よみもののきろく

(2004年7月…001-006) よみもののきろくTOPへ  もっと新しい記録
001. 「スウェーデン館の謎」     有栖川有栖
2004.7.15 推理小説(長編) 講談社文庫 ★★★★★

有栖川有栖の「国名シリーズ」第2弾にあたる長編ミステリ。
菜の花としては初めて読ませて頂きました、有栖川さん。
すっごい打ちにくいよ、この名前(^ ^;)。
読もうと思った動機は、菜の花お気に入りの宮部みゆき女史の影響です。
女史と有栖川氏は仲良しの模様で、よく一緒に名前を見掛けます。
この作品の解説も女史ですしね。しかも当作品の探偵役・火村英夫は
「手鍋さげてもお嫁にいきたいくらい、火村センセが好き」
とまで女史に言わせるお方ですからね。
是非読んでおかねばなるまい!という訳であったのでした。


冒頭、4年前のある夏の日、ひとりの少年が事故死したことが語られます。
そして物語自体は、推理小説家の「私」こと有栖川有栖が
磐梯の雪深いペンションに泊まるところから始まります。
ペンションの隣家は、童話から抜け出してきたかのようなログハウス。
そこに住むのはバイカル海豹そっくりの童話作家と
スウェーデン出身の美しい妻、彼らの両親と同居人の親類の男。
東京からやってきた彼らの友人である画家姉妹と建設会社社長も
時を同じくしてこのログハウスに滞在していました。
彼らと知己を得た「私」を翌日襲った突然の悲報。
それは画家の姉の悲劇。彼女の倒れていたログハウスの離れには
彼女自身の行きの足跡と、発見者の往復の足跡しか残されていなかった…。
この奇妙な天然の密室をどう解くか?

…というのが大体のストーリーでしょうか…?
まだ火村先生が出てきてませんけど。
このあと「私」は火村先生を呼ぶわけです。
すぐ来てくれよ!ってなもんです。


個人的に変わってるなあと思うのは、本作品は有栖川有栖という推理小説家の
1人称で描かれているのですが、「謎解き」をするのは彼ではないということ。
だから「正解」への思考は直接は語られません。
これだけなら別に珍しくはないのですけれど、1人称が推理小説家であるが故に
様々な思考の過程がつづられていくのです。
ここでポイントなのは、語られる思考は超人的な「探偵」のそれではないということ。
つまり、より読者に近い。「探偵」が言い出したら「大丈夫かよ、そんなんで!」
とつっこみたくなるよな馬鹿馬鹿しい横道にそれた思考も、許容されるのです。
だからまるで自分がそこにいて、様々な考えを巡らせているかのような
そんな気分が味わえる、ということになる訳ですね。

全体としては文章はごく一般的、トリックもあっと驚くほどではないのですが、
確かに「本格派」とでもいえるような、しっかりしたものは感じられます。


どうでもいいことですが、有栖川有栖は方言が出るのですが
(大阪から来たという記述があるので恐らく大阪弁)、
何だかわざとらしく感じるのは何故なんでしょう。
普通、話し言葉が自然なのはとてもプラスなイメージを受けるんですが
「この人、ほんとに大阪の人なの?」
と思ってしまう微妙な方言です。もしかしたら大阪じゃなくて
別の関西圏の人なのかな?



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002. 「図書館概説 現代の図書館」     藤野幸雄
2004.7.16 教科書(社会) 勉誠出版 ★★★★★

ええと、これは教科書です。はい。
司書講習の「図書館概論」の指定教科書です。
ちなみに講師の先生は著者です。

内容はその名の通り、図書館についての概説。
図書館の歴史に始まり、図書館の種類、法と行政、運営管理、
図書館間の協力、また図書館に置かれる資料のあれこれ、等々、
図書館に関して多岐にわたる知識が手に入ります。
その分、内容は比較的浅め。
筆者曰く、一般=初学者向けの本らしいですが、
こんな本を手に取る一般人は、相当レアだと思われます。


