう、いいんだけどさ、何でこんなに困らなきゃいけないんだ!
お願いだからこれ以上は勘弁してよ、ふしのせんせい。




菜の花の一押しキャラ…天宅 展之 こんなおにーちゃんがほしい。
主人公 : 天宅 朋哉
語り口 : 3人称、視点は朋哉中心
ジャンル : ボーイズ・ラブ
対 象 : マニア向け
雰囲気 : シリアス+官能

文 章 : ★★★★★
描 写 : ★★★★★
展 開 : ★★★★
独自性 : ★★★★★
読後感 : ★★★★★

総合評価 : ★★★★★
椹野道流の著作リスト よみもののきろくTOP
もっと古い記録   よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録