この手の本に小説のような感想?の書き方をするのはどうかと思いますが、
あえて書いてみよう。

この本、文章は冗長でかなり読むのが苦痛な一冊。

仮にも先生を捕まえてこれはひどいな…。
しかし、先生自身は非常によい人です。
知識も豊富で、講義は非常に分かりやすい。
こんなに分かりやすい講義が出来る人が何故、
こんなに読みにくい文章を書くかな?
これは偏見かもしれませんが一般に、小説家や雑誌記者など、
文章を書くのが専門である人種を除いた文系人というのは、
文章が冗長になりがちかと。
確かに文系の先生の書いた本はどれも読みにくい。
それが普通だ、これが学問だ、とでもいうかのように。
よく物理学が初学者にとって敷居の高い学問だと言われますが、
どうしてどうして、文系科目も十分、そうだと思いますよ。
だって同じことを伝えるのに、もっと短い文章になるようなところを
わざわざ気取ったような、遠回りな表現に置き換えるんだもん。
紙とインクの無駄。と思ってしまうのは、菜の花が理系だからでしょうか?
知識を伝えるのに、難しい表現なんかいらないと思うんだけど。
あくまでこれは、小説じゃないんだから。

ちなみにかくいう菜の花は、誰よりも冗長な文章を書く
「いけない小説家崩れ」の典型だと評されたことがあります。
そっかー。それは仕方ないな!がっくり。


とりあえず、これは言っておきましょう。
文章はともかく、内容はいいんじゃないでしょうか。
少なくとも司書を目指すなら、
最初にこれを読むのはよいかもしれませんよ!



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003. 「龍は眠る」     宮部みゆき
2004.7.17 推理小説(長編) 新潮文庫 ★★★★
日本推理作家協会賞受賞

出ました!みゆきちゃんです←ちょっとなれなれしすぎ?
いいんですよ、これもファンの愛情表現のひとつでしてね。
関係ないですがみゆきちゃんは、意外にもゲーマーらしい。
ほんとに関係ないな。


さて、まずはストーリー紹介から行きますか。
主人公は雑誌記者の高坂昭吾、30代。
どうしようもない理由で挙式1ヶ月前に婚約が破談になり、
それが元で出世の道から横道に入ってしまった悲しい過去を持つ。
そんな彼が台風の夜に出会った少年・稲村慎司。
自転車がパンクしてしまったという慎司を車に拾った高坂。
その走行中に、開いたマンホールと黄色い傘を見つけた。
マンホールには台風で川となった道路から、濁流となって水が吸い込まれていく。
そこへ現れたのが子供を捜す父親。そして傘にはその子供の名前があった…。
誰がマンホールのふたをこじ開けた?

慎司は高坂に打ち明ける。自分は超常能力者だと。
そしてマンホールを開けた犯人を知っていると。
にわかに信じがたい言葉。
だが、慎司の言葉通り、犯人を見つけることが出来た…。
しかし詰めを誤り、犯人は口を閉ざしてしまう。

慎司は本当に能力者なのか?また犯人をどうすべきなのか?


ちょっと長めの紹介で申し訳ありません。うまく絞れなかった…。
だってみゆきちゃんの作品ってだんだん事実が分かっていくので
なかなかその辺が難しいんです。いつも思うんですけど。

大体、推理小説というのは起承転結が比較的はっきりしたジャンルだと思うんですよ。
最初に前提条件が示されて舞台が作られ、その上で事件が起こる(起)。
で、主人公は事件に対して動く。場合によっては続けて事件が起こる(承)。
ある程度推理が詰まって、こんな感じかな?とか定まってきた頃に
あれ?何かおかしいな?というエピソードが入ったり、
その中で大きなヒントが示されたりする(転)。
で、最後の最後に種明かし。推理ショータイムおよび後日談(結)。

…となり、ストーリー紹介ではこれらのうち「起」の部分を
さらっとけばいいはずなんですよね。なんですけど…。
みゆきちゃんの作品というのはいつものことながら
冒頭からそのままずるずると事件に引き込まれ、
発見が続き続けるというパターンが多いんです。
あまり起承転結がはっきりしないというか。
彼女の著作の中盤の巧さ、もここにある気がするのですが。

こんなことが出来るのはみゆきちゃんの稀有な筆力に負うところが大きいでしょう。
最初にかっちりした舞台を作り上げなくても、
ストーリーが進むうちに、いつの間にかしっかりした土台が出来上がっているという
まるでマジックのような文章の展開。
同時に否応なく「事件」巻き込まれていく主人公の表現。
つまりこれは事件だ、と認識する頃にはすでに、
事件自体にがんじがらめになっていたりするという。
ああ、巧いなあ。

端々に編みこまれた、些細なエピソードが臨場感を増し、
間違ったり、後悔したりする決して完璧でない人物が、
小説自体を現実世界に引き寄せる。
しかも本当にちょっとしたことで揺れる、
生々しい人間の心理を個々の人物で書き分ける巧さ。


いくら絶賛しても足りない、みゆきちゃんです。


でも評価は★4つで。
最後まで読めない展開、というのは素晴らしく、
みゆきちゃんの作品でよく見られる「終盤の弱さ」が
あまりなかったのは、本当によい作品であると言えますね。
しかし逆に中盤がやや、手詰まりな印象も受けました。
事件は進展してるんだけど、殆ど心理小説って感じになってたから、
動きを期待している読者にとっては
ちょっと中だるみに近い状態に見えるかもしれない。

それに、やっぱりみゆきちゃんは「火車」があるからなあ。
あれ読んじゃうと他の作品はどこか物足りなくなっちゃうんですよね。
みゆきちゃんの作品でよく出てくる「超能力者」も
実はちょっと苦手かもしれない菜の花。
嫌いじゃないんだよ、うん、嫌いじゃないんだってばさ。
ほんとに慎司くんも直也くんもかっこよかったし、
一緒に涙したいくらいの作品でした。

ここ最近読んだ本の中では一押しです。



004. 「新編図書館学教育資料集成3 図書館サービス論」     塩見昇
2004.7.24 資料集(社会/総説/図書館活動) 教育史料出版会 ★★★★★

すみません、これって読書っていえるのか?と
疑問を投げかけたくなる一冊です。

なんてったって資料集成。
たはは。
読んで楽しいか?と言われても困ってしまう…。
最初の方はずっと法律の条文が並んでいるだけなので
ほんとに面白くありません。受験勉強じゃないんだから。

でも途中から、他の本を引用しているところ、面白いです。
ついつい夢中になって読んでしまうくらい。
図書館サービスの歩みが書かれている本の引用の羅列なんですが、
これがなかなかよろしい。
どんな話でも体験談というのは面白いものなのです。
無味乾燥の条文と違って、人がいますからね。


こんな感じで菜の花、図書館司書のお勉強を着々と進めております。はい。
世界は広い!まだまだこんなに知らないことがいっぱい!

ちなみにこの本、初めてこの地区の公共図書館で借りた、
記念すべき一冊目!これからどんどん、図書館を利用するぞ!
と決意する菜の花。ビバ、図書館!




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005. 「図書館情報学の基礎13 生涯学習概説」     新海英行・竹市良成編
2004.7.28 教科書(社会/社会教育) 勉誠出版 ★★★★★

そしてみたび、図書館司書講習の参考書です。
すみませんねえ。こんな読書ばっかりで。
でもちょっとだけ、毛色が違う本です。
生涯学習。

最近の図書館サービスには、この考え方が欠かせないもののようです。
人間は生涯、学び成長するものである。という考え方から来ているのですね。

元々、生涯学習というものは
「社会教育」という言葉だったようです。
社会教育というのは、成人教育とも言います。
社会教育法(昭和24年制定)の第2条によると
(社会教育)≡ 教育−学校教育
なんだそうです。まあ、条文には数式は書いてませんが。

でも「教育」というのは、教える側が主役の言葉なのですね。
実際はこの概念というものが「自発的な学び」というものだったため、
近年では「生涯学習」と呼んでいる、と勝手に理解致しました、私。


図書館というのはこの生涯学習と非常に密接な関係があります。
そもそもの法律からしてそうなのです。
少し、戦後の法律のお話をしましょう。

戦後、最初の法はご存知「日本国憲法」でした。
これが1947年かと思います(←うろおぼえ)。
この第25条・26条は以下のような内容です。

------------------------------------------
第25条[生存権、国の社会保障義務]
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
A国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および
公衆衛生の向上および増進に努めなければならない。

第26条[教育を受ける権利、教育の義務]
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、
等しく教育を受ける権利を有する。
Aすべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に
普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
------------------------------------------

ということです。で、この条文に則って翌年、基本教育法ができました。
1948年ですね。その第7条には以下のような内容が盛り込まれています。

------------------------------------------
第7条(社会教育)
家庭教育及び勤労の場所その他社会において行なわれる教育は、
国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
A国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、
学校の施設の利用その他適当な方法によって教育の目的の実現に
努めなければならない。
------------------------------------------

出てきましたよ!図書館。
さてさて、次はこの法律に更に則って出来た法律。
1949年。社会教育法です。

------------------------------------------
第9条(図書館及び博物館)
図書館及び博物館は、社会教育のための機関とする。
2.図書館及び博物館に関し必要な事項は、別に法律をもって定める。
------------------------------------------

はー、疲れた。で、この翌年に上に則って「図書館法」が出来ました。
1950年のことでした。まとめましょう。

日本国憲法→教育基本法→社会教育法→図書館法

まあ、図書館って、最初っから「社会教育」=生涯教育と密接な関係にあるって、
分かってもらえました?え?無理?まじっすか。駄目っすか。


というか、何を書こうとしてたか分からなくなりましたな。
書評だった気がするんですよ。まあ、気のせいだな。
これは…感想だ!こんなんだけど、感想なんだ!…と言い切って終わってみる。
意味が分からないな、この文章。



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006. 「新選組血風録」     司馬遼太郎
2004.7.29 時代小説(連作短編) 角川文庫 ★★★★

久し振り(12日ぶり?)の小説です。しかもこれは大家ですね。
何と司馬遼太郎大先生の「新選組血風録」です。
ちなみに「新選組」は誤字じゃありません。
「しんせんぐみ」と打ったら「新撰組」しか出てきませんよ、
菜の花の使っているコンピューターは。わざわざ打ち直してるんです。
何故か知らないんですが、この小説では「新選組」になってます。
打ちにくいので以降、新撰組と表記させて頂きます。


実は菜の花、司馬遼太郎は「街道を行く」という紀行文しか読んだことがありません。
司馬遼太郎と言えば歴史小説なのにねえ。おかしいですねえ。
でも、前々から読みたい読みたいとは思っておりましたよ。
何しろ司馬遼太郎と菜の花は、浅からぬ縁で繋がっているのですから。

その縁とは2つ、ございます。
ひとつは、菜の花がまだ高校生時分の頃でした。
その頃、菜の花は図書委員長をやっておりまして、
我が高校の「図書便り」という、数ページの小雑誌の企画編集をしておりました。
丁度、最初の図書便り企画の時期に、司書さんから「是非」と
進められた企画があったので、それを採用しました。
その企画とは「司馬遼太郎特集」。
実は、司馬遼太郎さんの追悼企画でした。
そのときに初めて著作を読みました。
この著者が亡くなったのかと思うと、ひどく深遠な何かが
文章の向こうに隠されているような気がしたものです。

もうひとつのご縁は、「菜の花忌」です。
菜の花忌とは、司馬遼太郎さんの命日であります。
何故そういう名前かというと、菜の花という花は
司馬遼太郎さんが最も愛した花なのだそうです。
そうか…菜の花、愛されていたのね!(違)


さて、作品をご紹介。まあ、紹介するほどのこともないかも。
誰でも知ってたりして。一言で言えば、「新撰組」に関連する連作短編集です。
全部で15編。面白いことに、主役はどんどん変わります。
1作ごとに違っているのです。
しかも「近藤勇」や「土方歳三」と言った超有名人だけではなく、
ちょっと新撰組ってのを知ってる人なら分かるけどね、くらいの人や
誰だこれは?みたいな人が主役になっているものが多いです。

そんなところで、紹介はよろしいかしら?


この小説、評価は一言。面白かったです。引き込まれますね、この世界に。
その世界に入り込んでしまって、抜けられなくなる、という感覚は
相当の力量でないと不可能でしょう。
今までにそんな感覚にさせてくれた作品といえば
世界文学全集でお目にかかれるドストエフスキーの「罪と罰」が
真っ先に頭に浮かんでしまいます。つまり!この作品は
世界文学全集に負けずとも劣らない作品だと。思ったわけです。
相当評価高い?でも何故か★4つだったりする。
いや、5つでいいんですよ、いいんですけどね。
基本的に人殺しは後味が悪い!まあ、この潔い終わり方がまたよいのですが。
何となく救われない感が残るのは仕方ないですな。
人の好みによると思うんですけど、やっぱり小説は
エンターテイメントであるからには、ある程度希望がほしい!というのが
菜の花の持論でございます。別にそうじゃないのは駄目だ!とは
言わないよ。そういう好みなんだ、と了解して下さいな。


ついでに。もっと趣向の話、していいですかね?
菜の花、沖田総司が出てくるたびに泣きそうになっておりました。
総司はまるで無邪気に描かれていますが、考えてみると…
やってることは単なる殺人鬼としかいいようがない!(苦笑)
いや、もう死んじゃっても全然、同情の余地もないのかも。

他の隊士は斬死したり、切腹したり、生き延びたりしてる訳ですが、
何だかこの時代、戦いの中で死ぬことも生きることも、
ある意味本望だったのかなと感じるのです。
きっと、彼らはそういう感覚が今とは違ったのだと。
一種の興奮状態か、またはそれが「常識」だと根っから信じ込んでいたか。

そう思うわけです。でもね、沖田総司が出てくると、泣けるんですな。
彼は、病没してるわけですけど、それが誰よりも不本意だったんじゃないかと。
そして考えるまもなく謀殺されたりする連中と違って、
発病後も喀血しながらも、「隊士の仕事」を続けていたりする。
作中彼は、誰にも心配を掛けたくないと何もない振りをする。
でもきっと、心の中ではその「緩やかな死」を感じているんだろうなと。
当時の肺結核は不治の病に近かったそうだし。
そのあと、新撰組が江戸に戻ってから戦線離脱して病気療養していた総司。
ひとりで。
家族は死後に訪れたみたいですからね、総司は本当にひとりだったんじゃないかと。
彼はずっと、ひとりで何を考えていたんでしょうね?

人を殺した。自分は殺されなかった。でもゆっくりと、死にゆこうとしている。
一体何を考えていたんだろう…、そう思うとひどく切ない。

そんな総司が、大好きです。
何が好きって、あの切ない気分にさせてくれるところが、好き、なのかと。
とても苦しいけど、いとおしくなる。
単なるかわいそう、でもかっこいいでもなく。
切ない人だ、と思うとひどく惹かれてしまう。何故でしょう?
ついでに言うと土方さんは別に好きじゃないんです。
きっと好きなように生きたよ、この人は。って(笑)。
それはとても羨ましいこと。そういう意味では憧れますけどね。
ですが彼自身を考えると「時代が狂ってたんだなあ」と、
感想としてはそれだけになってしまう。

菜の花の場合、勝手に想像して、勝手に好悪が決まったりするんですが、
人間の評価ってそういうものなんだろうなあと思うのです。
誰かの評価というものは評価した人の責任で、
その人の世界だけの「事実」であって、評価される人のものではないと。
だから私が総司が好きで土方が好きでなくても
それは総司・土方自体の責任ではないし、他の誰の責任でもなく、
単に私の世界の「事実」なのだと。何が言いたいかよく分からない。


とりあえず、そんな訳で、この作品はお勧め!です。はい。



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